Doll達の独立記念日

 
 首元を駆け抜けた冷たい風に、俺は首を竦め足を速めた。
 マンションの入り口で暗証番号を押す。無機質に自動扉が開き、俺を迎える。
 暖房がついているわけではないが、風がない分、かなり暖かく感じる。
 エレベータで7階に上がり、自分の部屋にカードキーを差し込む。
 ガチャリと重い扉を開けると、中から明かりが零れる。
 違和感を感じながら中に入り、靴を脱ぐ。
「お帰り」
 目の前に現れた影に驚いて一瞬身体が凍りつく。
「桐村?」
 声を掛けられてはっとする。そうだ、こいつがいたんだった。
「雨宮か。悪い、誰かがいることに慣れてなくて」
 俺の言葉に雨宮はくすりと笑った。
「それより俺腹ペコでさー。桐村、メシー」 
 犬だったら尻尾が振られているであろう表情で俺を覗き込む。
「わかったよ。作るから、座ってろ」
 なんで俺がこいつの飯まで作ってやらなきゃならないんだ、とも思うがこいつに飯を作らせたら人間が食えないような破壊的で独創的な物体が出てくるため、台所の使用を禁止させている。
 まだ日の浅い同居人の名前は雨宮 紫苑(あまみや しおん)。俳優だと言われても納得してしまうほどの整った顔と均整のとれた身体は、高校の頃、様々な部に勧誘される要因だった。
 頭も良く、学年で10位以下に落ちたのは見たことがなかった。
 そんな雨宮と、勉強だけが取り柄で、特に格好良いわけでも運動が出来たわけでもない俺の接点があるわけもなく、高校3年の時、初めて同じクラスになったが特に仲良くなることもなかった。
 では今、何故雨宮がここにいるのかと言えば、拾ったからだとしか言えない。
「晩飯、何?」
 後ろから覗き込まれて驚く。
「エビのチリソースと中華スープと春雨サラダ」
 小さい頃から自炊してきたせいもあって料理だけは得意だった。
「すげー。俺なんか手伝うことある?」
 余程腹が減っているのだろうか、目がキラキラと輝いて見える。
「テレビでも見て座っておいてくれ」
 俺の言葉にしゅんとうな垂れる。
 俳優ばりに整った顔に少し長めの金色の髪、181センチの大きな体を抱えて中々、味のある性格をしているんだから、高校時代、女にもてていたのも納得できる。
 毎日のように下駄箱にラブレターが入り、正門での他校の女の子の待ち伏せなんて当たり前の雨宮と、今と変わらず暗くて冴えなかった当時の俺は、貼りだされた成績順位で名を並べるだけの知り合いだった。
「出来たぞ」
 料理を皿に盛り、テーブルに並べる。俺の言葉に雨宮が腹を減らした大型犬のように飛んでくる。そうだ、ゴールデンレトリバーに似てるんだ。
 歓喜の声を上げながら俺の向かいの席につく雨宮。
 あの頃は、まさかあの雨宮とこうして一緒に暮らすなんて考えもつかないことだった。
 いや、雨宮を拾って3日経った今でもまだ、どこか信じていない気がする。
 
 
 
「すっげー、咲良(さくら)また1位じゃん!」
 幼なじみの日比野 司(ひびの つかさ)が掲示板に貼りだされている俺の名前を見て背中を叩く。
「司も順位上がったな。おめでとう、50番以内に入れたじゃないか」
「教え方の良い学年トップの先生のおかげだよ〜。咲良ぁ、ほんっと恩に着るよ」 
 高2の春からバスケ部のキャプテンなんかをしていた司は勉強が苦手だった。
 浅黒い肌に無駄なく付いた靱な筋肉。2メートル近い司の近くにいると170センチぎりぎりで成長が止まってしまった俺が子供に見える。
「お前が桐村 咲良?」
 掛けられた声に振り返ると彫刻のように綺麗な顔の男が立っていた。有名女優の神野 麗(じんの れい)と映画監督の雨宮 涼平(あまみや りょうへい)の息子だという噂で、いくつもの芸能プロダクションにスカウトされているとかいないとか。女遊びが派手だとか、ブランドしか身に付けていないとか、間違いなく、この学校で一番噂の多い男だった。
「ああ。俺が桐村だ。雨宮……だったか?」
「学年トップの桐村に名前を覚えて貰えるなんて光栄だなぁ。いつも一番上に名前がある桐村と一度話をしてみたかったんだ」
 爽やかに微笑まれる。自分の方が有名人だろうが、と心で思うが顔には出さない。
「咲良、行こうぜ」
 司に腕を引っ張られ、俺はその場を離れた。
「来年は、同じクラスになれるといいな」
 雨宮がそう言った気がするが、気のせいだったような気もする。
 その後、何故か司が不機嫌な顔をしていて「雨宮には近づくな」とか「あいつは男でも女でも片っ端から手を出している」とか、色々言われた。
 俺はといえば、それを笑って軽く受け流していた。だって、男に手を出していると言っても俺みたいにぱっとしない奴を相手にするわけがない。
 初めて話した雨宮は噂ほど酷いやつにも思えず、この学年末試験のすぐ後のクラス替えで、俺達は同じクラスになった。 
 何かと雨宮を敵視する司と一緒にいたためか俺と奴が仲良くなることはなく、卒業の日を迎えた。俺は地元の国立大学に進学し、雨宮はアメリカの大学に留学したとか、何処かの医学部に行ったとか様々な噂が流れていたが真相は知らない。とりあえず、俺には1年間クラスメートだったという以外、何の関わりもなかった。
 そして数年の月日が流れ俺は25歳になっていた。
 
 それはこの地方で珍しく降った雪が、地面を白く染め上げている日だった。
 会社の帰り道、いつもは車で通勤している俺は雪道の運転がしたくなくて電車で行った帰りのことだった。
 ゴミが落ちているのだと思った。
 半分雪がつもった黒い物体は、近づいてみてようやく人間だとわかった。
 雪で隠れているものの浮浪者には見えない高そうなコート。
 行き倒れか?
 出来ればそんな厄介なものに関わらずにさっさと家に帰って風呂に入りたいのだが、そうも行かないだろう。
「おい、大丈夫か?」
 近づいて、頭にかかっている雪を払って初めて、そいつが黒い鞄を大事そうに抱えているのが解った。会社帰りにでも行き倒れたのだろうか?
「……きり、むら?」
 顔を上げた行き倒れは人形のように整った顔をしていて、呼び掛けられたのが俺の名前だったなんてしばらく気が付かなかった。
「やっぱり桐村だ……」
 行き倒れはそう言うとずずずっと寄り掛かっていた壁から横に倒れた。
 これが雨宮との再会だった。  
 
 
 救急車を呼ぼうと携帯を握りしめたところ、崩れ落ちたはずの男に「病院は嫌い」などと言われ、肩を貸してどうにか俺の部屋まで連れていった。
 風呂に入れて飯を食わせれば、ぴんぴんと元気になり「しばらくここに置いてくれ」なんて言い出す始末だ。
 それでも、全く見知らぬ奴って訳でもなかったし、何か事情があるようなので承諾したところ、何故あそこに倒れていたのかなど、理由も何も話されないまま現在に至るという訳だ。
「雨宮」
 夕食を食べ終わり、後片付けを手伝ってくれている雨宮に声を掛ける。
「何?」
 鼻歌交じりに俺の洗った食器を拭いて棚に戻して居た雨宮が顔に疑問符を飛ばして振り返った。
 全く、くるくると表情が変わる男だ。
「明日、俺の弟が来るから」
 明日は土曜日。週休二日である俺の会社は当然休みだった。
 そして、今年で15歳になる俺の弟の通う中学も休みだった。
 俺が5つの時に父が他界し、9つの時に母が再婚した。そして生まれたのが昴(すばる)だった。
 再婚して、昴が生まれてからも仕事をやめようとしない母の代わりに家事全般をこなしていたのは俺で、昴にとって俺は兄というよりは母親に近いのかもしれない。
 俺が自宅から遠い大手のゲーム会社、氷上コーポレーションに就職して一人暮らしを始めてからは、月に1度、必ずこの家に来るようになっていた。
「じゃあ俺、出掛けておいたほうがいい?」
「いや、同居人が出来たと言ったら「見てみたい」と言われた。出来れば居てくれるとありがたい」
 週に1度は必ず電話しないと不機嫌になる弟に同居人のことを話したのは昨日だった。
 初めは俺に彼女が出来たと誤解されたのだが、男だというと何故か急に怒りだし、見てみたいと言い出したのだ。
「悪いな、勝手に住み着いて」
 少し暗い表情の雨宮に少し驚く。行き倒れているのを拾って以来、明るく笑っている顔しか見たことがなかったのだ。
「事情は、そのうち話すから……、もうしばらくここにいさせて欲しい」
 真っ直ぐに俺を見つめて話す真剣な雨宮に、俺は解ったと答えた。
 窓の外を見ると、雨宮を拾った時に降っていた雪がここしばらくの冷え込みで、まだ少し、溶けきれずに残っていた。
 
 
「霧雨 紫(きりう ゆかり)……!?」
 約束通り俺の家にやって来た昴が、雨宮を見てそう呟いた。
「昴? 電話でも言った通りこいつは雨宮 紫苑といって俺の高校の時の同級生で、同居人だ」
 俺の言葉なんてまるで耳に入っていないように雨宮を見つめる。
 昴に見つめられている雨宮は、一瞬顔色を変えたが、すぐにまたいつもの何を考えているのか解らないひょうひょうとした表情に戻った。
「小説家の霧雨 紫だろ? 俺の友達にあんたのファンがいるんだ」
 昂の言葉に雨宮は口元を少し歪め笑った。
「それが、何か?」
 否定しない。ということは雨宮は小説家だったのか。
 自分のことは何も話さない雨宮の職業がようやく解った。
「小説家だろうと何だろうと、なんで咲良の部屋にいるんだよ! 自分の家があるだろ! 立派な家が!」
 火花が飛びそうなほど険悪な表情で雨宮を睨む昴。何故昴はこんなに敵意を剥き出しにしているのだろう?
「諸事情で家に帰れないんでね。高校時代のクラスメートの桐村の家に居候させてもらっているんだ。何か問題でもあるのかい?」
 穏やかな口調の雨宮だが、昴との間にある空気は恐ろしいほど冷たかった。
 初対面らしいのに何故こんなに憎み合うことがあるのか。
「まあ、座って茶でも飲もう」
 リビングに入ったすぐのところで立ち尽くしている昴に声を掛け、俺はキッチンに向かった。
「確か霧雨 紫って言えば映画監督の雨宮 涼平と女優の神野 麗の息子だったな。大方、神野 麗の浮気騒動が息子まで飛び火して報道陣にでも囲まれたんだろ」
 紅茶を入れて戻ってきてみればソファに向かい合って座り、さっきよりも数段険悪な雰囲気になっている2人がいた。
 雨宮の両親が、映画監督と女優だという噂は本当だったのか。
 1週間足らずとはいえ、同居している男の素性を、今さっき会ったばかりの自分の弟に教えられるなんて奇妙なものだ。
「あんな奴等、親でも何でもない。それはそうと兄貴が同居するのがそんなに嫌か? ブラコンくん」
 ばちばちと電流でも流れていそうな二人の間に紅茶を置く。
「喧嘩するなよ、2人とも」
 俺の声なんてまるで聞こえていないようにお互いに睨み合う。親の仇か何かのような形相だ。
「ブラコンで悪いかっ!? 咲良は俺のもんだ! ずっと俺だけの兄貴だ! 高校の同級生か何か知らないけど、ぱっと現れた小説家なんかに奪われてたまるか!!」
 昴が立ち上がり、俺を抱き締めた。中学に入って雨後タケノコのようにぐんぐんと身長が伸びた昴はもう173センチ。俺より3センチも高くなっていた。
「す、昴?」
 昴の急な行動に何も出来ずにぽかんとしてしまう。
 母親が母親なだけに俺が面倒を見てきたせいか、相当なお兄ちゃんっ子に育ってしまったらしい。
 そう、俺が17で昴がまだ7つだった頃、大学を何処にするか迷っていた俺は「遠くに行っちゃ嫌」という昴の言葉で、自宅から通える国立に決めたりもした。
 甘やかしたつもりはないのだが、寂しい思いはさせるまいと構いすぎたのかもしれない。
「お前にとって兄ちゃんだろうが何だろうが、桐村は1人の人間なんだよ。お前の所有物じゃない」
 後ろからぐいっと引っ張られ、昴から離された。
 勢いでとん、と頭が雨宮の肩に当たる。
「うるさい! お前に何がわかる!」
「昴!」
 捨て台詞のようにそう言い放ち、くるりと踵を返して飛び出していった。
 追いかけようとしたところを後ろから肩を掴まれる。
「雨宮!?」
「一生、あいつの思い通りに動く人形でいるつもりか?」
 怖いほど真剣な目に、すこし背筋が寒くなった。
「話すよ、俺がここに来た理由を」
 さっきまで昴が座っていたソファに座らされ、雨宮も向かいに座った。
 3つ並べた紅茶のカップは、褐色の液体を湛え湯気を上げていた。
 
 
 妙に静まり返った部屋で、雨宮と2人で向かい合って座っていた。
 一緒に暮らしているんだから2人きりなんて当たり前のことだけど、さっきまで昴がいたせいか、妙に静かで、気恥ずかしくさえ感じられる。
「大体は、あの坊やに言われてしまったけどな」
 そう言って紅茶に口をつける。長く少し骨張った指がカップの把手に絡みつく。
 芸能に疎い俺はよく知らないのだが、神野 麗といえばトップ女優で日本の芸能界の一時代を築いた女優とも言われているらしい。
 その母親に似たのだろうか美しい顔が俺の目の前に合った。
「『終焉』という小説を知っているか?」
 何処かで聞いたことのある題名に首を縦に振る。
「一昨年ドラマ化されて岩永マコトとかいうアイドルが主演やってた話だ」
 芸能に疎くてドラマなんて見ない俺だけど、会社で女子社員達がそのアイドルが演じているという結城 芳之(ゆうき よしゆき)が格好良いとか騒いでいたので知っている。
「あれは、俺が書いた話だ」
 雨宮の言葉に俺は紅茶を口に付けた形でしばし停止した。俺でも聞いたことのあるドラマの原作が目の前の男だったなんて、聞いて驚かないほうがおかしい。
「俺があの話で小説家としてデビューしたのは21の時だった。親父やお袋が派手な商売やってるからかなり脚光浴びてさ。出たくもないテレビに引っ張り出されたり、酷いときは親父やお袋と対談しろなんてやつもあった」
 手にしていたカップをことりとソーサーの上に置く。
「俺は小さい頃から両親の我儘に振り回されてきた」
 雨宮の言葉に、胸が少し痛む。
「小さい頃は母親の趣味で女装させられたり、髪を染められたり、ピアスの穴をあけられたり。親父の気まぐれで親父の作ってる映画の子役として出させられたり。子役って言っても立派な役者だ。元々出るはずだった奴とか、その母親とかに嫌み言われたりな。いい迷惑だったぜ」
 俺の親は、と考えてしまって慌てて考えを振り払った。
「中学2、3年の頃、親の操り人形でいることから逃げ出したんだ。今考えれば反抗期ってやつだったんだろうな」
 俺に反抗期は、あっただろうか?
「自分達の思うように動かなくなったら親父達はあっさり俺を放り出して自分の仕事に熱中しだした。だから俺は高校の頃から一人暮らししていたし、派手に遊んでいたりもした。親への反発からだろうな」
 母親の代わりに家事や育児をしていた俺は、反抗などしただろうか?
 いや。
 美しい義父、母、そして両親に似た弟の中で、俺だけが実父に似ていて情けない、頼りない顔をしていたことに引け目を感じて、義父にとっては血の繋がりのない息子だから生活させてもらっているのに気が引けて……。
 大学だって、本当は地元から離れて遠いところに行きたかったんだ。でも、一人暮らしするにはお金がかかるし、昴の面倒を見なきゃいけないから諦めたんだ。
「桐村?」
 下を向いて黙りこくってしまった俺を気遣ってか、雨宮が名前を呼んだ。
「あぁ。悪い、続けてくれ」
 雨宮は少し眉を顰めたが、口を開いて言葉を紡いだ。
「高校の時、桐村 咲良って奴を知った。いつも順位表の一番上にいるのに、クラス委員長なんて面倒なものを押し付けられていたり、貴重な休み時間や放課後を削って友達に勉強を教えたりしている奴だった」
 急に自分の名前を出され、俺は驚いて雨宮を見つめた。
 雨宮の目は当時を思い出すかのように閉じられていて、長い睫毛がヒーターの風で少し揺れていた。
「こいつも人形か、って思った」
 雨宮の声が耳に痛い。
「誰かに怯えて、自分の意志を隠して、周りの期待に沿うように、人形のように、生きてるやつだと思った。昔の、俺みたいに」
 胸に突き刺さる言葉たち。違うと言えない俺がいる。
「でも、違った」
 俺は顔を上げた。
 雨宮の瞳が、ゆっくりと開かれた。
「人形だったころの俺は、自由に笑えなかった。でも桐村は、桐村の笑顔は人形じゃなくて、自由な人間の表情だったんだ」
 雨宮の目がまっすぐに俺を見ていて、俺は思わず目を逸らしたい衝動に駆られた。
 自由に、笑っていた? 俺が?
「笑いたいときに笑う、怒りたいときに怒る、嫌なら嫌という。他ではどうか知らないけど、学校で日比野達と話している時の桐村は、実に表情豊かな人間だった」
 幼なじみである司は、俺の唯一の理解者だった。家事と育児に追われる俺を心配し、励ましてくれていた。
 だから司といるときは少しばかり肩の荷が下りて、自由を得られていた気もする。
「悔しかったなぁ。俺と同じように人形かと思ったやつがちゃんと人間だったんだから」
 雨宮は口元を少し上げ、くすりと笑った。
「それから桐村に興味を持って、話し掛けようとしたんだけど、日比野に嫌われていたらしくて、結局仲良くなれないまま卒業してしまった。それから7年の間に大人になって、小説家という職業を持って。でも、ずっと桐村と話せなかったことは心残りだった。だから一度、桐村の通う大学にも行ったことがあるし、母親の騒動で家に帰れなくなって、一番に浮かんだのは桐村のことだった」
 そこまで一気に話して、雨宮は再び紅茶に口をつけた。
「押し掛けるつもりはなかった。顔を見て、一言二言、話がしたかったんだ。住所は『同窓会をしたい』とか言っていた中村に聞いたらすぐに教えてくれた」
 謎に思っていたことが、絡まった糸がほどけるようにするすると解かれていく。
 後、解らないことと言えば、俺が雨宮にそんなに興味をもたれるような人物なのかどうかというぐらいだ。
「俺の話はこれだけ。母親の騒動も収まりそうにないし、何よりももっと桐村のことが知りたい。もうしばらくここに居ていいかな?」
 額に手をあて考える仕草をした俺に、家賃は半分払うと慌てて付け足す雨宮に俺は顔を上げてにっこりと笑った。
 カップの中の紅茶はもう空になっていて、窓の外ではまた、雪が降り出していた。
 
 
 
 立春も聖バレンタインデーも過ぎ、マンションの前にある公園の梅の蕾が開きかけている。
 もっともこんなに遅い時間では咲いていようがいまいが、暗くてよく解らないのだが……。
 俺はマンションの入り口で暗証番号を押した。すーっと音を立てて自動扉が開く。
 エレベータで7階に上がり、自分の部屋にカードキーを差し込む。
 ガチャリと重い扉を開けると、中から明かりが零れる。
「お帰り」
「ああ、ただいま」
 雨宮と同居を始めて一ヶ月が過ぎた。
 昴以外にお帰りと迎えられたことのない俺は、なんだか少し気恥ずかしく感じてしまう。
「桐村ぁ、メシぃー」
「遅くなるからファミレスか出前でも取って先に食べていろと言っただろ?」
 時計を見るともう10時を回っている。
「もう少しで書き上がると思ったら集中しちゃってさ。それに外食よりも桐村の飯の方が美味い」
 会社勤めをしている俺と違い、家で執筆活動をしている雨宮。
 場所を選ばず仕事ができるのが羨ましいが締め切りという恐怖があるらしい。
「もう少しで書き上がる、ということはもう書き上がったのか?」
「そう、だから今日は桐村の美味い飯が食いたい訳。なぁ、桐村ぁ、めしぃ〜」
 相変わらず、大きな耳をパタつかせ尻尾を振っている大型犬のように見える同居人に戯れつかれ、俺はわかったわかったとネクタイを外した。
「こら、そんなにくっつくと動きにくいだろ」
 キッチンに立って野菜を切ろうとしている俺の背後にゴールデンレトリバーが懐く。
 一人っ子で両親が華やかな世界で忙しく働いていた雨宮は小さい頃に甘えることが出来なかった分、今、スキンシップが好きだと言う。
 大型犬どころか犬さえ飼ったことのない俺は懐かれても少し戸惑ってしまう。
「完成祝いにワイン買っちゃったから今日は洋食がいいな」
 離れたと思ったらワインの瓶をくわえて……もとい、抱えて飛んでくる同居人に、俺はくすりと笑った。
 その日の夕食が豪華な洋食になったのは、言うまでもない話だった。

 

END            


あとがきという名の言い訳

いやぁ、健全ですねぇ。もうちょっとラブラブに
なってくれるかと思ったのですが。
自分でもこんな話になるなんて想像もしてませんでした。
はてさて、
題名でピンと来た貴方。相当マニアックです。
そう、このタイトル俺が考えたわけじゃないんです。
本家本元は「Dollたちの独立記念日」という
あるアーティストの曲だったりします。
前々からこのタイトルが好きで、何となく文のイメージは
あったのですが……。もっと暗い救いのない話が。
今回この話をだらだら書いていて、
ふと思いだして付けてみました。
ということで曲とは全く関係ありません。
三重野瞳さん、ごめんなさい。m(_ _)m
 この話の続きは…………書いたほうが良いですか?(汗)

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