学校と名がつけば大抵、桜の木があるものだ。
 ここ、私立明稜高校も例外ではなく、入学式が行われる今日、それは新入生達を祝福するように見事な満開になっていた。
 暖かな春の日差しの中。
 講堂で全学科の新一年生達の入学式が行われていた。
 校長の話やら来賓の話が続く中、工業科の列に1人、怠そうにネクタイを緩める生徒がいた。
 半屋工。
 今年度工業科の一年生になる新入生だ。
 柄の悪いことで有名な工業科はその性質から講堂の一番端に列を組まされている。
 しかし、半屋以外で不良、と呼ばれるような生徒の姿は見当たらない。
 そもそも入学式などという退屈な席に不良がいるほうがおかしいとも言えるのだが。
 ぼんやりと前を見つめているが話を聞く様子は見せていない。
 出席していることはしているのだが明らかに校則違反のピアスに刺青、ネクタイを緩め怠そうに胸元を広げている色素の薄い彼はわりと目立っていた。
 それもそのはず、彼も大多数の不良達と同様に入学式なんてものは出席しないつもりだったのだ。
 それが何故ここにいるのか。
 理由は簡単、彼と入れ替わりに卒業していった彼の姉に絶対に出席するようにと念を押されていたのだ。
 さぼっても分かるはずが無いのだが、姉には頭が上がらないうえに根は素直である半屋は大人しく列に並んでいたのだった。
 壇上にいるのは在校生、生徒会副会長。
 生徒会長が挨拶をする予定だったらしいのだが2日前から肺炎で寝込んでいるということで副会長となったのだった。
 芸能人かとも思えるような美貌に金髪、碧眼。
 優しい物腰に笑顔。
 今年普通科の2年生だという彼の名はクリフォード・ローヤーといった。
 半屋はそんな彼を一目見て「外人」とだけ認識し、また興味なさ気にあくびをした。
 実際興味はないし、早く終われとしか考えていない。
 しかし、その表情が司会の先生の言葉で一変する。
「では次に新入生代表、普通科梧桐勢十郎」
 全身に震えが来る。総毛立つ。
 きっ、と壇上を睨み付けると、…………いた。
 不敵な笑みを浮かべて「あいつ」が。
 
 しばらく睨み付けていた半屋は梧桐が一瞬こちらを向いた気がして目を反らした。
 前の方にある壇上から端の方のこちらなど見るはずもないし、見たとしても自分の存在は気付かれるはずもなかったのだが、梧桐のその一瞬の動作に胸の辺りに痛みを感じ、目をそらさずを得なくなったのだ。
「……」
 梧桐が口を開く。
 しばらくぶりに見る彼の姿、声は、小学校の時の面影はあるもののやはり成長していて違うものになっていた。
 半屋は黙って列を抜け、不審そうな視線を送る教師を一睨みし、講堂を後にした。
 
 全く予想していなかったとは言わない。
 この辺りで一番大きな私立校であり、多くの科があって、専門分野を学ぼうとするものや進学しようとするものまで様々な人間が集まるのだ。
 小学校が同じだったほど家が近い梧桐と同じにならない方がおかしいのかもしれない。
 半屋はポケットを漁り、煙草とライターを取りだした。
 カチカチと何度か鳴らし、くわえた煙草に火をつける。
 顔を上げて…………校舎の隙間からさしてくる光に精一杯大きく枝を広げている桜を見つけた。
 講堂の裏ということもあり周りはあまり日当たりが良くないせいか、この辺りには桜はこれしか見当たらなかった。
 淡いピンクの色を湛えて咲き誇る花。
 半屋はその幹にもたれ掛かり、座り込んだ。
 ちらちらと舞う花びら。
 微かに聞こえてくる講堂の中の声。
 ゆっくりと目をつぶる。
 耳に残る梧桐の声、目に浮かぶ梧桐の顔。
 桜に包まれてぼんやりと思い出し、眠りに落ちた。
 
 
 講堂が騒がしくなり、皆が退堂していく。
 今日は授業も何もなくこれで解散である。
 ぞろぞろと出ていく生徒達の群れが途切れてきたころ、1人の生徒が講堂の裏の方へと回ってきた。
 桜の下で眠る少年を見て表情が綻ぶ。
 ゆっくりと近づいていって、足を止める。
 淡いピンクの雪の中で白く美しい獣が眠っている。
 傍に屈み込んでも彼は気がつかない。
 よほどぐっすり眠っているのだろうか。
 そして梧桐は半屋の髪に花びらがついているのを見つけた。それに手を伸ばし、払ってやろうとして過ってはじいてしまう。
 ふわりと落ちたその先は半屋の頬。
 真白いきめ細やかな肌に愛らしい桃色の花。
 その色のコントラストを少し楽しんで、梧桐は半屋の頬に手を伸ばす。
 
 刹那、風が枝を揺する。
 ざわざわと音を立てて揺れる枝。はらはらふわふわと舞う薄紅の雪。
 半屋が起きてしまうかと少し息を飲んだが、眠り込んでいる半屋が目覚める気配はない。
 立ち去る前にともう一度と、良く半屋の顔を覗き込んで梧桐はどきりと動きを止めた。
 緩められた襟元から覗く鎖骨に、そして半屋のその唯一の色素かとも思えるような淡い唇に花びらが落ちていたのだ。
 触れたい衝動に駆られ、しかし触れないように細心の注意を払って梧桐は半屋の鎖骨に落ちた淡いピンクを取った。
 そしてその唇に、桜の花びら越しに、一度、唇を重ねた。
 
 自分の行動に少し恥ずかしさを覚える。
 しかし、半屋の柔らかな唇にもう一度触れたいという欲望に負けて、今度は花を取ってからゆっくりと口付けた。
 淡い薄紅色の接吻。
 幸せな夢を見ているのか半屋の表情が和らいだ。
 梧桐はしばしそれを眺め、そして、ゆっくりとその場を後にした。
 
 
 あれからどれくらいの月日が経ったか。
 梧桐の持つ本には桜の花びらが2枚、色褪せないようにしおりにされて、いつも挟まれているという。
 

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