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澄み渡る快晴というのは今日のような天気を言うのかもしれない。
中高合わせて6学年、4クラスずつの生徒達が開会式のため、グラウンドに整列していたのがずいぶん前に感じられる。
学年に4クラスしかないため午前中に学年優勝が決まり、午後には中学3学年の優勝、高校の3学年の優勝が決まる。
そのため、他の学年の様子を見にやって来る人も多い。
「ゲーム終了、勝者1年C組」
卓球、バレー、テニス、バスケ、ドッヂと、難なく1回戦は勝ち抜いている。
「1年のC組強いな」
背の高い人が擦れ違い様に友達と話していた会話が聞こえる。
2年生だろうか? 3年生だろうか? どのクラスにしろ、負けるつもりはない。
「次は卓球の学年決勝か」
和人がオレの背中を叩いた。オレ達は結果報告のため本部に行き、体育館の方へ向かった。
「撮りは2時から、それ以上の交渉は出来ないわ」
「無茶だ! 今日だけは一日空けてくれと言っていただろう? 何故今更……」
声が聞こえてきて思わず立ち止まってしまう。
飽きるほど見ているツーショットがそこにあった。
「ごめんなさい、先方からの要望なの。私には何も出来ないわ」
何か言いたそうにしている岩永をおいて、マネージャーは立ち去った。
「岩永……」
和人の声に、岩永がこちらを振り返った。
「出るよ、ちゃんと全部。仕事なんて、どうでもいい」
そう言った岩永の顔は真剣で、昨日岩永を見たときに感じた騒めきが蘇った。
「1年C組優勝!」
自分で言うのも何だが、オレと和人、そして岩永、難波の活躍は注目され、その期待通りに次々に学年優勝をさらっていった。
優勝できなかったのは今のところ、卓球部員に特訓してもらったという3年生に負けた卓球の総合戦だけだ。
そして今、テニスの総合戦優勝が決まった。
「やったぁ!」
オレは嬉しさのあまり近くにいた和人に抱き付いた。和人の汗の匂いに包まれる。しかし、それは不快には感じない。敵わないかと思った3年D組に勝てたのだ。
「おい、山口ー、手加減してくれよー」
3年D組の森川先輩が苦笑しながら言った。3年で最強のクラスで、さっき卓球で負けたのもこのクラスにだった。
森川先輩はオレが中1の時の寮長で、中3の時は、文化祭などで色々と助けてもらった人だった。
「手加減なんてしてる余裕ないですよ」
和人がオレの後ろから声をあげた。和人の後ろには矢尾が足を引き摺って寄り掛かるようにして柊二に掴まっていた。
「矢尾! どうかし……あ、さっきの!」
さっきの試合で矢尾は不自然な体勢から打ち返し、足を捻ったようだったのだ。
試合中はそんな様子は微塵も見せておらず、怪我は大したことないのかと思わせるほど見事に白星を得たのだが、この様子じゃ捻挫しているらしい。
「早く保健室に行かないと!」
オレが動くより先に和人が柊二に変わり、矢尾に肩を貸す。
「うっ」
痛めた足に体重をかけたのか、矢尾が低い声をあげる。
こういう時、和人ぐらい……せめて、矢尾ぐらいの身長があったら肩が貸せるのに、背の低いオレでは役に立てないのが歯がゆい。
「大丈夫か? ここからなら、保健室より救護テントの方が近いな」
森川先輩がグラウンドの端を指した。球技大会で怪我をした生徒のために、救急のテントが建てられているのだ。
とは言っても、体育館の中に一つ、グラウンド隅に一つ、そして、校舎の中に保健室があるだけで、このテニスコートからではいちばん近いグラウンドの救護テントでも少し歩く。なんともなければ大したことのない距離だが、足を捻挫していればかなり負担があるはずだ。
「おい! こら、降ろせっ!! 離せーっ!!!」
足を引き摺る矢尾を見かねた和人がひょいとお姫さま抱きに矢尾を持ち上げた。
それほど筋肉がついているようには見えないのに、自分とそう体重の変わらないはずの男を持ち上げるなんて、和人の筋力は羨ましくなる。
そういえば中1の初め、まだオレと同じぐらいの身長の時に、やはり、オレとそう身長の変わらない柊二をイスごと持ち上げたという事もあったらしいし、力の強さは今に始まったことではないのだけど。
「暴れるなよ。この方が早いだろ」
普段は冷静な矢尾が顔を赤くして和人に抗議している様は、滅多に見られるもんではなく、オレは不謹慎ながら少し笑ってしまった。
「おい、尚輝! 本部にテニスの結果報告行ってくれ」
オレが笑っている間に、姿が小さくなるほど進んでいた和人が振り返って言った。
オレは和人の後を追うように、救護テントよりもさらにグラウンドの奥にある、本部へ向かった。
「1年C組強いなぁ。3年生が圧倒されているじゃないか」
どこの担任も持っていない化学の教師が、テニスの総合優勝の欄のオレのクラスを見てそう言った。
「卓球は負けてしまったけど、後は全部優勝するつもりなんで!」
オレがそう言ったとき、校門の方から騒ぎ声が聞こえてきた。
「なんだ?」
近くにいた三木が校門へと走る。オレは何の気なしに校舎の壁についている時計を見た。
「2時……まさか」
ある可能性に気が付いたオレは、三木の後を追うように走り出した。
「ここは一般車両は立ち入り禁止だ、すぐに移動して下さい!」
三木の声の向かう先に、校門を入ったすぐの所には、黒い大きなリムジンが場違いに停車していた。
右側のドアが開き、黒いスーツに金髪の男が出てくる。
黄色人種にない色の白さから、そしてサングラスを掛けていても解るほどのはっきりとした彫りの深さからその男が日本人でないことは容易に解る。
日本人の平均身長よりも少し高いはずの三木が子供に見える程、その男の身長は高かった。
男が後部座席のドアを開く。
そして、中から金髪の美少女が男にエスコートされ、降りてきた。
男が車の左側に周り、運転手に声を掛けると、その車はゆっくりとUターンし、校門から出ていった。
金髪の美少女は表情一つ変えずに、ギャラリーを見回した。
そして、男に何かを呟いた。
「ミスター・岩永ヲ連レテ来テ欲シイ」
流暢と言えない日本語が男の口から発せられる。
「岩永……?」
三木が首を傾げるが、慌てて駆けつけた岩永のマネージャーを見て、納得した顔を見せた。
ー バスケットボールの決勝が行われます。3年D組と1年C組の出場選手は今すぐバスケットコートに入って下さい ー
放送の声に思わず上を見上げる。
校門から入ってさほど離れていないところの外灯の下に付けられたスピーカーは感情の無い声で招集をかけていた。
「岩永はどうしたんだ?」
三木がマネージャーに尋ねる。
「それが……バスケの決勝に出るから仕事はしないって……」
泣きそうな顔をしているマネージャー。何故岩永はそこまでして球技大会にこだわるのだろうか?
「山口、お前、決勝だろ? 戻るついでに岩永を呼んできてくれ。あと、補欠の小杉を岩永の変わりに……」
「その必要はありません」
振り返るとそこには岩永が居て、マネージャーは不安そうな顔をした。
「Makoto!!!!」
金髪の少女が岩永に駆け寄り抱き付いてキスをする。
そして腕を引いて早口で何かを捲し立てている。
「もっとゆっくり話して下さい。あと、僕は今日は仕事をするつもりはありません」
きっぱりした岩永の言葉に、金髪の少女が何を言っているの?と言った表情でいつの間に現れたのか5、6人のボディーガード、そして初めに少女と同じ車に乗っていた男を見上げた。
その初めに同じ車に乗っていた男(どうやら彼女のマネージャーらしい)が岩永の言葉を通訳すると、少女はつん、とそっぽを向いた。
「マコトくん! 彼女は今アメリカでもっとも注目されている女優なのよ? 貴方の行動一つで日米の友好問題にも発展するんだから!」
岩永にすがりつくようにして「わかってるの!?」と繰り替えすマネージャー。
「仕事、しろよ。お前がいなくてもオレ達は優勝してやるぜ」
オレの言葉に岩永が振り返り、一瞬、捨てられた子犬のような、寂しそうな瞳を見せた。
岩永が自分ではなく後ろにいるオレの方を見ているもんだから、少女はますます憤慨した様子で、彼女のマネージャーに問い掛けた。
「What does the boy said?(あの男の子、何て言ったの?)」
岩永の後ろにいるオレと、それに向かいあっている少女の後ろにいるマネージャーでは距離があったためか、男は、
「I'm sorry. I can't hear it.(すいません、聞こえませんでした)」
と答えた。
少女は不機嫌そうにオレを睨み付けた。まだ子供とは言え、本当に女優か?と思ってしまう。
少女はマネージャーを見上げ、何かを言った。しかし、それはオレには聞こえなくて、マネージャーが変わりにオレ達に言った。
「キャサリンハ仕事ヲシナイ。ミスター・岩永ガ一緒デナイナラバ。」
訳されるとなんだと思ってしまうが、やはり本場の英語は聞き取れないものだと、オレは何だか英語の授業を受けている気分になった。
「何を言われようと僕は今日は仕事をしません。どうしても仕事をさせたいなら球技大会が終わるまで待って下さい。」
早口で言い放つ岩永に、少女のマネージャーが顔を顰めた。この男にとっても本場の日本語は聞き取りにくいのだろう。
ちゃんとした通訳連れてこいよなぁ……。オレがそう思い、三木が近くにいた生徒に英語の教師を連れてくるようにと言った次の瞬間、
「Shall I translate it?(通訳しましょうか?)」
和人に肩を支えられた矢尾が現れた。
流石は学年トップ、発音もいい。オレは思わず口笛を吹いた。
「Oh! What beautiful man he is!! What your name?(えっ、なんて綺麗な人なの? お名前は?)」
「My name is Takashi yao.please call me Yao,a cute young lady.(矢尾貴志と言います。矢尾と呼んで下さい。可愛いお嬢さん)」
アイドルの岩永に引けを取らない綺麗な顔の矢尾を気に入ったらしい少女。しかもその矢尾は英語が上手く、にっこりと微笑んだもんだから、少女の機嫌は一気に上昇した。
「尚輝、決勝始まるぜ。お前と岩永を呼びに来たんだけど……」
はぁはぁと息を切らせて、駆けてきた難波が言った。そういえばさっきから何回かスピーカーから招集の声が流れていたっけ。
「ああ、今行く。でも、岩永が……」
慌てて走り出そうとして、岩永を振り返った。
岩永は立ち止まったオレを抜かしてすたすたとグランドのバスケコートに向かっている。
「い、岩永?」
声を掛けると立ち止まって、振り向いた。
「ライバルに、助けられちゃったなぁ」
その言葉を聞いたとき、オレはきょとんとしていたと思う。
岩永の視線の先を見ると少女が楽しそうに和人にお姫さまだっこをされ、矢尾と和人と楽しそうに話しながらこっちにやってくる姿があった。
「?」
目をぱちくりとさせていると、
「行くぞ」
と、少女を抱えたままの和人に声をかけられた。
「俺と一緒に岩永の試合を観ないかと誘ったんだよ」
支えであった和人を少女に奪われた形になった矢尾はオレの肩に手を置いた。
「足、大丈夫か?」
オレの身長では大した支えにならないのは解りきっていることで、オレは矢尾の足に少しでも負担がかからないように背中に手を回して支えた。
「肩を貸そうか?」
岩永がそんなオレ達の姿を見かねて声を掛けたが、矢尾はいい、と一言で断った。
5月だというのに妙に太陽が眩しくて、オレは真っ青な空を目を細めて眺めた。
バスケのコートでは応援しようと集まってくれた級友や敵である3年生に歓声と野次で迎えられることになった。
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