| 「おい、風呂空いたぜ?」 入学式から1週間ほどが経った。 授業も始まり、内部生ばかりのクラスメートは殆ど顔と名前が一致していた。 岩永はあの日のアレ以外、別におかしなこともせず、三木が心配していたように欠席すると言うこともなく、ごく普通の高校生のように馴染みかけていた。 同室で2段ベッドの上にオレ、下に奴がいて、机を並べて暮らしているが別に何があるわけじゃなく、普通に過ごしていた。 初めて会ったときの奴の行動を忘れるほどに。 寮の各部屋に1つずつついている風呂から上がり、オレは岩永に声をかけた。去年まで、つまり中学の頃は同じこの寮のB棟にいたんだけど、あっちには風呂がついてなくてわざわざ1階まで行ってたんだよなぁ。中3ともなると4階だからいちいち降りてくるのが面倒くさかったっけ。 「ああ、うん」 明日の英語の小テストのために机に向かっていた岩永が振り返り、その動きを止めた。 「…………」 「ん?」 オレは机の上に置いておいた500mlのペットボトルを開け、中の水を一口飲んだ。 じっとオレを凝視していた岩永は、溜息とともに左手を額に当てた。 「気分でも悪いのか?」 イスに座っている岩永の顔を覗き込むように背中を丸めたとき、岩永の右手が伸び、オレの左肩を掴んだ。 「っ!?」 驚いたオレは手に持っていたペットボトルを取り落とした。幸い、飲んですぐ蓋を閉めていたので中身が零れることはなかったが、それは鈍い音を立てて、床に弾んだ。 「……岩永?」 肩を掴まれたままの状態で動くに動けないオレは目の前の男に声をかけた。 「…………つもりだったんだけどな……」 「えっ?」 囁くような小さな声は、岩永が下を向いていることもあって後半しか聞き取ることが出来なかった。 「ごめんね、尚輝」 岩永の声がはっきり聞こえたと思った次の瞬間には天地がひっくり返っていて、オレは1週間毎日眺めている部屋の天井を見ることになっていた。 「岩永!?」 左肩は押さえつけられたまま、そして右手までも岩永の左手に掴まれ、オレは床に置いてあった大きなクッションに押し付けられていた。このクッションは姉貴が面白がってわざわざ宅急便で送り付けやがったもので、普通のクッションの倍以上もあるようなものだった。邪魔だといつも思っていたが、弾力があって触り心地がいいので皆には結構好評だった。 ってそんなことを紹介している場合じゃねぇっ!! 「おいっ!!」 出来るかぎりの低い声を作って脅してみる。 岩永が真っ直ぐ、オレの目を見た。 「ごめん、自分ではもうちょっと我慢強いと思ってたんだけど……」 「はぁ?」 眉間にしわを寄せて岩永の目を見返す。 真っ黒い瞳の中にはオレが映っていて、その息を飲むような綺麗な顔はゆっくりとオレに近づいてきた。 「!!?」 柔らかな感触が唇にあって、目の前には長い睫毛が揺れていて、オレの思考は止まった。 どれくらいの時間が流れたのか、口の中に妙な違和感を感じてオレは気がついた。 「……ってめぇ、何しやがるっ!!」 体中の力を腕に込めて、オレはクッションの上に仰向けで倒れているオレに覆い被さるように、キスをしてきやがった岩永を突き飛ばした。 息が上がり、顔が熱くなっているのを感じた。多分、オレは耳まで真っ赤に染まっている事だろう。 「僕は危ないって、会ったときに思わなかった?」 「な、なんだ?」 「いきなり、キスしてくるような、変なやつだって、警告、したのに」 泣いているような、子供のような弱々しい声で岩永が言った。 「尚輝、僕は君が好き。ずっと、昔から。………僕の前でそんな格好でいるなんて、犯罪だよ?」 岩永は着ていた上着を脱ぎ、オレの肩にかけた。 今日は春だというのに少し暑く、風呂から上がったばかりだったオレはトランクス1枚で肩にスポーツタオルをかけているだけだった。 「逃げて、尚輝。僕は君が好きだから……」 諭すように再び唇が重ねられ、オレはそれを振り払って部屋を飛びだした。 「柊二っ!!矢尾っ!」 廊下に飛び出したオレはすぐ隣の部屋の扉を乱暴に開けた。 「あ……」 オレは目の前の光景をどう受け取っていいか解らず、その場で立ちすくんだ。 制服のカッターシャツの前を開け、白い肌を露にしている柊二。 そして、その柊二の鎖骨辺りに触れている矢尾の手。 2人とも驚いたようにオレを見ている。 オレの肩からするりと上着が落ちた。 オレはどうしていいかわからず、廊下に飛び出し、突き当たりの部屋に飛び込んだ。 煌々と部屋を照らす蛍光灯。 教科書やらCDやらが雑然と床に並べられていて、それを机の引き出しや上に置いている和人がいた。 部屋が変わってから1週間が経つのにまだ整理が終わっていないのは、この間の休みに家からCDやらを持ってきたからだと言っていたような気がする。 「尚輝っ!?お前、なんて格好してんだよ?」 少し辺りを見回した和人は、ベッドの上に脱ぎ捨てられていた制服のブレザーをオレに投げた。 「和人ぉ……」 上着を受け取ったものの、それを着ることさえ思いつかず、オレはそれを握りしめた。 「こら、人の制服をしわにすんな」 扉のところで突っ立っていたオレのところへやって来て、部屋の奥に招き入れながら上着をかけてくれる。 「何かあったのか?」 「…………」 「言えねえなら別に良いけどさ」 オレをベッドに座らせ、再び荷物の整理を始める和人。 「岩永が、おかしくて、……柊二が、……柊二と矢尾が……」 声が震え、言葉が繋がらない。 作業の手をとめた和人が横に座り、ぽんぽんとあやすように背中をたたく。 「あいつらはもうすぐここへ来る」 「?」 「矢尾は必ず来る、柊二も。あいつらが何をしていたのかは知らないけど、お前はそれぐらいで友達やめるのか?」 「……」 首をぶんぶんと横に振る。友達をやめるなんて考えることも出来ない。 「あいつらはあいつらだもん。ホモだろうとなんだろうと、オレの友達だ」 「じゃあ、何がそんなに怖いんだ?」 「…………」 ー コンコン ー 遠慮がちにノックされる。オレは顔を上げて扉を見つめた。 「上田? 山口そこにいるよな?」 「和人くん、入っていい?」 和人がオレの方を見て、少し微笑んだ。 「ほら、やって来た。……いいぜ。尚輝もいる」 和人の声に、ゆっくりと扉が開かれ、服を直した柊二と矢尾が入ってきた。 「口で言うよりも、実際試したほうが早いよね。尚輝くん、僕に触ってみて?」 可愛らしい柊二の顔がちょっと緊張しているように微笑んで、オレの腕を掴みぐっと自分の方へ引いた。 勢い余って柊二に抱き付くように寄り掛かってしまう。 「柊二っ!?」 慌てて身を起こして柊二の顔を見た。柊二はにっこりと笑った。 「柊二、触られても平気になったのか?」 和人の言葉に、首を縦に振る。 「貴志に特訓してもらっているんだ。ちょっと触れられただけで吐いていたら相手にも悪いしね」 今度は和人の方に向き直り、右手を取ってぶんぶんと握手をする。 「もう、短い時間で服の上からなら誰でも大丈夫だと思う。直に触れられるのはまだ貴志と、尚輝くん達ぐらいだろうけどね」 「じゃあ、オレが見たのは……」 「そう、特訓。毎日少しずつ触ってもらって、その時間を長くしてみたり、触れてもらう場所を変えたりしてたんだ。ここまでくるのに結構時間がかかっちゃったけどね」 にこっと、柊二が矢尾を振り返った。 矢尾は小さく微笑んだ。 「そういえば山口、俺達に用事があったんじゃないのか? 慌てて部屋に飛び込んできて……」 矢尾に上着を差し出される。見慣れない服に、何だと少し考えて、部屋を飛びだす前に岩永にかけられたものだと気が付いた。 矢尾達の部屋に落としたままだったんだ。 オレは少し躊躇ってからそれを受け取った。 「岩永か?」 和人が問う。オレは黙って頷いた。 「何か、あったの?」 遠慮がちに柊二が聞いてくる。オレは黙ってうな垂れた。 だって、いくら親友たちにでも、言えねぇよなぁ? 男に押し倒されて、ディープキスまでされて、その上「好きだ」って言われたなんて。 「言いたくないなら無理には聞かないけどな。部屋に、帰れるのか?」 岩永のいる部屋に帰る……? オレは大きく首を横に振った。身の危険というか、何より、「逃げて」と訴えるあいつの真剣な目が怖かった。 「片付けてないけど、この部屋で寝るか? 矢尾達の部屋に行ってもいいけど」 「ここでいい、ありがとう。皆」 無理に聞きだそうとしない優しさが嬉しくて、オレの目の前が少し、ぼやけた。 |
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