白い約束

 
 真白い空間にぽつりとたたずむ少年。
 しくしくと涙を流すその少年ははひどく懐しいようで、覚えが無い。
 遠い遠い昔。
 遠い遠い未来。
 これから出会う過去の君と白い約束を交わそう。
 ずっと、ずっと君の傍にいる……。

 

 
 
 4月。窓の外には春だということを主張するような満開の桜が咲き乱れている爽やかな朝。
「何だ、前から2番目か。寝れねぇよ、これじゃあ。」
 サクラサクって訳でもないけれどオレ、山口尚輝(やまぐち なおき)は無事に高校へ進学した。
 新しい教室の、座席表で確かめた廊下側の前から2番目の自分の席に付く。
 中高一貫の上、大学まで推薦をもらえるこの皐月凉学園(さつきりょう がくえん)は高校へ上がれない生徒の方が珍しいんだけど、体育はともかく主要5教科に赤点がちらちらと見え隠れするオレにとっては冷や冷やもんだったんだ。
 昨日は発表された寮の部屋に午前中に荷物を運び込んで、午後からはここから3時間かかる自宅に帰っていた。遅刻しないようにと早くに起こされて叩き出されたから眠くて眠くて……。
「尚輝!」
 ぽんと肩を叩かれて振り返ると明るい茶髪を一つに括り、耳にはピアス、「たらし」っぽい顔に高い身長の………まあ、道を歩けば10人中9人は振り返りそうなイイオトコが立っていた。
「またおんなじクラスかよー」
 小学校の時からの腐れ縁のこいつ、上田 和人(うえだ かずと)は中学の時に一回離れたきりで8年もクラスメートをやっていた。腹の立つことに小学校の頃はオレとさほど変わらなかったくせに、伸び悩みで166センチで止まっているオレをおいて181センチにも成長しやがったこいつはどうしても見上げる形になってしまう。
「そう言うなって、柊二と矢尾も一緒だぜ?」
「まじでっ!?」
 オレは思わず席を立って辺りを見回した。
「おはよう、尚輝くん」
 窓際の前から2番目の席に鞄を置いた柊二……石田 柊二(いしだ しゅうじ)が振り返った。
 目がくりっと大きくて、どう見ても中学生に見えなかったこいつは、高校生になっても幼い顔のままだった。
「しゅーじーっ!」
 嬉しくてつい飛びつきそうになったオレは、寸でのところで身を止めた。
「おっと、悪い悪い、嬉しくってつい。」
 柊二は極度の接触恐怖症で、未だにオレ達は服の上からでさえ触ることは出来ない。
「高校生になってもガキはガキのままだな」
 少しトーンの抑えられた声とともにオレの頭が軽く叩かれた。
「ガキって言うなよー!」
 さらさらとした黒い髪に秀才にしか見えないような眼鏡をかけた、矢尾 貴志(やお たかし)がオレの前の席に鞄を置いた。
 矢尾と柊二は中学に入ったとき、そう今からちょうど3年前に、初めて違うクラスになったオレと和人がそれぞれ席の近いやつと仲良くなったのが2人だった。何となく気が合ってそれが今まで続いている。
 偶然だけど矢尾と柊二は小学校が一緒で、オレたちと同じように中学で初めて違うクラスに別れたらしい。
「これからまた1年間、お前達と一緒かと思うとぞっとするよ」
「それはこっちの台詞だよ!」
 矢尾の言葉に、にかっと笑って見せる。普段は無口なくせに一度開けばオレと並ぶほどの悪口だけど、本気じゃないことは十分承知している。
「そう言えば尚輝くんのルームメイトってどんな人だった? 昨日の朝、荷物の整理したんだよね?」
 この皐月凉学園には寮があって家が遠いオレは中学の時から入っている。
 1年ごとに部屋が変わって、高校の入学式である今日の前日、つまり昨日の朝に荷物の整理をしたんだけれど……。
「知らない。でも、オレが部屋に入ったときにはもう荷物がほどいてあったぜ。まだ去年の奴が残ってんのかと思ったよ。そういう柊二はどうだったんだ?」
「僕はね、貴志と一緒。和人くんは1人部屋なんだよね!」
 全寮制というわけでもないんだけど、オレと同じで家の遠い和人と、満員電車に乗りたくない柊二と矢尾も中学の時から寮にいる。
「ひとりぃ〜っ!?」
「今年の1年生の寮生は奇数だったらしくてね、何故か俺が1人部屋。羨ましいか?」
 にやっと笑う和人に頬を膨らませて横を向いてやる。
「羨ましくねーよ。今年はお前と一緒じゃないだけすっげぇ幸せだぜ!」
 中2の時に和人と同室になったけど、門限過ぎてから出掛けるわ、オレのすることにいちいちうるさいわ、で最悪だったんだ。
「あーあ。オレ、矢尾とが良かったなぁ」
 干渉して来ねぇし、たまに勉強教えてくれるし、真面目だし。ほんとに柊二が羨ましいぜ。
 
 ー キーンコーンカーンコーン ー
 
「席に付けー」
 高校になると教師も多少メンバーが替わるけど殆どが一緒だ。
 今、教壇に立っている三木も去年も習っていた数学の教師だった。
「ほぼ全員が内部進学者で知り合いばかりだと思うが、式の間ぐらいは静かにしているように。今日は式の後、HRがある。サボるなよ、上田」
「なんで俺を名指しなんだよ!」
 窓際の前から4番目の和人が叫ぶ。今年は柊二と和人の間にもう1人いるようだ。席が空いたままだけど……。
「中学の時の入学式をひとり屋上でサボってたのはどこのどいつだ。はい、わかったら全員講堂へ行け。高1は中学生の後ろだからな」
 がたがたと音を立てて皆が立ち上げる。中学の時と校舎こそ違うものの同じ敷地内で講堂や特別教室は共同であるため迷うことなどありえない。
「なー、やっぱり今年も新入生代表って矢尾?」
 だらだらと講堂へ向かう途中でオレは矢尾を見上げた。
 和人ほどじゃないけれど、矢尾もやはりオレより背が高い。178センチだったと思う。ちなみに柊二は164センチ、ちっさい同士って訳じゃないけどオレと柊二が一緒に歩いていて正確な年齢に見られたことはない。
「ああ、らしいな」
 新入生代表なんて学年トップのやつのすることで、オレには全く関係ないことなのだけど、矢尾は中学の時から学年首席を譲ったことがない変人だった。
「少しは矢尾の脳味噌分けてもらえよ」
 大きな手で頭をがしがしと撫でられる。
「ほっとけよ!てめぇこそ、矢尾の真面目さを貰え!」
 和人の腕を振り払って睨み付ける。
「2人とも、早く行かないと『またお前らか!』、って怒られるよ?」
 いつもの口喧嘩が始まりそうになったとき、やんわりと止めてくれたのは柊二だった。
 いつの間にか生徒達の群れは遥か前方になっている。
「やばっ」
 慌てて歩調を速くしたのは言うまでまでもないことだった。
 
 
「内部生にとっては改めて言うまでもないが、外部生のために。俺がこの1年C組の担任になった三木 教晃(みき のりあき)だ。教科は数学、1年間よろしくな」
 式の後のHRはお決まりの担任の挨拶から始まった。
 ここ皐月凉は付属の中学からの内部進学生が殆どで、外部から来た人間はクラスに3人いたら多いほうだった。
「これから委員長とクラス役員を決めるんだが……その前に出席番号1番から軽く自己紹介してもらおうか」
 出席番号1番のやつは、その珍しい外部から来たやつのようで、ちょっと戸惑ってから立ち上がり、ぼそぼそと自己紹介をした。
 ー ガタン ー
「出席番号2番、石田柊二です。去年は3年1組でした。内部生は皆、知っていると思うけど、間違っても僕に触らないで下さい。1年間よろしくお願いします」
 そう、中2の時の自己紹介もこんな感じだった。
 今はもう柊二の接触恐怖症を知らない生徒は少ないので静かなもんだが、中1や中2の時は冷やかしや疑問が凄かったんだ。
 オレも中2の時にその場にいたんだけど、柊二の前に座ってたやつが振り返ってわざと腕を触りやがって大変な騒ぎになったんだ。
 顔が真っ青になって、がたがたと震えだした柊二はその場で吐いた。
 驚いたのは前の席のやつで、必死になって謝っていたっけ。
 普通ならその不思議な特徴や吐いたことによっていじめられたり、からかわれたりするもんだと思うけど、震えがおさまった後で、柊二がにっこりと微笑み、
「こうなるので止めて下さいね」
 と息を飲むほど可愛らしい表情で言ったので何も起こらなかった。
 そう、柊二は身長もちっさいし、顔もちっさい、そして目がくりっと大きくて、そこいらの女の子よりよっぽど可愛いんだ。
 中学3年間一緒にいたけど、毎日柊二の靴箱には少なくとも3通以上のラブレターが入っている。
 ここは男子校だから間違いなく男からだろうけど。
「岩永、岩永はいないのか?」
 出席簿を見ながら三木が言う。柊二と和人の間の席はまだ空いたままだった。
ー ガラッ ー
「すいません、岩永遅れました!」
 オレのすぐ斜め前の扉が開き、身長180センチぐらいの何処かで見たことのある爽やかな顔をした奴が入ってきた。
「また遅刻か。新学期早々からこれじゃ、また2年生になれないぞ」
 三木がやれやれと言った風に笑った。2年生になれない? もしかしてこいつ、留年……?
「ひどいなぁ、今年はちゃんと来ますよ」
 やはり何処かで見たことある顔で男は笑った。
「おい、岩永って、あの岩永マコトじゃねぇか?」
「本人か!?」
「なんでこの学校に!」
 男の顔を見て皆がざわざわと騒ぎはじめた。
「岩永。自己紹介してやれ。どうせ次はお前だったんだ」
 三木の言葉に岩永はその場で足を止め、皆の方に身体を向けた。
「去年は1年B組だった岩永 真理(いわなが まこと)です。知ってる人もいると思うけど、僕はAGDY事務所の岩永マコトでもあります。年は1つ上だけどタメ口で全然構わないし、去年は仕事が忙しくて出席日数たりなくなっちゃったけど、今年は学業に専念するつもりなんで1年間よろしく」
 知ってる人も、どころかAGDY事務所って言えば今やジャニーズ事務所に匹敵する、男のアイドルを送りだす新しい事務所で、岩永マコトはそこの看板アイドルだった。
 去年はCMやドラマでよく見かけていたけど、まさかクラスメートになるなんて誰が予想出来ただろう?
「ほら、さっさと席に付け」
 三木の言葉に岩永は首をすくめ、自分の席……柊二と和人の間の席に向かった。
 クラス全員が国民的アイドルの出現、そしてその行動に注目している中、奴はちょっとこちらを振り返った。
 そして、目を見開き、足を止めた。
 目が……合った気がした。
「岩永?」
 三木の言葉が聞こえていない様子で、奴は真っ直ぐと、自分の席と反対側の廊下側の前から2番目の席、つまりオレの席に向かってきた。
「尚輝っ!!」
「?」
 急に名前を呼ばれて、抱き締められた。
「な…………何だ、てめーはっ!」
 野郎に抱きつかれて喜ぶ趣味のないオレは、じたばたともがいた。
「寮は一緒だって知ってたけど、クラスまで一緒だなんて、すっごく嬉しい! 尚輝、僕を忘れたの?」
 テレビ見て姉貴が騒いでた顔がオレのすぐ傍にある。
 そういえばこいつが出てた「終焉」ってドラマ面白かったよな、とか、何だかどうでも良いことが浮かんでくる。
 それぐらいオレは混乱していた。
「尚輝?」
 野郎なのにドキっとしてしまうほど整っている顔が不思議そうにオレを覗き込んでいる。
 鼻がすっと高くて唇が薄い、目は二重で睫毛は長く、髪はさらさらと黒かった。
「………………」
 こんな奴に覗き込まれて何か言えるほうが不思議だろう。
 なんで、こいつはオレの名前を知ってるんだ? 何なんだ? こいつは。
「岩永!」
 三木が近づいてきて止めに入ったとき、ソレは起こった。
「なっ…………」
 クラス中が息を飲んだのがわかる。多分オレの目はこれ以上ないぐらいに見開かれていたことだろう。
 奴の唇が、オレのそれと重なったんだ。
 ひそひそ話をしていた奴等も一瞬で静まり返った。
 そんな中、当の岩永はオレに向かってにこっと微笑んで、窓側の自分の席へと帰っていった。
「あー…………自己紹介の続きを始めようか。上田」
 しばらくの沈黙の後、三木の進行で和人が立ち上がったが、オレにはもう何も聞こえていなかった。
 他のクラスの喧騒だけが、妙に遠くに聞こえていた。
 

 

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