初夏の日差しの中で振り返って微笑む姿。
 赤い長い髪が風になびく。
 年の割に幼い顔して、それでもやっぱり年上だよな、と思える貫録もあって。
「左之」
 柔らかく俺を呼ぶ、声。
 
 
 鈍い胸の痛みとともに目が覚めた。心臓が高鳴っている。あいつの夢を見るのは久々だった。
 ずっと旅のことや飯のことで、何処に行くとも決めずふらふらしていたからだろうか。
 東京に帰ると決めた途端、こうだ。
 あいつは俺の夢を見たりするんだろうか……?
 あいつの顔を思い浮かべ、その横に女の姿が浮かんで来て、俺は小さく首を横に振った。
 あいつには嬢ちゃんがいる。俺のことなんて夢どこらか、思い出してもいねぇだろう。
 東京まで後十数日。
 せいぜい適当に金を儲けて船代を払わねぇとな……。
「剣心……」
 その名前を口に出すだけで、身体の奥から熱くなるようだ。懐しさに泣きたくなる。
 あいつは今何をしているのだろう。
 目に留まるのはあいつと同じ背格好の男や、赤い髪の女。
 いつでもあいつの代わりを探している気がする。代わりなんて何処にもいねぇのに。
 どんなにそっくりでもあいつじゃなきゃ意味がねぇのに。
 
 帰りたいという気持ちと帰りたくないという気持ちがぶつかって、ここへ来るのも少し遅くなった。
 何年ぶりかの、この街。
 何一つ変わっちゃいねぇ風景。あいつと一緒に歩いたこの通り、店たち。
 いつも米だとか醤油だとか重てぇものばかりもたされて、重さは大丈夫だが持ちにくそうにしているのを手伝ってやったことも何度もあった。
「かたじけない」
 にこっと見上げられて抱き締めたくなった感情はまだ鮮明に思い出される。
 瞼の裏にはあいつの思い出がいっぱいで、俺は少し目を閉じて歩いた。
 やり直したいとか、もう一度あいつが欲しいとか、そんなことはねぇ。
 あいつが今幸せなのか、どんな顔して笑ってるのか。
 それが知りたい、それだけだと自分に思い込ませてる。
 頭の中であいつの声が蘇るたび、切なさと懐しさと愛おしさが胸を張り裂かんばかりに浮かび来る。
 感情が身体の中を駆け巡る。言い表すことの出来ない、想い。
 一緒にいたかった。ずっと傍にいたかった。
 嬢ちゃんがあいつのことを好きでも、あいつが俺のことを好きでなくても、俺の想いだけで何とかしたいと想っていた。
 でも、もうそんなことはどうでもいい。
 ただもう一度、逢いてぇんだ。
 逢うだけでいい、一目見るだけでいい、声を聞くだけでいい。遠くから眺めるだけでいい。
 
 あいつが笑ってくれれば俺は…………救われる。
 

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