しゅっとボールがリングに吸い込まれる。
 ピピ-ッと鳴り響く笛の音で後ろから歓声が上がり、背中を強く叩かれる。
「バスケットボール、優勝、1年C組」
 審判の声なんて誰も聞こえちゃいない。
 オレは、逆転の功労者として皆の手厚い感謝を痛そうに受ける岩永に駆け寄った。
 痛いよ、と情けない悲鳴を上げる奴のその笑顔はちゃんとクラスの一員で、練習に参加できなかったことなんてごく些細なことに感じられた。
 優勝、あの3年D組に勝ったんだ!
「ほら、整列!」
 和人に背中を叩かれ、皆そわそわと一列に並ぶ。
「ありがとうございました!」
 礼をして、顔を上げた瞬間、皆はまた歓声を上げて優勝を喜び合った。
 隣に並んでいた岩永がにこっと微笑む。オレも負けじと身体中で喜び、笑った。



 心地よい疲労感とともにベッドに転がる。
 風呂上がりの湿った髪がシーツを湿らせるけど、そんなことは気にならない。
 毎日が球技大会だったら楽しいのに。
 オレは少し動くだけでぴくぴくと痙攣を起こしそうな疲労の溜まった身体を休めた。
 あの後、金髪美少女が見守る中、球技大会は進められ、バスケは優勝、しかしバレーは腕がぼろぼろになって負けてしまい、ドッヂは競ったものの流石に最後の球技大会に情熱をかけている3年生に全滅させられてしまった。
 テニス、バスケの2種目で見事に優勝を飾ったオレ達だったけど、最後のドッヂで負けたことが悔しくて、でも健闘した自分たちが嬉しくて、泣いていた。
 結局総合優勝はオレ達と争っていた3年D組に奪われてしまったけど、見学していた金髪美少女は満足したらしく、退屈だったと不満の声を上げることはなかった。
 しかし、余程矢尾を気に入ったらしく、
「Merry me!(結婚しましょ)
 と迫っていたらしい。年はオレ達より少し下ぐらいかと思ったらまだ10歳ということで、矢尾は苦笑していたっけ。
「I have a person whom I love.(俺には愛する人がいます)
 と答えていたと誰かが言ってたけど、そういえば矢尾って好きな奴いるんだよなぁと、思い出し少し寂しくなった。
 皆どんどん彼女が出来ていくんだろうなぁ。
 金髪美少女が矢尾に振られた後、彼女は和人を口説こうとし、何を言われたのか知らないけど、諦めてまた岩永に戯れついていた。
 今日する予定だった仕事は1週間後に延びたって言ってたっけ。
「元から1週間後の予定だったのにあの子が我儘言って今日に変更されたのよね。だから変更というか、元に戻っただけなんだけどね」
 岩永のマネージャーは話を丸く治めてくれた矢尾と和人にそう軽く溜息をつきながら言って、でも本当にありがとう、と付け加えた。
 その間中岩永はホテルに帰りたくないと駄々をこねる少女をあやしていたっけ。
 少女が帰った後、オレはずっと疑問に思っていた事を岩永に聞いた。
「なんでそこまで球技大会に出たがってたんだ?」
 と。
「そりゃもちろん、高校の思い出を作りたかったし、「目指せ優勝!」尚輝のその言葉、僕も一緒に実現させたかったから」
 にこっと、無邪気に微笑まれて、オレは聞かなきゃよかった、と少し後悔をした。
 けど…………。
ー 僕は君が好き ー
 ふと、頭に岩永の言葉が浮かび、オレはそんな自分自身に驚く。
 コンコンと、戸がノックされる。
「尚輝、いるか?」
「おう」
 頭に浮かんでいた考えを慌てて振り払い、オレはベッドから降りて来客者を迎えた。
「和人、どうかした?」
「いや、岩永がさ」
 さっきまで考えていた奴の名前に少し焦るが、別に和人の後ろには誰もいなかった。
「岩永が……どうかしたのか?」
「流石に今日は事務所に帰すのも可哀相だろ? あいつ、聞けばここしばらく事務所のソファに寝てるって言うじゃないか。だから俺の部屋を貸すことにしたんだけど、1人部屋だと2段ベッドの片方は布団引いてないからさ、岩永の布団が置いてあるこっちに俺がやってきたってわけ」
 自分の枕だけを手に持って、ずんずんと遠慮なしに部屋に上がる和人。
 事務所のソファって……。聞いてないぞ、そんなこと。
 あんなハードなスケジュールで、寝るのもぐっすり眠れないような状態なんて……。
 球技大会中、球技に夢中になって一生懸命努力し、勝ったり負けたり一緒にはしゃいでいるうちに、岩永が少し近く感じられた。
 責任感の強さと、自分の意志を貫こうとする姿勢、勝利したときの笑顔にドキッとしたのも、認めたくないけど事実だった。
 なんであいつはあんなに一生懸命で、格好良くて、………オレが好きなんて言うんだろう?
「お前、上だよなぁ?」
 和人がそう言いながら2段ベッドの下の段に自分の枕を置こうとしたとき、コンコンというノックの音とほぼ同時にドアが開かれ、本日2人目の来客者が現れた。
「矢尾!? どうしたんだ? そんな足で!」
 扉を支えにしている矢尾に駆け寄り、支える。
 矢尾の顔色は少し、悪かった。
「柊二、来てないか?」
 部屋をくるっと見回し、入ってすぐのところで座り込んだ矢尾の問いに、オレと和人は顔を見合わせ、首を横に振った。
「どうかしたのか?」
 オレ達の答えを聞くとほぼ同時にまた、立ち上がり、出て行こうとする矢尾を引き止めて尋ねる。
「帰ってきてないんだ、大会が終わってからずっと」
 その言葉に、オレと和人は声を失った。球技大会が終わったのは5時半。
 その後、後片付けがあり、それが終わって寮の食堂に飛び込んだのは確か6時過ぎだったと思う。30分ほどでご飯を食べ、部屋に帰って風呂に入って、今はもう7時30分過ぎだった。   
 約2時間。
 オレ達とは違い、終わってすぐ皆が片付けている間に病院に行って、レントゲンをとってきた矢尾は病院が混んでいたこともあり、ついさっき寮に帰ってきたらしい。
 そして部屋に戻ると柊二がいなかったと言う。
「俺が病院に行くと言ったら「食堂で待ってるね」と言ったんだ。てっきり先に食べたのか、風呂に入っているのかと思ったんだが……」
 部屋の風呂は使った様子がなく、当然食堂にもいなかったと言う。
 嫌な予感が過る。
「そういえば、俺が飯食ってるとき、柊二が何も食べずに座ってたっけ。聞いたら「貴志を待ってるんだけど、先にお風呂入ろうかな? もうすぐ帰ってくるかな?」って言ってたけど……」
 和人の言葉に矢尾の表情が変わる。
「それ、何時だ!?」
「えっと……、片付け終わって、岩永誘って1階の風呂入って飯食おうとした時だから、7時前かなぁ。その後……」
 続けようとして、和人は何かを思い出したように急に立ち上がった。
「そうだ、柊二の奴、あの後すぐ部屋に戻ったんだ」
 その言葉にオレも立ち上がって、同じように立とうとしている矢尾を支えた。
「足、大丈夫か?」
 オレの言葉に矢尾は当然というように、何も答えなかった。

 
 廊下を走っちゃいけない、そんな小学生でも知っていることは、オレ達には通じなかった。
 1階の食堂からA棟2階の柊二と矢尾の部屋までは長くもない廊下と階段しかない。
 車椅子用のエレベーターの中も空で、1階の大浴場にも柊二の姿はなかった。
 大浴場から出たロビーで、それぞれ寮内を探していた矢尾と和人と落ち合う。
 二人ともだまって首を横に振った。
 焦っていても何も始まらない。解っていても焦ってしまう自分を抑えられない。
「どうかしたの?」
 缶ジュースを片手に現れたのは探している人物ではなく、少しも疲労の色を見せずににっこりと微笑むアイドルだった。
「柊二が、いないんだ」
 左足を庇いながら走ったためか、肩で息をしながら矢尾が言った。
「石田くんが?」
 岩永の目が見開かれた。
「石田くんって、あの可愛い石田柊二くんだよな?」
 岩永の後ろから同じように手に清涼飲料水の缶を持った森川先輩が声を掛けた。
「先輩! 柊二を見たんですか!?」
「え、ああ」
 手に持った空き缶をぽんと、缶ゴミとかかれたゴミ箱に投げ入れる先輩。
「2年の菊池とさっき階段ですれ違ったんだけど、石田くんを抱えてたんだ」
「柊二を!?」
 矢尾が先輩に詰め寄る。
「ああ、俺が「どうしたんだ?」って聞いたら「話していて急に倒れたんで俺の部屋で休ませる」って」
「それはいつですか?」
 興奮する矢尾を宥めるように、冷静に尋ねる和人。
「俺が飯を食う前だから……30分ぐらい前かな? あ、だって、ほら、俺が飯食い始めた時、君達が食い終わる頃だったじゃないか」
 君達、と和人と岩永を交互に見る先輩。
「ありがとうございました!」
 先輩の言葉が終わるか終わらないかの辺りで、既に矢尾はエレベーターに向かっていた。
 あの足では確かに階段よりずっと早い。焦っているようで、実はまだ冷静な部分が残っているようだ。
「2年の、菊池、さんですか?」
 降りてきたエレベーターに乗り込む矢尾に、階段を駆け上がっていく和人、オレも和人の後を追おうとしたとき、岩永が先輩に問い掛けた。
 思わず足をとめて2人を見上げた。
「2年の、菊池 譲司(きくち じょうじ)。同室は古川だ。確か部屋は階段から近かったと思う」 
「ありがとうございました!」
 流石は寮長である森川先輩だ。オレは先輩に頭を下げ、階段に向かって駆け出した。
 
 


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