君を愛していいですか?


 入学式の前日。
 俺は入寮をするために学校に向かっていた。
 早く行って片付けをしたかったから昼飯を食ったらすぐに家を出た。
 俺の家から学校まで電車で3時間。何度か乗り換えをして、やっと学校の最寄り駅に停車する線に乗ったときは2時半を回っていた。
 こんな時間に乗っている客も少なく、始発駅から乗っている俺はドアの直ぐ横の席に座っていた。
 手には通学用鞄と旅行用バック。
 着替えと本が少しだからそんなに量はなかったけど、ちょうどいい鞄がなかったんだ。
 流れて行く風景をゆっくり眺めていられたのは乗り換えて3つ目の駅までだった。
 その駅までは座席は殆ど埋まっていて、立っている人がまばらにいる、ぐらいの乗車率だったのが、
「お前らー、他のお客さんに迷惑掛けるんじゃないぞー」
 低い男の人の声とともに何事かと思ってしまう量の人間が雪崩れ込んできた。
 よく見るとそれは修学旅行生らしく、全員真っ黒の学ランに身を包んでいる。
ー 女子校だったらよかったのに ー
 ついそう思ってしまう俺は別に悪くないと思う。
 あっという間にラッシュ時と同じぐらいになり、旅行で興奮している学生達の騒めきが車内に満ちた。
ー どうせ次で降りるし、それまでの辛抱か ー
 小さく溜息をついて顔を伏せる。
 急行に乗っているため次の駅まで20分ほどかかる。
 昨日の夜は少し興奮してしまってあまり眠れなかったんだ。
 クラスの皆が同じ公立の中学に上がって行く中で、俺と何人かは受験という道を選んだ。
 いつでもクラスでトップの成績を取っていた俺は余裕で受かることが出来たけど、俺の親友は随分苦労してたっけ。
 入試科目6教科のうち、体育と音楽で合格したようなもんだって笑っていやがった。
 それでも中学でもあいつと一緒にバカやれるのかと思うと、受かってよかったな、としか思えない。
 親には内緒だけど、あいつが受からなかったら一緒に公立へ行こうかとまで考えてたんだ。
 背が低くて生意気で運動神経抜群で、勉強があんまり得意でない幼なじみは今、俺の隣でぐっすりと寝こけていやがる。
「?」
 ふと何かに気がついて顔を上げる。
 ドアの横、つまり俺の頭の斜め上ぐらいに金属の手摺りのような掴まる部分があるんだけど、何かを耐えるように力を込めてそれを握っている子供がいた。
 子供って言っても俺と同じぐらいだろうと思うから小6か中1ぐらいだと思うけど、一瞬見とれてしまうほど整った顔をした少年が少し頬を赤く染めて手摺りを握りしめていた。
 注意してよく見てみると少年の腰の辺りを後ろのサラリーマンの手が不自然な動きで触っている。
ー 痴漢かよ…… ー
 確かに俺の目から見てもすっげぇ美人だと思うけど、男だぜ? 信じられねぇや。
「タカシ、席変わってやるよ」
 出てきたのはそんな言葉。
 少年はびっくりしたように顔を上げて俺を見た。
 形のよい二重の瞳が涙で潤んでいる。
 頬は羞恥のためか少し赤く染まっていて、素直に「可愛い」と思った。
「遠慮すんなよ」
 俺は席を立って少年の腕をつかみ、無理やり今まで俺が座っていた席に座らせた。
 隆史ってのは引っ越していった友達の名前。
 俺と隆史と尚輝の3人はかなり仲が良かったんだけど、5年生の時に親の都合で引っ越して行ったんだ。
 何となく浮かんで呼んでみただけだけど、こいつの名前もタカシだったら面白いな。ま、んな訳ねぇけど。
 タカシ(仮名)を俺の席に座らせて、交代するようにタカシの立っていた場所に立つ。
 自慢じゃないけど、俺も結構格好良いほうに入るんだ。
 「美人」系ではなく「格好良い」感じらしく、「絶対お前、将来女たらしになってる」っと何度言われたことか。
 そんな俺だから痴漢の心配はない。
 もしされても警察に突き出してやるぐらいの体力はあるんだ。
 ふと足元に目を落とすと、タカシの荷物らしい鞄が二つ置いてあった。
 俺が持っているのと同じぐらいのスポーツバックに…………皐月凉学園の制鞄だ!
 タカシは俺達と同じ新入生でこれから同じ中学に向かうんだ。
 そう考えて、何だか“ワクワク”が大きくなった気がする。
『羽勢、羽勢でございます。お忘れ物のないようにお降り下さい』
 タカシが立ち上がり、俯いたまま扉が開くと同時に俺の足元に合った2つの荷物をもって飛び出していった。
「ありがとう」
 ただ一言、ぶっきらぼうに俺に伝えて。
「おい、尚輝。ついたぜ」
 俺はタカシが座っていた席にある荷物……つまり俺の荷物を持ち、ぐーすか寝てるやつの頭を叩いた。
「ん〜?」
 寝惚けている尚輝の腕を掴んで立たせ、ドアが閉まる直前に飛び出ることが出来た。
「おはよー、和人」
「おはよーじゃねーだろ。乗り過ごすところだったじゃねぇか」
 軽く頭を小突く。
 改札を出るとまだまだ冷たい風が頬を掠めていった。
 皐月凉中学での生活はいよいよ始まるのだ。
 

「山口君は107号室で上田君は108号室だね」
 寮長だという中学3年生の森川先輩にそう言われ、鍵を受け取った。一応中高共同の寮だけどA棟、B棟に別れていて、2階からA棟に高校生が、B棟には中学生が入れられていた。共通である1階には食堂とコインランドリーと大浴場とシャワールームがあった。
 もっとも、A棟、つまり高校生の部屋には各部屋にバスルームがついており、大浴場やシャワールームはB棟の中学生か、泥まみれになって帰ってきて部屋まで行ってまた飯に降りてくるのも面倒だという運動系クラブの一部の高校生だけが使うらしいけど。
「部屋、別れたなー。おんなじ部屋のやつってどんな奴だろ?クラスは一緒だと良いな」
 にかっと笑う幼なじみが俺にはとても頼もしかった。
 小学校の頃、俺は他の奴等より頭が良くて、運動も出来たもんだから僻んだ奴等に集団で無視をされた。生まれつきのこの茶色の髪もその原因かも知れない。その時、話しかけてきてくれたのがこいつだけだった。
 明るくて運動神経抜群で、憎めない笑顔の尚輝と一緒にいる俺をいじめるやつはいなくなり、俺達は一緒に遊び、時には他の奴等も巻きこんで派手に遊んだ。
 今ではもういじめられても負けないだけの心も身体も持ったけど、やっぱりこいつの存在というのは俺には嬉しかった。
「じゃ、後でな」
 そう言って別れ、それぞれの部屋に入った。
ーカチャー
 広いということはないが狭くもなく、2段ベッドと机が二つ、折り畳み式のテーブルが一つと本棚が一つ、クローゼットが一つあるだけの部屋だった。開けた右側にもう一つ扉があり、そこは手洗いになっている様だ。
 同室のやつも今、来たところらしく自分の荷物を解こうとしていた。
「やあ、俺……」
 自己紹介をしようと声をかけた俺に、振り返ったる男。俺達は同時に声をあげた。
「あっ」
「タカシ!」
 そう、ついさっき電車にいたタカシ(仮)だったんだ。
 タカシは驚いたように俺を眺めている。
「皐月凉の制鞄持ってたからまさかとは思ったけど同室とはなー。俺、上田和人、お前は?」
「…………矢尾、貴志」
 ふい、と俺から目を逸らし言った。
「へぇ。本当にタカシって言うんだ! 小学校のころの友達に隆史って奴がいてさ、法隆寺の隆に歴史の史って書くんだけど、偶然だなー。お前はどんな漢字書くの?」
「貴族の貴に志(こころざし)
「そっか、違うんだな。あ、貴志って呼んでいい?俺、和人でいいから」
「やめてくれ」
「え?」
「矢尾、でいい。上田とか言ったな。初めに言っておくが俺と、隣の107号室にいる石田柊二、その2人には間違っても触れるな、という事を覚えておいて欲しい」
「はぁ?」
「俺からはこれだけだが、何か俺に言いたいことはあるか?」
 俺は呆気にとられて貴志……いや、矢尾を眺めた。
 何だ、こいつは?
 俺はこんな奴と一緒に生活していけるんだろうか?
 綺麗な顔をしていて性格はきつそうな同居人に、俺は隠れて溜息をついた。
 
 


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