― ずずっずーっ。ごくごく −
 その後、オレらは理科研究会の部室に拉致されて、何故かほのぼのと茶をすすっとった。
「私は崇峻 大和(すしゅん やまと)だ。君は? 1年生だな? クラスは何組? 趣味は?」
 部長やとゆーその人はなんでか知らんけどオレのすぐ隣におってオレに質問をしまくってきはる。
「なあ、なんか、ナンパみたいやで? 崇峻さん?」
 オレのむかいにいる弥生(オレが引っ張ってきた)の言葉にオレは飲んでいた茶を派手に吹き出してしもた。
 あーあ、弥生にもろにかかってしもた。
「ナンパ……? まあ似たようなものかもしれないな。私は君が欲しいのだしな」
 オレは再び口を付けた茶を吹き出した。
 弥生の制服びしょびしょやがな。ってオレのせいか?
「気色悪いこと言わんといてや」
 そう言うてからオレは辺りを見まわした。
 なんやら怪しげな薬品がところ狭しと並んでおったり、わけのわからんガラクタのようにしか見えへん機械があったり、めっちゃぎょうさんの鉢植えや生き物が入った水槽があったり……。
 オレは、無言で茶、……らしきモノを机の上に置いた。
 ほんまにお茶やったんやろうな……?
「で、どんなことやってはるんすか? このクラブ?」
 弥生はハンカチで顔にかかった茶を拭きながら、オレもかなり気になっていたことを聞いた。
「ほう、相模 帝くんというのか。是非、この部に入ってくれたまえ」
「お〜い」
「で、どこに住んでいるのだ?」
「お〜い、崇峻さーん」
「ああ、すぐ近所です。それより、あの〜。弥生の質問……」
「帝君は化学は好きかい?」
「おい、こら兄ちゃんっ!」
 ことごとく弥生を無視したはる、この人。
 なんか、無視していると言うよりか、オレしか目に入ってへんというか……って怖いやん! オレ、実は貞操の危機!?とか心配してみたり。
「あの〜。弥生の質問…」
 おずおずとそう言うと、崇峻さんは今気付いたように弥生の方を向いた。
「何かね?」
「……。このクラブはどんなことをやってはるんですか?」
「自由だ。で、帝くん、……」
 一言だけ言い放ち、再びオレのほうに向き直った。
 なんやねん? この人!?
「なんでオレなんですか? オレなんて理科の成績そんなによぉないし……。弥生なんて中学ん時、理科は学年で一位やったんですよ?」
 崇峻さんの質問がとぎれた時、オレは聞いてみた。
「言って欲しいのかい? 帝くん」
 崇峻さんはそう言うて眼鏡を外しはった。
 眼鏡かけてても整ったかなり男前な顔やと思たけど、外してもめっちゃ綺麗な顔を近づけて熱く真っ直ぐな眼差しでオレを見つめはった。
「っっ!?」
 なんでか知らんけどオレは、めちゃめちゃドキドキした。
 だって、綺麗な人に見つめられたらそうなるやん!?
 ほら、めっちゃ可愛い幼稚園児とかが、にこぉって笑いかけてくれたら別にロリコンちゃうくても、きゅーんってなるやん!? あれあれ! 別にオレはホモちゃう!
「私が君をこのクラブに入れたいと思う理由はただ一つ! それは……」
「それは?」
 目の前で芸能人ばりに整った二重の目が閉じられた。ごくっと息を呑むオレ。
「白衣が似合うからだ!!!」
「…………はあぁぁ〜〜!!??」
 オレと弥生はタイミングぴったりに絶叫した。
「君のこの細く長い指、がっしりしている訳でもない肩、程よく細く引き締まった腰、芸術作品のような美しい鎖骨、そしてこの全体の骨格、極め付けに男らしすぎず女っぽくもない気弱そうな顔! ああ、素晴しいっ! まさに白衣を着るために生まれてきたようだ!」
 明後日の方向を見て声を震わせてはるんを見て、オレらはツッコミを入れるのも忘れて眺めとった。
 大阪人にツッコミを忘れさせるとは中々やるわ。
 にしても「気弱そうな顔」ってなんやねん。失礼やなぁ。
「帝くん!! 是非、理科研究会に入り白衣を着てくれ!」
「崇峻…さ…ん…!?」
「大和と呼んでくれ。帝くん!」
「はひぃ!?」
 崇峻さんの迫力に後ずさりしていたオレは、いつのまにか部室の角に追い詰められとった。
 ー だんっっ!! ー
壁に左手をつき、オレが逃げられないようにしはる崇峻さん。
 弥生はのんきに茶をすすっとる。
 何かわからんけど、オレやばいんちゃう!?と思った時、後ろから活発そうな女の人の明るい声がした。
「やーまーとっ! 何、その子? 新入部員?」
 部室の入口にはかなり美人のねーちゃんがおった。崇峻さんの彼女か?
助かった、と思ってんけど……。
「ああああぁぁぁぁぁーーー!!!! この子っっ!!」
 いきなり叫び出し、つかつかとオレの傍まで来はり、
 ー だんっっ!! ー
 と崇峻さんと同じように右手を壁につきはった。な、なんか嫌な予感。
「すっごく白衣似合いそう〜」
 オレの顔や身体をぺたぺとと触り、うっとりと呟く。
 あかん、この人も崇峻さんと一緒や……。ああーなんか気ぃ遠ーくなってきた。頭ガンガンゆうし…。
 なんやねん、このクラブの人らは…。
 絶対こんなクラブ、入ら、へん……わ……………。

 う〜ん。ここはどこや? オレは何を……。
 せや! 理科研究会の部室で気分が悪なって、んで……。
 オレは目を開けた。目の前には崇峻さんの顔がってこの体勢は!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」 
 オレは慌てて飛び起きた。
 そこは理科研究会にあるベッドの上やった。なんでこんなもんが置いてあんねん。
「あっ。気ぃついたんか?」
 のん気な弥生の声が聞こえる。それより、
「崇峻さん、あんた、今、オレに何しよーとしとってん!?」
 オレは叫ぶ。だって、今のん、なんか、めっちゃ……。
「残念だったわね、ミカちゃん。しようとしたのではなく、した後よ。」
 倒れる前に現れたねーちゃんが言う。
 ミカちゃんゆーのはオレのことかい……。やなくて、した後て…、ちょぉ待ってや!
「今、なんて……言うた?」
「私が眠れる姫に口付けをしたということだ。」
「オレは姫かい。そーゆーあんたは王子様ゆーわけか!?」
「私では不満か。やはり弥生くんとやらの方が良かったか」
「そーやなくてっ!! なんでオレが姫やねん! オレは男や!!!」
 ー むににゃっ ー
「!?」
 バンっと自分の胸を叩いたつもりが…? 今の感触は……。
 オレはボタンを外すのももどかしく服の前を開けた。
「あ、あ、ああ、ああぁぁぁぁぁー!!」
 そこには白く、大きくふくらんだ、どう見ても女の胸があった。
「!!!!???!?……?」
 オレはベッドの上に立ってベルトを外し、制服のズボンを下ろした。そして、トランクスの中を……。
 ってなんか確認するんは怖いで、これ。
「おい! 帝! おまえ女やったんか?」
「あほなこと言うな! 水泳の授業の時も修学旅行の時もちゃんと男やったやろ!?」
 きっぱりとそう言いながらオレは……なんや、その……。なかなか調べることは出来へんかった。
 オレは確かに、15年間れっきとした男やった。自信を持って言えるわ。
 せやけど、この胸見たらなんや、不安になってきたんや。
 ばっっ。オレは意を決して、見た。
「……」
「おい、帝!」
「帝くん!」
「ミカちゃん!」
「どうしたんや! 帝!」
「ミカちゃん、……もしかして本当に女の子…」
「オレ……」
 目の前が、ぼやけとる。なんや、水の膜が張っとるみたいや。
 オレって……オレの15年間って……。
「はぁぁぁ。大和! あんた、また何かやったんでしょ」
 ねーちゃんの言葉も耳に入って………来たで、なんや“また”って。
「またあやしげな薬品でも飲ませたんでしょう? やめなさいよー」
 薬品。飲む。液体。茶。
 あ、あの茶…。
 オレの目の前が鮮やかになった。
「す、崇峻さん」
「大和と呼んでくれたまえ」
「話をそらさんといて下さい。あの茶の中に何か入れはったんですか!?」
「いや、別に女になる薬など入れてないのだが……」
「じゃあ、何を入れてん」
「理科研究会に入りたくなる薬だ!」
 ちょっと待て、ちょぉ待ってや。
「なんで、それで女になんねん! どうやったら元に戻んねん!」
 どんな顔して家に帰れっちゅうねん。
 大事な、かどうかわからんけど末息子がこんな格好になってしもて。
 あ、ちなみにオレの家は3姉弟な。一番上が姉ちゃんで次が兄ちゃん、んでオレやねん。
 2人とも大学のため1人暮らしとか、高校の寮に入ってたりすんねんけど。
「……さあ、解らないな」
「ずっとこのままやったらどうしてくれんねん!?」
「……わかった。責任をとって君をこの部に入れよう」
「だあぁぁぁぁぁぁ!!! なんで、そうなんねん」
 オレは崇峻さんに詰め寄った。
「帝くん、一つ言わせてもらっていいか?」
 崇峻さんは眉ひとつ動かさないで言うた。
「ええけど。何です?」
「いや、ただ健全な高校生男子の前でそのような格好でいると危険かも知れない、と」
 そのような格好。脱ぎ捨てられたブレザーとズボン。カッターの前はすべて開き、シャツは着ていないため大きな白い胸が露になっている。
そして、トランクスからのびる脚線美。
 これがオレ……。
 信じられへん。
「それにしては顔色一つ変わらへんな。自分でゆうのも何やけど、こんなん目の前におったら……」
「興奮しているのが1人いるようだが?」
 言われて目をやると弥生が真っ赤になって前屈みになっていた。
「帝……、服着とき…」
 それだけ言うとがっくりと崩れ落ちた。
「きちんと服をきておかないと、」
「キャァァァァァァァァァァァァ!!!!」
 オレの口から凄まじい声が出た。
「何すんねん! 変態!!」
 胸、揉まれた。何やねんこの人!
「触ってくれと言わんばかりに私の目の前にあったからだ」
「大和! ミカちゃんがお嫁に行けなくなったらどうするつもりよ」
 おい、ねーちゃん。ちょっとそれはちゃうで…。
「まあ、冗談は置いておいて」
 冗談で人の胸揉むな!! ゆーふーに言ったろかと思ってんけど…。
 ぱさっとオレの肩に白衣がかけられ、文句を言ってやろうと開き掛けた口が開いたままで固まった。
「風邪をひくぞ」
「なんや、ええとこあるやん。白衣ゆーのがなんやけど」
 いつのまにか復活している弥生の言葉が言い終わるか終わらへんかのとき、オレの身体に異変が起こった。
「…………………………………くぅっっ」
 何とも表現しにくい、強いて例えるなら注射の前の緊張と終わった後の解放感が混ざったようなそんな感じや。
「あっっミカちゃん。身体が!」
「えっ」
 オレが下を向くとそこには長年見慣れた、決してがっしりしているとは言い難いけど、ちゃんとした男の固い胸があった。
「オレもしかして、元に……」
 オレはそっと、下を見た。
「男やぁー!!」
 思わず叫んでしもた。
 なんや、めっちゃ嬉しかってん。
「良かったなぁってゆーんか、惜しいことしたなぁってゆーんか」
「けどなぜ、元に戻ったの?」
 ねーちゃんの言葉に同意して崇峻さんを探してんけど、
「なにしとんねん!!」
 オレは弥生から受け取ったハリセンで崇峻さんの頭を思いっきりしばいた。
 何やっとったと思う!? 信じられへんでこの人!
「さっきの胸とどう違うか、調べているだけだ」
「オレに触んな!!」
 たくっ。何考えてはんねん。
「あっ。もう7時やん。帰らんとあかんわ。帝、はよ服着ぃ。崇峻さん、明日までにすべて解明しといてや」
 弥生がそう言うて、いまだべたべたと身体を触り続ける崇峻さんを引き離した。
 頼りになる親友や。オレはほんまにええ友達を持った。
 オレは溢れる涙を、人の白衣で拭った。感激屋やねん、悪いかっ?

 
 薄暗い帰り道、オレはふと不安になんて、弥生に言うてみた。
「なあ、オレ、もう女にならへんやんな?」
「さあ、わからんで」
「そんなん、オレ風呂入られへんやんか」
「なんで?」 
「だって、湯につかったら女になるやろ」
「逆や、あほ」
 ハリセンで軽くどつかれる。
 意味がわからへん、そこの君。あの名作、ら◯ま1/2を読んでへんな!?
「しかも、別に水かぶったから女になったわけやないやろ? 大丈夫やって安心し」
 ぽんぽんと優しく頭を叩かれる。ええ奴やなぁ。
「そうやな、ありがとお」
「じゃあ、また明日」
 同じマンションでオレは3階、弥生は7階に住んでいるためエレベーターで別れる。
「あー、しんどかった」
 晩飯も食って、無事に風呂も入れたオレは布団に入り、まだ10時やというのに寝ようとしとった。だって、めっちゃ疲れとってんもん。
 女になるなんて、わけわからんことあるし、変な先輩にキスされるし……。
 あ〜、意識なくなってきた……。

 朝、まだ6時ごろやのにオレは息苦しくなって目が覚めた。胸の上がなんや重い。
……………………!???
「だぁぁぁぁぁー!! 胸が、ある」
 一気に意識がはっきりした。
 また、女になっとる……。
 オレは、慌てて制服を着て、鞄をつかんで、家を飛び出した。
 いつもやったら弥生が降りてくるん待って、言うか弥生の方が先に入り口で待っててくれるんやけどそんなん待ってられへんぐらい焦ってたんや!
 


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