≪チョコレート≫

 駅ビルの中で、狩魔検事と会った。
 ……いや、別に、会っただけなら特に用事もないわけだし、互いに気付かなかったフリをしてすれ違えばいい事なんだけど。
 この場所、無視しあうにはちょっと微妙なモノがあり――
 きっと、お互い、相手を見て思ったのは同じ事だろう。
『何で、ここに?』――と。

 顔をあわせ、数秒間固まった後――先に口を開いたのは、狩魔検事の方だった。

「この国には、到底理解し難い習慣がいろいろあるけれども、バレンタイン・チョコレートというのは、その中の1つね」

 狩魔検事は僕にそう言った。
 いや、正確には、僕と一緒にいる真宵ちゃんに、かもしれないけれども。
 ……っていうか、よく考えると、どうして狩魔検事とここで会う事になったんだろう?
 狩魔検事、なんでこんなトコロ――『バレンタインフェア・チョコレート売り場』にいるんだ?

 ちなみに、僕は、新聞の折り込み広告を目にした真宵ちゃんに引きずられて仕方なくやって来ただけであり、決して、広告にあった生チョコ美味しそうだな、どうせ今年も誰からももらえないだろうから、この美味しそうなのを自分で買って食べようかな、などと――思っているわけじゃない、ああ、もちろん、そんな物悲しい事を思うはずがない……。

 それはさておき、バレンタインも近いこの日、この売り場にいる男性は僕以外には店員さんくらいしかいない。
 並べられたチョコを真剣っぽく品定めしているのは、ほとんどが若い女の子だ。まあ、当然と言えば当然だけれども。
 そんな中に、真宵ちゃんと狩魔検事がいる。あの2人も女の子だし、何も知らない人が見れば特におかしな光景じゃないとは思うけど……狩魔検事、何しに来てるんだろう、ここに?

 ……僕の目に間違いがなければ、飾られているチョコの見本を、じーっと見て何かを考えていたようにも思えるんだけど。
 狩魔検事は女の子なのだし、誰かに贈ろうとしているチョコの品定めをしていたと考えるのが妥当かもしれない、この場合。
 だが、しかし――狩魔検事だぞ? 狩魔検事がチョコを贈ったりするか?
 本人だって、理解し難い習慣だとか言ってたよな、バレンタインを。
 って事は、嫌ってるとかバカバカしいとか、そういう感じに思っているって事だろうし。

「でも狩魔検事、バレンタインって楽しいよ?」

 にこ。僕の横にいた真宵ちゃんが、笑顔で狩魔検事に話しかけた。
 まあ、そうだよな、女の子にとってはいろいろ楽しいイベントかもしれないな。男どもはある意味必死かもしれないけれど……。

「フ……」

 そんな真宵ちゃんに対し、狩魔検事は冷ややかな笑みを浮かべて見せた。

「バカがバカバカしいイベントに踊らされるのは勝手だけれども、私は――」
「だっていろんなチョコが売られてるんだよ! 食べなきゃもったいないよ!」
「……は?」

 真宵ちゃんの言葉に、狩魔検事が言葉に詰まった。
 ……想定していたモノとはまったく違う返答で、混乱しているのかもしれない。
 そんな狩魔検事に、真宵ちゃんは無邪気ににこにこしながら、ずらーっと並んでいるチョコレートを指し示した。

「ほら、あんなにいっぱい! だから、バレンタインって、きっと、チョコのお祭りなんだよ! で、女の子の告白とかっていうのは、それのオマケ」
「……一般に浸透していると思われる俗説の類は、その真逆ではないかしら?」
「そうかな? だって、チョコって美味しいよね。美味しいのも食べると、幸せだよね? 幸せになると、恋の告白とかもうまく行くような気がしない?」
「…………」

 真宵ちゃんの理論の構築に、どう反論しようか考えているようだ、狩魔検事。
 確かに、僕がもし狩魔検事の立場で、真宵ちゃんにアレを言われたら、何だかちょっと納得してしまいそうな気もするくらいの説得力があるような……。

「だからね、バレンタインはチョコのお祭りなの。で、女の子は美味しいチョコの力借りて、告白とかするんだよ! 食べ物のお祭りって、悪い習慣じゃないと思うけど」

 きっぱり。心底そう信じているというような顔で、真宵ちゃんはそう言った。
 狩魔検事はそんな真宵ちゃんをじーっと見て、やがて、ふう、と、大きなため息を1つついた。

「……あなたの言葉は理解に苦しむわ、綾里真宵……」
「そうかな? すっごく単純だと思うけど」
「難しいとか、そういう意味ではないわよ」
「そう? でも狩魔検事、ここに来たってコトは、チョコ買いに来たんだよね?」
「え――」

 唐突に話題を変えた真宵ちゃんの言葉は、狩魔検事の警戒心の隙間をついたようで、一瞬、その表情が崩れて――頬が赤く染まった、ように見えた。
 でも次の瞬間、今のは僕の目の錯覚だったのか――というような早さで、狩魔検事はいつもの冷ややかな表情に戻った。
 ……今のって、もしかして、狩魔検事――ここにチョコ買いに来たってコトなのか? 真宵ちゃんの言う通り?

「あ、あなたと一緒にしないでちょうだい綾里真宵! わ、私は別に、チョコを誰かに贈ろうなんて――」
「え? 狩魔検事は贈るの? 広告の生チョコが美味しそうだから、自分用に買いに来たんじゃないの?」
「あ……そ、そうよ。誰かに贈るなんて、そんな無意味な習慣にこの私が参加するわけないでしょう?」
「あ、やっぱりそうなんだ。なるほどくんと同じだねー」

 真宵ちゃんが僕の名前を出した。と、思い出したかのように、狩魔検事の視線が僕に向いた。
 ……な、なんだか、気まずいぞ……。

「……成歩堂龍一と同じなんて、この私も軽く見られたようね――」

 狩魔検事……意味がよくわからない事を言う。
 っていうか、僕、チョコレートを買いにきただけなんだけど、そんなに悪い事なんだろうか? バレンタインの売り場で、男が自分用のチョコを買う事が――
 ……悪くはないだろうけど、何だかとても哀しい事をやろうとしていたような気がしてきた。

「いや、あの……僕は別に買おうとか思わないからさ、狩魔検事、好きなのを買いなよ」
「結構よ、成歩堂龍一」

 ふいっ。狩魔検事は僕から顔をそむけて、そのままチョコ売り場から去って行ってしまった。
 視界から狩魔検事が完全に消えて、僕は肩の力を抜いた。
 ……な、なんだか、妙に疲れた気がする。

「狩魔検事、行っちゃったね。買い物のジャマしちゃったかなあ?」
「いや、多分、ジャマとかそういう問題ではないと思うよアレは――」
「そうかな? あ、じゃあなるほどくん」
「ん?」

 真宵ちゃんはにこにこしながら、広告に載っていた生チョコレートを持ってきた――2セット。

「これ、狩魔検事の分も買って、後でプレゼントしに行こうよ!」
「は?」

 ちょっと待て。どうして僕がそんな事を? っていうか、プレゼントなんてした日には、どんなコト言われて何回叩かれるかわからないぞ?

「いいんじゃない? ほら、お世話になっている人には義理チョコって贈るって言うし、なるほどくん、狩魔検事にはお世話になってるでしょう?」
「た、たしかに世話になっていると言えなくもないけど、多分それ、意味が違う――って、その前に、バレンタインデー用のチョコだぞ? チョコをあげるべきなのは女の子の方だし、男の僕がなんで――」
「いいんだよ、だってチョコレートのお祭りだもん、きっと大丈夫!」

 何が大丈夫なのかわけわからないし、だいたいどうしてそんな結論になったんだか思い切り突っ込みたいけど――笑顔全開で僕に生チョコを押し付けてくる真宵ちゃんを、断りきれないような気がする自分がそこにいた――


2004.02.10.

ナルメイでバレンタインネターとか能天気に考えて書いてたら、
どこが?というか異議あり!というか、そんな代物になりました。
……い、一応、バレンタインネタという事で……(汗)
ああ、でも、無自覚の片想いだから、こんな感じでもいいのか……?