今、あいつは幸せな家庭を築いている。
 こうなることがわかっていたから、俺は逃げた。
「左之助、何やってんだよ!」
 日本に帰ってきて、久々に道場に、と思えない気分だったが弥彦に捕まってしまった。
「左之…………。帰ってきたのね…………。」
「おう、嬢ちゃん。おっともう嬢ちゃんじゃないんだな」
 明るくしようと心掛けているが、あいつの姿を見たら終わりだ。
 見かける前にどこかに消えてぇ。
「ねえ、剣心ー!左之助が!」
 ひょこひょことでて来るあいつそっくりの幼い子。
 あいつと嬢ちゃんの子供か。
 そして、その後ろにずっと会いたかった、会いたくなかったやつの影。
「左之…………?」
 声だけで、まだドキドキしやがる。
 目を合わせないように、あまり見ないようにしたいのに、身体が言うことを聞かない。
 髪、短くしやがって…………。
「元気そうだな」
 それぐらいしか言えなくて。
「左之も元気そうでござるな」
 笑顔でそんなこと言われたら、もう終わりだった。
 
 
「皆変わってえねぇな」
 俺が帰って来たってんで皆が集まって宴会をして、時間が過ぎていくことによって酒に強いやつが、残った。
 あいつと二人。
 俺は席を立ち、突き刺すような寒さの外へと出た。
「五年。長いようで短かったな。」
「左之」
 振り返らない、いや振り返れない。
 師走の二十日余り五日。キリシタン達の記念日だった気もするが関係ない。
 冬の寒い夜。
 そう、あの時もこんな日だった。
 
 身体を重ねた回数は両手の指の数じゃ足りない。
 いつも、剣心は嫌がっていた。
 俺が、求めていた。
 一方通行の行為だった。
 剣心には嬢ちゃんがいた。
 だから、あの日俺は海を渡って二人が視界に入らないところへ逃げた。
 見たくなかった。
 寒い夜。初めて剣心を抱いた日も寒かった。
 
「幸せそうだな」
「あぁ」
 どこか淋しそうに笑うこいつに、俺は何かが切れた音を聞いた。
 気がつくと、腕の中に力一杯抱き締めていた。
 力任せに、手加減なんてしないで、全身でその存在を確かめたかったから、触れたかったから。
「悪ぃ…………」
 声を出した拍子に左目から涙が一雫、落ちた。
「ずっと、ずっと好きだった…………」
 五年前は冗談に混ぜないと言えなかった本音。
 もうこいつは幸せなのに。
 こいつの幸せに俺はいらないのに。
 ……ただ、何も言わない剣心を力一杯抱き締めた。
 
「左之はいつも拙者に答えを求めなかった…………」
「!?」
「力では負けていないのに抵抗しなかったでござろう?」
 腕の中の剣心の言葉に、俺は少し力を緩めた。
「拙者もずっと……」
「待ってくれ!!」
 俺は寒くて、…………寒くて、身体と声を震わせて言った。
「続きは言わなくていい…………。その言葉、五年前に聞きたかった………………」
 そして、もう一度、強く強く、抱き締めた。
 

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