街を飾る色とりどりのイルミネーション。
 軽やかに流れるクリスマスソング。
『クリスチャンでもないのに、そう思っていたけど』と歌っていた歌手は誰だったか。
 行き交う人々の足取りは軽く、誰もが皆少なからず心を弾ませていた。
 そんな様子には馴染まない少年が一人、駅前の綺麗にライトアップされたツリーの下で居心地悪そうに立っていた。
 コートを着ていてもそのすらりとした身体のラインは隠しきれず、かといって、か弱いというイメージは全くない。
 どれくらいここで立っているのだろうか、その肌は寒さのためか普段の彼よりも一層白く透き通って見える。
 マフラーも手袋もしていないため、その指先は赤く冷えきっていて、短い髪に隠されることのない首筋は凍えそうな白猫のようである…………と見る人が何人いるのだろうか?
 間違いなくそう見るであろう彼の恋人はまだ来ない。
 約束の時間はとうに過ぎた。
 それでも待っている理由は、深い愛故……というよりほとんど慣れと意地である。
「寒ぃ……」
 凍えかけた身体が真っ白な息を吐いた。もう何度目だろうと数えることさえ忘れている。
「半屋?」
 顔をあげても目に映るのは待ち焦がれた恋人ではなく、数時間前に別れた友人達。
「マフラーもしないで、寒そー。俺のやつでよければ貸そうか?」
「いい」
 同じ場所に立っているというのに自分に引き換え、目の前の2人のなんと暖かそうなことか。
「そういえば梧桐は今日も忙しそうだったな」
 ぽつりと言われた言葉に頬に朱が入る。誰が見ても一目瞭然だと思うのだが、彼はまだ「梧桐」が恋人だとは認めておらず、自分が寒い中待っている相手が「梧桐」だと思われることに抵抗を感じていた。抵抗も何も事実なのだが。
「帰る」
 寒さには耐えられたのだが、羞恥には耐えられず、半屋は顔を逸らし、歩き出した。
「えっ?」
 驚いたのは友人達で、自分達のせいで半屋が帰っていくのかと慌ててその細い肩を掴んだ。
「あんだよ?」
 振り返った半屋の目に飛び込んだのは今までそこにいた2人の友人のどちらでもなく、不敵な笑みを浮かべた待ち人だった。
「梧桐……」
「待たせたな、半屋」
「誰がてめぇなんて待つか!」
 ずっと待っていたはずの人物に対しても、いや彼だからこそ余計に、半屋は素直になることが出来ない。
 友人達が気を使って小さく「じゃあね」と別れを告げたことも多分2人には聞こえていないだろう。
「冷たいな」
 不意に手を掴まれて暖かい息をかけられる。驚いて振り払おうとするが寒さで凍りついた身体は言うことを聞かない。
「これでもしておけ」
 首に巻かれたのは梧桐の体温と匂いの残ったマフラー。
「行くぞ」
 掴まれていた手をそのままに引かれる。梧桐の手もあまり暖かくはなかったのだが、半屋には十分だった。
 寒い夜道を歩かされ、ふと顔をあげて気がつく。
「お前、制服のまま……」
「帰る時間がなかったのでな」
 今日は明稜高校は終業式。通知表を貰うだけなので午前中に帰ることが出来る。
 梧桐に「5時に駅で待っておけ」と言われた半屋は一度家に帰ってから来たのだった。
 生徒会の仕事がある梧桐はその後、仕事をし、家に帰る間もなく急いで半屋の元へ来たのだろう。
 半屋はちらりと梧桐を見て、目を逸らす直前に小さく息を零した。
「……手、…………」
 掴まれて引かれたままの半屋の手は梧桐のそれと繋がれたまま、梧桐のコートのポケットに入れられていたのだ。
 そんな普通の恋人同士のような行動が恥ずかしくてたまらない半屋はすっと腕を引こうと試みるが、無駄に終わった。
「なんだ、サル。寒いのか?」
 解っているのにわざと違うことを言い、少し離れて歩いていた半屋を引き寄せる梧桐。耳まで赤くなるが暗い道、別に誰も見やしない、と半屋は息を吐いた。
「どこに行くんだよ」
 疑問を口にするが、答えはない。ずんずんと進む道は歩き慣れたもので、このまま進めば彼らが通う明稜高校に行き着く。
「あっ……」
 梧桐に引かれるままに学校に近づいていくと、そこはいつもとは違う顔を見せていた。
 木という木がライトアップされていて、幻のような光景が広がっていた。
「綺麗ね」
「学校に来るなんて卒業以来よ」
 明らかに学生ではない人々が校内を行く。皆、美しいイルミネーションを楽しんでいる。
「今日と明日、そして大晦日と元旦はここを一般解放する予定だ」
 ニッと笑う横顔は砂でお城を作った子供のように自慢気で、自信に満ちている。
 わいわいと楽しんでいる人の間を通り抜け、梧桐はなおも先に進む。
「梧桐?」
「あ、勢十郎〜」
 問い掛ける声は少し離れたところからかけられた大きな声で掻き消された。
「図書室や体育館とかはともかく食堂まで解放するんだから、働いているほうの身にもなって欲しいな〜」
 真っ赤なサンタの衣装に身を包んだクロ助が口をとがらせて言った。
「あ、工も一緒にいたんだー。食堂に来ない?流石に学校だからお酒は置けないけどノンアルコールのカクテルとか、暖かいスープとか売ってるよ」
 楽しそうに誘うクロ助に呆気に取られて話を聞いてしまう。
「行くぞ、サル」
 繋いだままの手を引かれ、慌てて後を追う。
「どこに行くんだよっ!」
 手を繋いでいたことを見られた恥ずかしさに半屋は声を荒げた。
 しかし、梧桐の返事は返って来ず、ある校舎の中へと入ることになった。
 一般の校舎なので玄関も施錠されていたのだが、ごそごそとポケットを漁った梧桐は鍵を取り出し、簡単に開けてしまった。
「勝手に開けていいのかよ?」
「オレの学校だ、構わん」
 自信たっぷりに言い切る梧桐。校舎の中に入ると暖房はついていないものの、風がないぶん暖かく感じられた。
 梧桐が進むままについていき、見慣れた部屋に行き着く。
 扉を開けて、電気もつけずに窓際へと引かれる。
「ここからの眺めが一番綺麗だ」
 見晴らしの良い生徒会室の窓から下を見るとキラキラと輝くイルミネーションや楽しそうな人々の雰囲気が胸一杯に伝わってきた。
「まだ寒いか?」
 雪のように白い頬に手を添えられる。
「別に……」
 目線を上げると穏やかに笑う梧桐と目が合って、甘い接吻が交わされたのは、言うまでもないことだった。
 
 
「今日は素直だな」
「誰がっ!!」
 
 
 イエス・キリストが生まれたのはユダヤのベツレヘムのある宿屋の馬小屋。
 暖かい部屋ではなく小さな馬小屋で、揺り篭はなく飼い葉桶で、星に導かれてやってきた博士達と、お告げを聞いた羊飼い達にささやかにその誕生を祝われた。
 2000数年経った今、多くの人々の心を穏やかにし、この楽しいカップルにも特別な空気を与えてくれているこの日は、クリスマスという名前で呼ばれている。
 

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