照りつける太陽の下。
騒がしい客達を相手に、オレは海にいた。
「キミ、ここの地元の人?」
「………………。」
「色白いね。焼けたら痛いんじゃないの?」
「………………。」
「ねぇねぇ、今日仕事終わったらあたし達と泳がない?」
「………………焼きとうもろこし2本、400円です。」
オレが誘いに乗らないとわかると、バカみてぇに露出した水着の女どもは、代金を払ってさっさと立ち去っていった。
「何よ。せっかく誘ってるのに。」
「ピアスとかしてるから軽いと思ったのにね。」
うるせぇ女ども。
こんな仕事さっさと終わらせてぇもんだ。
まだ盆休みではないので家族連れというよりかはダチと来ている学生が多い。
あいつは今頃何してんだろ。
学校がなくなればあいつと会う機会はないに等しい。
淋しい…………?
自分の気持ちに気付いてからは否定する気も起らなくなっちまった。
「半屋ーっ!!そっちはこいつに任せて店の方、手伝ってくれっ!」
「うース」
クソ暑い中、こんな日が照ってる所に立ってりゃ、さっきの女どもじゃないが痛いほど日焼けしちまう。
交代のやつとすれ違い店に入る。扇風機の風が流れる汗を冷やして心地いい。
ここは姉貴の旦那の後輩がやってる海の家。裏の民宿とつながっていて結構大きな店だ。
人手が足りないらしく、夏休みに家でぼーっとしてるなら手伝えと駆り出された。
あいつに会うか会わないかと女みてぇにうじうじと期待してるより、ぜってぇ会わねぇここであいつのことを忘れるぐらい忙しく働いてたほうがましだしな。
「注文は?」
伝票とペンを手に持ち、顔を上げて…………凍りついた。
「スイカを一玉と、焼きそば肉大盛りで持ってこい。キャベツは入れんでいい。」
「私は、イカのキムチ焼きに唐辛子付けて……。」
「僕は…………かき氷をメロンで、頭痛くなるから少なめにして下さい。」
「ここの店の水ってミネラルウォ−ター使ってるよね?ボク、デリケートだから……。」
「僕はイカ焼きを……あっでもアレルギーがあるから卵にとじるのじゃなくて姿焼きがいいな。」
あいつと生徒会の面々………………その上……。
「わたしは太らないもの〜。ちょっと、あなた勢ちゃんの隣替わってよぉー。」
「俺は特製おでんと『おばさんのお総菜』を……。」
「えっと、俺は半屋君がいいな。出来ればお持ち帰りで。」
「ふざけるな八樹っ!!このサルはオレのものだっ!!」
「八樹…………本気か……?」
「冗談だよ、マジにとらないでよ。俺には嘉神だけだからさ。ちょっと半屋君が可愛かったから。」
………………うるせぇ。
何だ…………こいつらは………………。
黙々と仕事をこなしていた。
あいつらは注文したものを食い終わると早速海に出かけたようだが、オレには関係ねぇ。
「半屋ーっ!今日はもう上がっていいぞー。また夜に民宿の方、手伝ってくれ。」
「うーっス」
前掛けを外し、くーっと腕を伸ばす。
そして外に出て………………、店の中に引き返したくなった。
砂浜にスイカが置いてあり、目隠しした梧桐が包丁を振り回している…………。
ぐさっ
あ、クリフとか言うやつの背中に刺さった。
…………何やってんだよ。
やつらと関わるつもりのないオレは近くの岩の上に服を脱ぎ捨て、水着だけになる。
そして、熱い砂を踏みしめ、海へと入る。
背中に照りつける太陽と水の冷たさの違いが気持ちいい。
すっと横を何かが通りすぎた。
「サルが水浴びか?溺れないように注意しろ。」
「梧桐っ!!」
水浴びと言われてムカついたオレは梧桐の方へ一直線に泳いでいき、追い抜かしてやった。
「誰がサルだって?バカ梧桐。」
顔を上げた途端、奴の背中が見えた。
「オレに追いつけないようじゃまだまだサルだ。」
「くそっ!待てっ!!」
数十分後、オレと梧桐は砂浜にいた。
「サルのくせに中々やるではないか。」
「うるせぇ、バカ。」
ふっと顔を上げると海水に濡れた梧桐の身体が目に入った。
いつもは、固めている髮が下り、それからぽたぽたと雫が落ちている。
髮から顔、首筋、鎖骨、胸………………。
引き締まった筋肉の上に流れる雫を目で追って、触れたくなった。
「見とれているのか?」
ずばりと言われて赤面する。
「誰がっ!」
その赤い顔を見られたくなくて、オレは顔をそらした。
ふいに、梧桐の手がオレの方に伸びた。
驚いてびくっとするオレ。
そんなことはお構いなしに、奴の手はオレの胸の刺青をなぞった。
「…………。」
梧桐が口を開きかけ、それが言葉になる前に高い声で遮られた。
「勢ちゃーんっっ!!」
ぐきっ
ミユキとか言うやつが後ろから梧桐の首に抱きついた。
「半屋くんと二人で何してるの?仲間に入れてよ〜。」
「抱きつくなと言っているだろうが!!」
うっとおしそうに女を押しやる。
オレはそんな二人から目を逸らし、その場から逃げ去った。
梧桐に触れられたところが熱い…………。
鼓動が速くなっている。
堂々と梧桐に触れられるあの女が………………。
…………羨ましい……。
嫉妬。
オレは自分の考えに、頭を横に振る。
「なにバカなこと考えてんだよ。」
ぼそっと呟いて、そっと刺青の上に手を乗せた。
ざわざわと騒がしい。
目をやると女の群れ。
「あ、半屋君。」
群れの中心部分から聞いたことのある声がオレを呼んだ。
そして女の群れの中から長身の男が出てくる。
「梧桐君と一緒じゃなかったの?」
「てめぇには関係ねぇだろ。」
八樹の問いに不機嫌に答える。
八樹に背中を押され、女たちの群れから逃げるように歩き出した。
「確かにね。あ、そうだ、嘉神見なかった?」
ふっと笑ってから尋ねられた。
「見てねぇけど…………。」
「そっか、さっきまで一緒に居たんだけどさ、俺が女の子に囲まれちゃってその間に居なくなってたんだ。」
哀しそうな笑顔になる八樹。
「あっ、嘉神っ!!!」
八樹の声でそちらの方を向くと、地元の老人や子供たちとしゃがんでゴミ拾いをしている嘉神が居た。
「勝手に居なくならないでよ。俺一人でどうしようかと思ったんだから。」
「お前目当ての多くの女子がいたからな。俺は邪魔だっただろう?」
ゴミ拾いの手を止めて八樹を見上げる嘉神。
「バカっ!!!」
パシッ!
立ち上がった嘉神の頬が鳴った。
「行こう、半屋君。もう嘉神なんていいよ!」
あっけにとられて眺めていたオレの腕を八樹が掴む。
「待て、八樹っ!」
嘉神の声を背中に受けながら八樹はぐいぐいとオレの腕を引っ張って進む。
「いいのか?」
オレは八樹の横顔を見てはっと息を飲んだ。
涙を堪えているように、ぐっと目の前の景色を睨んでいる。
「いいんだよ。嘉神にとって俺なんてどうでもいいんだから。」
……………………。
しばらく考えたオレは今更ながらの事実に気がついた。
「お前ら、…………付き合ってんのか?」
「さっきまでね。」
八樹の歩みが止まる。
「嘉神は俺のことなんか好きじゃないんだよ。俺がしつこいから嫌々付き合ってくれてたんだ。」
オレは何を言っていいものかわからずに、ただ話を聞くことにした。
「俺が何してても怒らないしさ。…………ねぇ、半屋君、俺と付き合わない?」
「はぁ?」
「浮気してやる…………。」
八樹の目が怒りで光っていた。
「ちょっと、待て!何でオレが付き合わなきゃ何ねぇんだよっ!どっかで女でも捕まえればいいだろ?」
八つ当たりの当てつけで巻き込まれちゃたまったもんじゃねぇ。
と、前を向いた途端、梧桐が視界に入った。
「あ、梧桐君とミユキちゃん。今日も仲よさそうだね。」
爽やかに笑う八樹。さっきのキツイ目からは一変して穏やかになっている。
オレは梧桐と女の姿から目を逸らす。
「やっぱりそう見える?嬉しいっ!」
ぐきっ
「抱きつくな!!」
そんな梧桐からはなれたくて、オレは八樹に囁いた。
「いいぜ、付き合ってやるよ。あっち行こうぜ。」
さっきとは逆にオレが八樹の腕を引く。
「本当?ありがとう半屋君。」
嬉しそうにする八樹の顔。
「おい、サル。」
梧桐の声。
無視して進む。これ以上あの女と一緒にいる梧桐は見たくない。
「半屋、オレを避けていないか?」
梧桐に肩を掴まれる。
梧桐の体温が伝わってきて、神経がそこに集中してしまう。
「触んじゃねぇっ!!」
オレは梧桐の手を振りほどいた。
「はん……や……?」
驚いた目。
胸が、…………………………傷んだ。
「い、行こうぜ、八樹。」
「あ、うん。」
ガシャン
自販機から缶をとりだす。
「本当に良かったの?」
「うるせぇ。」
買った水を開け、半分ほど飲み干す。
「俺は半屋君と付き合えてラッキーだけどね。前から可愛いと思ってたんだ。」
「あぁ?」
不可解な表情をするオレの頬に八樹の手が伸びた。
「自覚してないの?こんなに可愛いのに………………。」
手が頬から顎へと移動し、上を向くように反らされた。
「何言ってん………………。」
言葉を返そうとしたオレのすぐ近くに八樹の顔があった。
唇が………………。
「八樹!!」
触れる直前に横から声がかかった。
すっと離れる。
間近で見た八樹の顔は驚くほど整っていて…………綺麗だった。
「何?嘉神。」
冷たい声で問う八樹。
「お前……半屋に……何を………………。」
「関係ないだろ?俺が何しようと。」
強がっている八樹の横顔が、泣いているように見えた。
「……………………。」
無言のまま見つめあう二人。
オレは居心地の悪さを感じて、手に持っていた缶の水を一気に飲み干した。
「…………何か言ってよ。」
震えている声。
「俺だけが嘉神を好きなのは嫌なんだ!!嘉神も俺のことを見て欲しいっ!!」
叫ぶ八樹。
オレの心の中の梧桐への叫びとダブり、ドキっとした。
「…………お前は…………俺にはもったいない。」
呟く嘉神。ゆっくりと八樹に歩み寄る。
「どういうこと……?」
「お前は美人だ。男からも女からも好かれる。…………俺でいいのか?」
「俺は嘉神じゃなきゃ嫌だ。」
「半屋や女子相手ならお前は……その、下になることはないだろう?俺の相手をしていて……無理をしていないか?」
会話の内容に耳が赤くなるのがわかった。
こいつら、何て話をしてんだよ。
しかも、オレは下に回ると…………?ってことは………………。
あーっ!もう、考えたくねぇっ!!……相手が梧桐ならまだしも………………えっ?
何考えてんだよ、オレは。
「俺は嘉神が好き。無理なんてしてないよ。嘉神、優しいし。」
八樹が泣き付くように嘉神に抱きついた。
何だかんだ言いながら、結局好きあってるんじゃねぇか。バカらしい……。
「俺の遠慮がお前を不安にさせたようだな、すまん。」
ぽんぽんと八樹の頭を撫でる嘉神。
なんだか………………羨ましかった。
「巻き込んじゃって悪かったね。半屋君には梧桐君が居るのに。」
元の鞘に収まった八樹がべたべたと嘉神に触れながらそういった。
「梧桐は関係ねぇだろっ!!」
見てるだけで暑苦しくなってくる二人を前にして、オレはいらいらと言った。
「梧桐も半屋のことは特別気にかけているようだが?」
「んなわけねぇだろっ!!けっ。」
オレは二人に背を向けて海に走り出した。
ばしゃっと音を立てて飛び込む。
赤い顔と耳を隠すために…………。
長い間砂浜にいてすっかり熱くなってしまった身体を冷やすためしばらく泳いでいた。しかし、一人で泳いでいるのに飽きてきた頃、砂浜で日焼けをするでもなくそこにいる青木を見つけ、話しかけてみることにした。
「何してんだ?お前。」
「あ、半屋さん。」
青木がこっちを向く、その身体の陰に小学生ぐらいのガキが一匹いた。
オレが見ると慌てて青木の陰に隠れる。
「なんだ、そのガキは?」
「私の親戚よ。」
涼やかな声とともに、いつも梧桐の近くに居る女がかき氷を持って現れた。
「はい、将人君。青木君。」
手に持っていた二つのかき氷を、ガキと青木に渡し自分は缶コーヒーを飲んでいる。
「ありがとう、お姉ちゃん。」
「ありがとうございます。」
ガキと一緒に楽しそうにしている青木は年齢以上に幼く見えた。
「そういえば、梧桐さんと一緒だったんじゃないんですか?」
「うるせぇ、何でオレを見るたび梧桐梧桐って言いやがんだお前らは。」
梧桐と聞くたびにあの女と一緒にいた姿が目の前をちらつき、胸がムカムカした。
「セージはミユキさんと一緒に居たわよ。」
さらっと言う女。
ちょっと待て。こいつ、平然とコーヒー飲んでいるがホットじゃねぇのか?湯気立ってるぞ。
「伊織さん、それ。熱くないですか?」
青木もオレと同じことを考えたらしく女に聞く。
「これぐらいがちょうどいいの。」
変な女。
「そうだ、半屋さん、泳ぐの上手いですよね?」
急に青木が聞いてきた。
「溺れねぇ程度にはな。」
「セージと同じぐらいの早さで泳げるのなら中々上手なんじゃないかしら?」
「えーっ、オレ嫌だよー。こんな不良みたいな奴に習うのー。」
要するに、このガキに泳ぎを教えろということか………………。
「お願いできるかしら?私は着衣水泳と古流水泳法でしか泳げないの。セージに頼もうと思ったんだけど…………。」
「梧桐に頼めばいいだろ。何でオレが教えてやらなきゃなんねぇんだよ。」
タルさに煙草が欲しくなる。しかし今は水着、煙草もライターもない。
「僕はかろうじて泳げる程度で…………お願いします、半屋さん。」
青木が言う。前から思ってたが、何でこいつはあの後輩に似てるんだよ。
おんなじ目でオレを見上げやがって…………。
「しかたねぇな、暇だしやってやるよ。今回だけだからな。」
「やだよーこんな目付き悪い…………。」
ガキがわめく。
それを無視して肩に担いで海に入る。
「わーーっ、わーっっ!!お姉ちゃーん。」
「うるせぇ。」
そしてガキの足が届くか届かないかのところで肩から下ろして手を放した。
「将人君、凄いじゃない。」
穏やかに微笑み、立ち泳ぎしながら女が言った。
「へへー。」
得意げに笑うガキ。
散々わめいてたガキだったが日が落ちる前にどうにかまともに泳げるようになった。
「半屋さん、教えるの上手いんですね。」
危なっかしい泳ぎ方の青木が言う。
「ほほう、サルが人にものを教えるとはな。」
すぐ後ろで声がした。
「梧桐っ!!」
「セージ!」
「梧桐さん!」
背中に梧桐の肌が触れているのを感じる。
水中のため蹴りを食らわすことも出来ず、オレはあっさりと抱き締められた。
「オレの代わり御苦労であった。おい、このサルは貰って行くぞ。」
がしっと腰に腕を回され、引きずられるように引っ張っていかれる。
「おい、どこに行くつもりだ!!離せっ!」
暴れてもびくともしねぇ。
無言のまま梧桐はオレを引っ張る。
梧桐が触れている部分が熱を持ったように熱くなってくる。
「上がれ。」
着いた先はまるで人気のない岩場。
さっき居た砂浜とは繋がっているようだが…………。
「何かよぅかよ?」
長時間水の中にいたため陸に上がると身体が重い。
「飼いザルが色々と勝手なことをしでかしてくれたからな。」
「あぁ?」
不愉快さに眉間にしわを寄せる。
「八樹に聞いたぞ。」
「てめぇには関係ねぇだろ。お前こそ、あの女はどうしたんだよ。」
ぴくっと眉が上がる。
「ミユキはどうでもいい。」
そして、真っ直ぐとオレを見、一歩近付く。
迫力に一歩下がるオレ。
「お前はオレのものだ。勝手なことをするな。」
「う、うるせぇ!」
梧桐の手がオレの腕を掴む。
そして、強引に引き寄せられて…………。
「寂しかったらオレが付き合ってやる。」
耳元で囁かれた。
海とオレ達は夕日にオレンジ色に染められて………………。
オレの顔が赤くなっていたことに梧桐は気づかない。
END
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