ー ささのはさらさら のきばにゆれる
おほしさまきらきら きんぎんひかる ー
どこかから響いてくる幼い歌声に、オレは足を止めて顔を上げた。
「小学校か…………。」
懐かしいな……。駅に行く途中でいつも通っているのだが、意識したことはなかった。
そういえば今日は7月5日。七夕が近い。
オレが行っていた小学校には毎年7月7日に七夕祭りがあり、学年に一つ笹が配られ飾り付けていた。その他に体育館で集会があり低学年が歌、中学年が合奏、そして6年生が劇をしていた。
6年生の4クラスがそれぞれ劇を作り、一番面白かったクラスの織り姫、彦星がその年の織り姫、彦星に選ばれるという変わった行事だったと思う。
何故オレがそんな下らない行事のことを覚えているのか、それは全てあいつのせいだった。
「半屋くん、ちゃんと皆の話し合いに参加しようね。」
目の前に若い女の先生。学級会の時間に寝ていたのを起こされた。
「………………。」
無言で眉間にしわを寄せ、先生を睨む。
「今、皆で今度の七夕祭りの劇の役割を決めているのよ。」
少し困った顔をして先生が言う。問題児を抱えると苦労するんだなと人事のように考えた。
「…………興味ない。」
ぼそっと呟くようにして言う。
はっきり言ってしまえばオレはクラスで浮いた存在である。
中学年のとき上級生を病院送りにしてからオレの友達はいなくなった。
「先生!」
オレの隣でしゃがんでいた先生が立ち上がって手を上げている生徒を見た。
オレもそちらを見て…………顔が引きつった。
「何?梧桐くん。」
何だかとても嫌な予感がする。
梧桐勢十郎。学級委員長をやっていて、先生以外で唯一オレに気軽に話しかけてくる奴。
人望があるのか知らないがクラスの中心的人物である。
「半屋を織り姫にしよう。」
どんな話が合ったかは覚えていない、がオレの意見や「半屋くんは男の子でしょう?」という先生の言葉も空しく、多数決全員一致でオレは織り姫にさせられた。
「このクラスで一番さぼりそうなのは半屋でしょう?主役なら嫌でも参加しないといけないし、この劇なら男が織り姫やっていても面白いと思います。」
いい子面をかぶった梧桐がいい、クラスの女子が賛成し、男子も面白そうと乗ってきた。
「オレは嫌だからなっっ!!」
そう捨て台詞を残して教室から出て行ったにも関わらず、次の日黒板には
ー 織り姫:半屋工
彦星:梧桐勢十郎 ー
と書いてあった。
言うまでもなくオレと梧桐は喧嘩になった。
そして…………負けた。
毎日放課後オレはやりたくもない劇の練習に出されることになってしまった。
劇の脚本はクラスの文章を書くのが好きなやつが書き先生が直したものを使っていた。
当日。
そわそわとするクラスメイトに「大丈夫だ」と梧桐が一喝していた。
そしてオレは体操服の上からクラスの女達がつくったひらひらとした服を着せられ、カツラを着けられ、誰が持ってきたのか口紅を塗られた。
あれだけオレを避けて怖がっていた連中がしつこいほどオレに話しかけてきていた。
「可愛い〜。」
着せ替え人形のように女子に着付けられ、そんな感想を貰った。
嬉しくない。
「半屋くんって腰細いんだね。」
ほっとけ。
「女の子よりキレイなんじゃない?」
うるせぇ。
「ほお、似合うじゃないか。」
………………。
「殺す。」
ー 次は6年生の劇です。初めは1組の………… ー
司会の奴が言い、オレ達の出番が近付いていた。
劇が始まり、初めに女と梧桐が織り姫、彦星としてでていた。
舞台の上で穏やかに楽しそうに笑う梧桐にオレは何故か息が苦しくなるような感覚を覚えた。
そして話が進み、織り姫と彦星が別れてから5年経った七夕の日の場面。
ここからがオレの出番だった。
「織り姫!」
梧桐が言う。
「あぁ?何だよお前。」
これがオレの最初のセリフである。
くすくすと観客から笑いが漏れる。
「織り姫、俺を忘れたのか?彦星だよ。」
オーバーアクションの演技の梧桐。
「ああ、そんな奴もいたな。5年前にあったきりだった思うけど?」
ほとんど素でいけるセリフ。本当は女言葉のセリフだったがこっちが良いと貫いた。
「ずっと雨が降っていたのだからしょうがないじゃないかっ!」
「ふ〜ん。」
オレは服の懐から画用紙で出来た煙草を取りだし吸う。
「5年の空白の間に、織り姫はずいぶん変わっていました。」
ナレーションの奴が言った。
そりゃ、あの女とオレは全然違うよな。
「何だその態度は!」
「うるせぇっ!!てめぇには関係ねぇっ!!」
そして殴り合いの喧嘩になる。
オレ達の日常のような演技。
いや、舞台上で本当に殴り合っていた。
観客は誰もオレ達が本気で殴り合っているとは思っていない。
すっと梧桐が動き、オレは抱き締められた。
こんな場面はない…………。
「なっ!?」
動きを止めるオレ。
「織り姫、何故こんなに変わってしまったのだ?」
本当は散々殴り合った後、2人してぼろ雑巾のように転がりながら言うセリフである。
変更になったのか?
「雨とお前のせいだろ……。」
とりあえず、その次のオレのセリフを言う。
演技とは言え、この体勢とセリフは恥ずかしい。
「外見も性格も変わってしまった織り姫でしたが、彦星を愛する心は変わらなかったようです。」
まとめの言葉があり、無事に劇は終わった。
「さっさと離せ、コラッ!」
動こうとしない梧桐を睨みつける。
「6年後、18歳になったらお前を嫁に貰ってやる。」
そう言って梧桐はオレを離し、皆の輪に混ざっていった。
嫁?
6年後?
オレが?
梧桐の?
「ちょっと待てっ!!!」
しばらく考え、俺は叫んだ。
無視して楽しそうに話している梧桐。
どういうつもりだ?
「最後の場面、いつ変更になったの?」
「すっごくよかったね。」
女達の声。
………………………わけが、わからない。
結局その劇は優勝し、オレと梧桐はしばらく織り姫、彦星と言われていた。
しかしどんなに考えても梧桐の言葉の意味はわからず、梧桐の考えていることはわからないと自己完結させた。
「半屋。」
ぼーっと小学校の塀にもたれ掛かり昔を思いだしていたオレに聞きなれた声がかけられた。
「あぁ?何でこんな所にいるんだよ?」
「それはお前もだろう?俺は学校の帰りにたまたま通っただけだ。」
無意味に偉そうにする梧桐。
小学校のときから全然変わってねぇな。
「5年前の明後日、覚えているか?」
「…………。」
「覚えていないならいい。だが、後1年だ。」
黙っているオレにわけのわからないことを続ける梧桐。
もしかして、あの言葉のことを言っているのか?
まさか梧桐は本気で…………?
顔が熱くなる。息が苦しくなる。梧桐の顔が、見れない。
そう、あの時、梧桐に抱き締められたときのように…………。
「じゃあな、織り姫。」
去っていく梧桐。動けないオレ。
「オレは………………織り姫じゃねぇよ……。」
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