手をつないで帰ろ

 
「なぁ、こっち向いてやー。機嫌直してぇなー」
 背中に掛かる関西独特のイントネーションの言葉を無視して、工藤新一は水槽の中を優雅に泳ぐナポレオンフィッシュを見つめていた。
 高校生探偵として名を馳せていた彼が黒ずくめの組織に子供の姿、江戸川コナンにされてからもう5年。高校生のうちに元の姿に戻り、何とか卒業したのが去年の春。すぐにでも探偵事務所を構えようと思っていたのだが、やはり大学で専門知識を学ぶのも悪くないだろうと考え、どの学部にするか迷った末、法学部に落ち着いた。
 講義やレポートに追われる傍ら、目暮警部や小五郎の関わっている事件に首を突っ込み、例のごとく全ての事件を解決に導いている彼は、多いに大学生活を満喫していると言えるだろう。
 しかし、そんな多忙な毎日ではゆっくり恋人とデートする時間もないのが現実だ。
「ホンマにごめんて。な?こっち向いてや?」
 そのせっかくのデートも先ほどからずっとこの調子である。
 喧嘩の原因は、
「ちょっと、スカートの短いねーちゃん見ただけやんか」
 だそうである。
 服部平次。浅黒く日焼けした肌にころころ変わる豊かな表情、大阪弁。がっしりとした体格はほどよく筋肉がついていて、いくら運動しても筋肉がついているように見えない新一には羨ましい限りである。
「ちょっとじゃない」
 振り返ったかと思えばその一言だけを投げ掛けて、また水槽の方に向き直ってしまう。
 平次はやれやれと溜息をついた。
 実家から通えるところにしろという母親の願いを突っぱねて東京に出てきた平次。コナンになっていて高校を休学していたことになっている新一より一年早くこちらの大学に入った。
 工藤家に転がりこもうとしたところ、邪魔だと新一に蹴り出され、一人暮らしをしている。
 大阪ではそこそこ有名だった平次だが、東京での知名度はいまいちだった。しかし、一回生の時に学内で起こった事件を解決して以来、一躍有名になってしまい事務所を構えていないのに勝手に依頼が舞い込んでくる状態になっていた。
 そんな彼にとってやはり久々のデートは嬉しいもので、だからこそ、拗ねている恋人の機嫌を直すことに必死である。
「あんな、工藤。確かに俺はスカート短いねーちゃん見てもーたけど、それは工藤が構ってくれへんかったからやんか」
 事の顛末はこうである。しばらくぶりのデートに浮かれていた平次は人目も気にせずに肩を抱いたり、腕を引いたり、顔を覗き込んだりと、新一にとっては、もし誰かに見られたら、とひやひやするような行動が目立った。普段からだと言えばそれまでなのだが、普段の新一ならそれを軽く受け流せたのだが、今日の新一は彼自身少々浮かれていて、またそんな自分に素直になれずにいつも以上に冷たい態度をとってしまったのだ。
「だからって他の人見るのかよ?あぁ、解った。お前はやっぱり俺より、可愛い女の子の方が良いんだな」
 口をつくのは思ってもいない悪口。本当は平次がずっと自分を見ていて、ふと顔向けたところに女の人がいただけだというのは解っている。
 でも、素直になれない。水槽に顔を映しながら可愛くない口をきいてしまう。
「なぁ、工藤。どんなに短いスカートはいたねーちゃんがおっても、胸がでっかいおねーさんがおっても、俺の目ぇには工藤しか入らへんから」
 平次の言葉は耳に入るけど、振り返る事が出来ない。
「前にな、講義が休講やってん。それでちょっと早いけど生協食堂で飯食おか、思って……」
 いきなり始まった世間話に思わず振り返りそうになる。
「グラウンドの横通ってん。そしたら、体育実技のサッカーやっとってな。木曜日の2限や」
 木曜日の2時間目のサッカーの実技の講義といえば……。
「楽しそうに球蹴ってる工藤見つけてしもて、ぼーっと見ながら歩いとったら転んでもーたわ」
 身振り手振りを付けながら楽しそうに話しているだろう姿の影だけが水槽に映っている。
「俺のせいだって言いたいのか?」
 ちょっと不満げな表情は、やはり水槽を向いていて。
「ちゃうて。おれがそんだけ工藤のことばっかり見てるってことや。だから、な?こっち向いてや。ずっと工藤の顔見れてる魚にまで嫉妬するで?」
「バーロォ、何言ってんだよ」
 思わず振り返ってしまった新一の目に、嬉しそうに笑う平次の顔が飛び込んできた。
「帰ろか?」
 そっと繋がれた手に驚く新一。
「ば、バーロォ、俺はコナンじゃねーんだぞ!」
 小学生ならまだしも、大の男が手を繋いでいるのは明らかに不自然である。新一が振りほどこうとする手を強く握られる。
「コナンやないから、つなぐんやろ?」
 優しい言葉が、心地よく耳に入ってくる。
「こんな暗なってるし、外の人込みやったら、だーれも気付かへんわ」
 繋がれた手をそのままに、ゆっくりと水族館を後にする。
 その手は、駐車場に停めてあった平次の車に乗り込むまで、ずっとそのままだった。
 
 

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