ぐっと紙を握りしめて、家を飛びだした。
真夏の太陽が照りつける中、一人になりたくて、走った。
その紙は昔描いた絵。
へったくそな絵。
オレが描いた、梧桐の絵…………。
「オレは半屋と描く。」
あいつの声が響いた。
図工の時間。
二人一組になって互いの顔を描くという、相手がいるわけもねぇオレにとって嫌がらせとしか思えねぇような課題。
出席番号か何かで二人組を作ればいいものを、あの女教師は、
「仲の良いお友達とペアになってね。」
と、ほざいた。
偶数人数のクラスなんだから、誰かは余るだろうと動かなかったオレの視界にあいつが映った。
クラスで人気者のあいつの周りには一緒に描こうと言い寄る奴らが大勢居て、オレの方なんか見向きもしねぇ…………はずだった。
ほぼ全員のペアが決まりどっちが先に描くだの動くなだのと、ざわつくクラスの中でオレは無言で目の前の奴を睨みつけていた。
そんなオレの視線をもろともせずに淡々と鉛筆を走らせる梧桐。
「眉間にしわを寄せるな、書きにくい。」
「うるせぇ。」
開かれた口からはそんな下らない言葉しか流れず、オレは胸の中に灰色の煙が立ちこめているようなむかつきと苛立ちを覚えた。
ー 何故オレとペアになった? ー
何度も口から出そうになり、しかしオレの中の何かが邪魔をして聞くことが出来なかった。
「そろそろはじめに書き出した人が下書き出来てきたかな?区切りがついたら交代して描いてね。」
女の声が響く。
ざわざわと騒いで交代が行われた。
オレはやる気がしなくて鉛筆を持つことすらしなかった。
「描かないのか?」
「描く気がしねぇんだよ。」
「そうか。じゃあオレが描く。」
そう言うと梧桐はまた鉛筆を走らせはじめた。
「さっきと同じ顔をしておけ。」
「知るかよ、そんなこと!」
じっと見つめられている視線が痛くて、オレは必死に梧桐を睨みつけた。
「………………。」
視線が合うたびにすっと反らしたい衝動に駆られる。
梧桐の視点が紙に落ちるとその顔を、手を、じっと見つめてしまう。
どくん、と心臓が跳ねる。
早く終われと思いながら、でもこの空間が消えてしまうのがなんだか嫌で、オレは梧桐を睨み続けた。
日直の仕事で職員室に行く途中、階段の下の方からあいつと担任の声が聞こえてきた。
聞くつもりもなく通り過ぎようとした足が止まった。
「半屋君が一人にならないように気を使ってくれているでしょう?ありがとう梧桐君。さすが学級委員長ね。」
……………………。
頭の中が真っ白になり、頭から冷たい水を浴びせられたような気がした。
アイツハ学級委員長ダカラ、一人デイルヤツノ相手ヲシテヤル良イ子ダカラ…………。
ダカラ、オレト絵ヲ描イテイルンダ………………。
気がつくと、出来るだけ梧桐と顔を合わせないようにしていた。
図工のある日は学校を休み、休めないときは腹が痛いと保健室に行った。
おかげでオレも梧桐も作品が仕上がらず、あの女に、
「残って仕上げてね。」
と言われることとなった。
二人きりで教室で残っている。
梧桐の顔も見たくないオレにとって苦痛でしかない時間だった。
目を合わすこともしたくなく、正面に座ったもののずっと横を向いていた。
「こっちを向け。」
前の時間で鉛筆書きが終わり、絵の具を塗り始めた梧桐が筆を洗いながら言った。
「………………。」
つかつかと歩み寄る梧桐。
「こっちを向けといっているだろう!」
顔をつかまれ、がっと向きを変えられる。
「いてぇよ、バカ!!」
バッ!!と手を振り払い睨みつけた。
「そうだ、その顔だ。」
満足そうに席に戻ろうとしていた梧桐の歩みが止まった。
真っ白のオレの紙。
鉛筆描きすらしていない。
「オレの顔は描きたくないのか?」
「描きたくねぇよっ!!」
何故か涙が零れそうになるのをぐっとこらえてオレは梧桐を睨みつけた。
「オレはお前を書きたいんだがな………。」
「ああ?」
「気にするな。」
梧桐は席に戻り、また淡々と色を塗りだした。
オレは何故か動悸が上がり、顔が赤面していくような気がした。
「…………描けばいいんだろ。」
ぼそっと呟いてオレは鉛筆を握りしめた。
筆を止めてオレを見る梧桐。
少し微笑んでいる気がしたが、気のせいだな………………。
「終わった……!」
時計の針は5時半を指している。
土曜日で昼飯も食わずに良くここまで残っていられたと自分でも驚いた。
「よく頑張ったな。」
梧桐の口の端が少し上がる。
「うるせぇ。」
作品が完成した喜びで笑ってしまう顔を押さえて梧桐を睨みつける。
すっと梧桐の手がオレの顔に伸びる。
「眉間にしわを寄せるなと言っているだろう?その方が………………。」
「なっ……!」
一瞬、唇が触れた。
軽く、まるで子供をあやすかのような短いキス。
初めて………………だった。
姉貴が里帰りで帰ってきて、暇だ、とオレの部屋を漁ったらしい。
「工、これあんたが書いたの?」
無くしたと思ってた絵。
姉貴の手から奪い取って逃げ出してきた。
あいつと初めて触れ合った、その空間にあった絵。
なんだか懐かしいような、恥ずかしいような気がする絵。
オレが描いた、梧桐の絵。
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