穏やかな昼下がり。いつものごとく僕、青木速太は私立明稜高校の敷地内を全力疾走していた。
 HRが長引いてしまったため10分も遅刻だ。
ー 放課後になったらすぐ来いと言ったであろうっ!! ー
 無敵の生徒会長梧桐さんの姿がありありと目に浮かぶ。
「早く行かなきゃ。」
 僕は下を向いてひたすらに走っていた。
ー ドンッ ー
「あ、すいませんっ。」
 急ぎすぎたために前方不注意で人にぶつかってしまった。
「いってぇな、ケガしてたらどうしてくれるんだよっ!!」
 赤い髪に大きなピアス。見るからに柄の悪そうな人。その雰囲気からしても工業科の人らしい。
 ……なんてのん気に相手を観察している時間ないんだった。
「ごめんなさいっっ!」
 ぶつかってしまった僕が悪いのだし僕はひたすら頭を下げた。
 早く行かなきゃ梧桐さんに殺されるっ…………。
「ごめんで済めば警察も医者もいらねえんだよっ!!」
 その人は気が立っていたらしく拳を振り上げ、僕に殴りかかってきた。
「っっ!!」
 僕は頭を抱えて目を閉じ身を堅くする防御の形になる。
 ………………?
 しばらく立っても衝撃が来ない。恐る恐る目を開けるとそこには恐怖に歪んだ顔。
 僕の後ろにいる誰かを見ている……?
「…………か、勘弁してやるよっ…………。」
 震える声でそう言って逃げるように去って行った。
 逃げて行く人をちょっと見送りながら僕は後ろを振り返る。
「半屋さんっ!!」
 四天王半屋工、梧桐さんの幼なじみで僕は一度この人に酷く傷つけられたことがある。
 僕をちらりと一瞥し向きをかえて去っていく半屋さん。
「あの、ありがとうございますっ!」
 おずおずと近寄り頭を下げる。
「別に俺は何もしてねぇよ。」
 ふんと顔を背ける半屋さん。照れている…………らしい。
 公開処刑の時を境にずいぶん穏やかになったと言われている半屋さんだけど、最近はより一層柔らかくなった印象を受ける。
 怖い怖いと言われている四天王の一人であるはずなのに、何だかとても可愛らしく感じてしまう。
「青木っっ!!何をトロトロしているかっ!!」
 びくっと背筋が伸びる。去っていこうとしていた半屋さんの足が止まる。
「すいませんっっ!!」
 僕は声の方に頭を下げる。見なくてもわかっている、生徒会長梧桐勢十郎。
「何故遅れた……?」
 地面から響いてくるような低い声で尋ねられる。
「HRが延びて、急いで走っていたら人にぶつかってしまって…………。」
「言い訳をするなっ!!」
 自分が聞いたのに………………。
 あぁ、でも言い返すことは出来ない。この人にはかなわないのだから。
「ん?そのサルは何だ?」
 今気付いたかのように半屋さんを見る梧桐さん。
 半屋さんは一歩下がり戦闘態勢に入るために身構えている。
「あ、殴られそうになったところを助けてくれたんです。」
「ちょっとそっちを見ただけだ。あいつが勝手にびびって逃げたんだ。」
 助けてくれたことを認めない半屋さん。そんな様子に梧桐さんが口を開いた。
「余計なことをするな、何故勝手に青木を助けた。」
「てめぇ、人の話聞いてんのかっ!?助けてねえって言ってんだろっ!!」
 梧桐さんにつかみ掛かる半屋さん。でも梧桐さんは涼しい顔で…………。
「何故だ?」
 人の心の奥を見透かすような目で半屋さんの目を見た。
 その視線に耐えきれなくなった半屋さんはそっぽを向いて小さな声で呟いた。
「…………お前のものなんだろ……?」
 理由になっていないような理由。
 主語が僕なのか半屋さん自身なのかはわからない。けど、「梧桐さんのもの」と言う半屋さんはちょっと拗ねた子供のように見えて…………。
「ん〜?聞こえんな。もう一度言え。」
 空々しく尋ねる梧桐さん。
「てめぇ、ぶっ殺すっ!!」
 顔を真っ赤にして怒る半屋さん。やっぱり柔らかくなったのは梧桐さんの影響かな?
 梧桐さんは楽しそうに殴りかかってくる半屋さんの拳を受け流している。
 そして繰り出された腕を掴み、くっと自分に引き寄せた。そして、
「礼だ。」
と自分の唇を半屋さんの額にあてた。
「ふざけたことしてんじゃねぇっっ!!」
 やっぱり真っ赤な半屋さんと涼しげな梧桐さん。
 無敵の生徒会長はやっぱり格好良く無敵であった。
 
 今日もいつもと変わらない平和な日である。

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