春とは名ばかりでまだ雪がちらつく日もある3月。
何処の高校でも学年末試験の直前、及び真っ最中である。
私立明稜高校もその例に漏れず、生徒達は皆、家で試験勉強に勤しんでいる……はずだった。
明日は金曜日。土曜日と日曜日が休みで月曜日に最後の試験がある。
明日が終わって初めて一息つけると言ったところだろう。
ここにもひとり、そんな試験に捕らわれた小羊がいた。
白く少し骨張った長めの指にシャープペンシルをはさみくるくると回している。
進級が危ない彼はしぶしぶながら机に向かっているのだった。
“あいつ”に強いられてしぶしぶ参加した授業。
そのノートには自分のあまり上手いとは言えない癖のある自分の字が並んでいる。
所々に書き足された“あいつ”の字に少なからず胸を騒がせていた。
『ここはこの公式を使え』
所々に「重要」と丸がうたれている。そして、その印を付けられたときの“あいつ”の声が耳に蘇る。低く、耳に囁かれるようにして響いた声が。
試験直前ということもあって生徒会の人間や他の四天王ではなく梧桐自ら時間を割いていた。
放課後、しんと静まり返る生徒会室。
外は薄暗くてちらちらと雪が降っていた。
そう、ちょうど今、半屋の視界に臨む窓の外のように。
「ご、梧桐……っ!」
窓の外に揺れる影に驚いて声をかける。ここは2階、普通ならそこに人がいるなど考えられないことである。
「ちっ、見つかったか。せっかく驚かせてやろうと思ったのに……」
ぶちぶちと文句を言いながら窓枠に足をかけ、律義にも靴を脱いで梧桐が部屋に侵入してきた。
「何でてめぇがここに来るんだよっ!!」
半屋はキャスター付きのイスから立ち上がり、一歩下がった。
「文句あるのか?」
当然というように不敵に笑う梧桐は、間違いなく数時間前に駅でわかれた人間に違いなかった。
家に帰っていないのかその手には鞄、服は制服のままである。
半屋は口をつぐんで梧桐を睨み付けた。
「16歳最後のお前と一緒にいてやろうと思ってな」
今日は3月2日。後数時間後……明日はひな祭りである。そして…………半屋の誕生日でもあった。
「ってめぇ、なんでそのこと知っていやがんだよっっ!!」
顔を赤く染めて半屋が叫ぶ。
半屋は自分が「女の子の日」に生まれたことについて言い知れぬ羞恥を感じていて、人に話したことなど、もちろんなかった。
「お前のことなど全てお見通しだ。それより半屋、欲しいものはあるか?」
「あぁ?」
眉をひそめる半屋に梧桐はこう付け足した。
「このオレ様がペットであるサルに誕生日プレゼントをやろうというのだ、欲しいものを言ってみろ」
「て、てめぇが今この場からいなくなることがオレの一番の願いだよっ!」
頬を赤く染め、そっぽを向いて言い放つその姿は当然、本心ではないだろう。そして梧桐はそのことを知っていた。
「全く素直じゃないサルだ」
くるりと半屋に背を向け、
「では望み通り帰ってやろう」
と扉を開け、振り返りもせずに出ていった。
「!?」
梧桐の行動に目をぱちぱちとさせる半屋。
梧桐がこんなにあっさりと引くなどまるで予想できなかったからだ。
「ほ、ホントに帰ったのか?」
信じられないといった表情で半屋が再びイスに腰を下ろした。
教科書などを見てみるが、もちろんやる気など出てこない。
ちらちらと扉を気にしてしまう。
「何なんだよ、あいつは…………」
ぼそっと呟いて、もしかしたら今見たものは幻ではないかと考えてしまう。
立ち上がって窓に行くと確かにその窓は少し開いていて、冷たい空気が流れ込んでいた。
「思っていることと逆のことしか言えんのか?」
声に驚いて振り返るとそこには夢でも幻でもなく梧桐が立っていた。
「て、てめぇっ! か、帰ったんじゃねぇのかよっ!!」
梧桐が帰ってしまったことに少なからず寂しく思っていた様子を見られ、半屋は真っ赤になってつかみ掛かった。
「靴を玄関において、家族に挨拶をしてきただけだ。何だ、サル。寂しかったのか?」
ぷいっと顔を反らす半屋。机に向かいノートを眺めているがその耳は真っ赤であった。
「お前の望み通り16歳が終わるときと17歳が始まるときに一緒にいてやろう」
にやりと笑う梧桐に何も言い返せるはずもなく半屋は、勝手にしろ、と小さく呟いた。
冬と春の間。
雛壇に雛人形が飾られる女の子のお祭。
その前日、1人の女性が大きなお腹を抱えて病院への道を急いでいた。
出産当日まで働くと言っていた女性は予定日より1ヶ月ほども早い3月2日の夜更け、急に陣痛に見舞われた。
傍にいた夫を揺り動かし、車を用意させ、小さな娘を起こさないように抱きかかえ、前もって決めていたように一緒に連れていくことにした。
最寄りの病院までは車で15分ほど。初めは鈍く緩やかだった陣痛が次第に酷くなっていく。
病院につき、看護婦たちの手によってすぐさま女性は分娩室へと運ばれた。
車から降りた夫は3歳にもならない娘を抱きかかえ、不安そうに廊下に立っていた。
「……?」
目を擦り、女の子が目を覚ます。
「…………ちゃん、今お母さんは…………ちゃんの弟か妹を産んでくれているんだよ」
わかっているのかいないのかにっこりと笑みを見せた女の子は、また父親の腕の中でゆっくりと眠りに落ちた。
もう日付が変わって3日になっている。分娩室に入っていった時の苦しそうな妻の顔を思い浮かべ、男性はぎゅっと目を閉じた。
外は薄暗くてちらちらと雪が降っていた。
3日午前4時10分
梧桐と一緒に明日の試験勉強をしていた半屋は日付が変わるころに「寝ろ」と言われ布団に入っていた。
「数学は、ただでさえ出来ん奴が寝惚けた頭でやって取れるようなものじゃない」
基本と公式をたたき込まされ、あと二つの教科も何とか区切りを付けさせられていた。
何かに気がついて目を開けた半屋。
まだ夜は明けていない。隣には梧桐が寝息を立てている。
「どうした、明日のためにさっさと寝ろ」
顔を眺めていたら、いきなりその瞳が開かれて半屋は少し驚いた。
しかし、半屋には聞こえなかったようだった。
半屋が目を開ける直前、梧桐が眠る半屋に祝福をしていた言葉が。
「誕生日おめでとう、半屋」
軽く唇を合わせる梧桐。
外は薄暗くてちらちらと雪が降っていた。
Remenber けれど もしも 思い出せないなら 私いつでもあなたに言う 生まれてくれてWelcome
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