甘い甘いキスの記憶。
 夢か現実かの区別もつかない。
 一瞬。
 あれは夢か、幻か、確かに触れた、現実か…………。
 

 
「クリスマス予定ある?」
 帰り支度をしている風祭将にそんな声がかかったのは12月の初め、期末試験の時だった。
「特にないけど……あ、でも兄貴が忙しいから留守番しなきゃならないと思う。」
 そう答えると少し困ったような顔をされる。
「あーあ。せっかくサッカー部の皆でクリスマスパーティーしようと思ったんだけどなぁ。」
 男子の方のマネージャーであり女子の部長でもある小島有希は困ったというように溜息をついた。
「水野も駄目だし、不破も来ないだろうし、シゲさんは解らないけど、これであんたも来ないなら女の子も全然来なくなるだろうしなぁ。企画倒れか。」
 ごめんね、と笑って後ろを向き廊下を駆け出す。将はこれ以上話を聞いていて遅れてしまうのは困るのだった。
「ごめん、遅くなって。」
 校門のところで待っている人に声をかける。
 水野竜也。
 試験前日まではサッカー部全員で勉強していたのだが、試験が始まってからは将の家で二人で勉強している。
「今日のテストはどうだった?」
「うん、水野君が教えてくれたところがでたのがびっくりした。最後の問題がちょっと解らなかったけど……。」
 たわいもない話をしながら直接二人で将の家に帰る。
「そういえばクリスマス、何か用事あるか?」
「え?」
 ふいに竜也の口から出てきた質問に驚く。
「あ、兄貴が忙しいと思うから家にいないといけないと思う。」
「昼間もずっとか?」
「昼間は家に鍵をかけておけば…………。」
 二人が出会って初めてのクリスマス。竜也は将と過ごしたいと考え、また将も同じであった。
「映画でも見に行かないか?」
「うん。」
 
 
 当日の朝、いつもはマラソンしている道をジャージではない姿で歩く。向こうから歩いてくる人に手を振って駆け出して、止まった。
 竜也と、シゲがいた。
「別に二人で行こうって言われてたわけじゃないけど…………」
 誰にも聞こえない、小さな小さな呟き。将自身にも聞こえていないかもしれない。
「こいつがどうしてもって言うから…………。悪いな。」
「いいよ、全然、3人の方が楽しいよね。」
「何こそこそ言ってんねん!オレは邪魔もんか?」
 楽しそうに笑うシゲに、将は自分の醜い心の罪悪感を感じた。
「何か見たい映画あるか?」
 竜也の言葉に首を横に振る。
 将は完全なサッカー少年のため何が流行っているかどころか、何が上映しているのかも解らない。
「これ見ようや、おもろいらしいで?」
 シゲの言葉を信じて、3人は少し人が並んでいる列へ並んだ。これからだったら2回目の上演がゆっくり座って見られそうだった。
 
 
「おもろかったなぁ」
 映画が終わって、昼食のために近くのファミリーレストランに入った。
 シゲがうーん、と伸びをする。
「お前は寝てただろ」
 竜也の冷たい言葉。シゲはぐっすり眠っていたのだ。しかも竜也に寄り掛かって。
 シゲ、竜也、将の順で座っていたのだが、映画が始まって初めの頃はシゲと竜也はでこそこそと話をし、最後の方はそれである。将の機嫌がいいはずがない。
 将は何だか取り残されたような淋しさを感じていた。
ー せっかく水野くんと並んで映画を見ていたのに。ちょっと手が当たって、恥ずかしかったけど動かさないでそのままでいて何だか幸せな気分も味わえたのに。 ー
 シゲに嫉妬している自分に嫌悪感を感じる。別に将は竜也の恋人という訳ではないのだが……。
「ポチ」
 顔をあげるとシゲがいて、一瞬将の目を見て、こう言った。
「二人とも伏せ!!」
 反射的にテーブルに顔を伏せて、気がついたときにはシゲの姿はなかった。
「あいつ………………」
 水野くんが伏せたままの状態でちらちらと入り口の方を見ている。
「どうしたの?シゲさんは?」
 そういって竜也の視線の先をみて、慌てて再び伏せる。
「みんな、そろってどないしたん?」
「シゲさんこそどうしたの?こんなところで」
 入り口のところにいたのは不破を始めとする男子のサッカー部員と、小島とほか数人の女子の部員がいた。
「そういえばクリスマスパーティーするとか言ってたな。おおかた不破が気まぐれで参加してそれ目当てで女子が参加するんで男子も来たってとこだな」
 ぼそぼそと水野くんが伏せたままの状態で言う。
 そうこうしているうちにシゲは皆を盛り上げながら奥の方の席へと消えていった。
「出よう」
「うん。」
 
 
「ごめんな」
 竜也の言葉に将はきょとんとした顔をした。
「シゲが来たがったって言うのは嘘。俺が二人きりで会うのが恥ずかしくて頼んだんだ。」
「え?」
「この間のこと、お前何にも反応しないし、嫌われているわけじゃなさそうだと思ったんだけど……。」
「この間のことって?」
 将には竜也の真意がわからない。
「キス……しただろ……。」
 恥ずかしそうに言う竜也に将は大きく目を見開いた。
「夢じゃなかったんだ…………。」
「夢だと思ってたのか?」
「だって、信じられないほど…………嬉しかったから…………。」
「夢じゃないから一度しか言わないぞ」
「う、うん」
「好きだ」
「僕……も」
 そして二人の影が重なった。
 夢のような現実。
 甘い甘い時。
「皆に見つかる前にさっさとお前の家にでも行くか」
「うん」
 微笑む将に竜也が手を差し出した。
 
ー 手ぐらい握ったれや ー
 映画館でシゲに囁かれた忠告が耳に蘇り、竜也は少し赤くなる。
 クリスマス、ケーキよりも甘い恋人達は手を取りあって歩いていった。

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