心地いい風が吹き抜けていく。 澄み渡る空に響く講堂のマイク音。 「音量がでかすぎるんだよ」 俺は誰に言うともなしに呟いて、講堂の方を見た。 俺が今いるのは私立皐月凉学園の中学生が使う教室のある校舎の屋上。 他の皆は大人しく入学式に出席してるわけで、まあ、俺はサボりってやつだ。 同居人の矢尾は真面目で神経が張りつめているような奴で、一緒の部屋にいると落ち着けなかった。 何であんなに張りつめてるのか知らないけど、友達にはなれそうもないよなぁ。 尚輝とは違うクラスになっちまうし。やってらんねぇぜ。 あ、そうそう、矢尾が昨日名前を出してた「石田柊二」って奴は尚輝と同室らしくて、俺と同じクラスのようだ。 まだクラスに入ってないからどんな奴かわかんねぇけど、あんな奴と知り合いなんだ、似たような真面目野郎に決まってる。 俺は大きく息を吸い込んで、吐いた。 「出席番号1番、石田柊二です。天璃小学校から来ました。えっと、僕は体に触られると吐いたり、蕁麻疹が出たりするんで触らないで下さい。一年間よろしくお願いします」 入学式が終わり、教室に入ってホームルームがあった。初めに担任の速水 祐之(はやみ ひろゆき)とか言うやつが挨拶をして、生徒の自己紹介になった。俺の前の席のやつが立ち上がりそう言ったとき、クラスは何とも言えない不思議な騒めきに包まれた。 「何で触ったら駄目なんだよー」 「病気持ちかぁ!?」 冷やかしの声が上がり、戸惑う石田の顔を見て、また騒ぎが大きくなる。 病弱そうには見えなかった。ふわふわとした茶色がかった髪は少し癖があり、零れ落ちそうな程の大きな瞳は女の子のような二重で睫毛が長かった。頬は薄くピンク色で肌は白い。身長は多分クラスで一番小さいんじゃないだろうか? そう、石田は可愛かった。男子校だからというわけでもなく、多分女子がここにいても石田は決して引けを取らないような可愛い顔をしていた。 「ホントかよー?」 石田の横の席、つまり俺の斜め前の席の奴が立っている石田の胸を平手で押した。 すると、石田は見る見るうちに顔色が変わり、崩れ落ちるように席に座り、がたがたと震えだした。 「石田君!大丈夫!?」 担任が駆け寄って来る、しかし触ることが出来ないものだからただ必死に声をかけている。その呼びかけも空しく石田の震えが止まることはなく、激しい咳と同時に吐いた。 隣の席のやつは本当に苦しみ出すと思っていなかったのか目を見開いて石田を見つめている。 「先生、保健室って何処ですか?」 俺はそう言って立ち上がった。 「え?あ、この校舎の1階の昇降口から向かって左の……」 大体の場所を聞いたら後は勘だ。 「触らなきゃいいんだよな?」 俺はブレザーを脱いで石田の肩にかけ、気合いを入れてイスごと石田を持ち上げた。 「えっ!?」 「先生、手伝って」 にこっと笑ってやって、教室の外まで運び出す。慌てて追ってきた先生が手伝ってくれて、俺達はどうにか保健室に行くことが出来た。 保険医の先生がタオルで顔を拭いてやり、汚れた服を脱がせ、毛布を掛け、再びイスをベッドの脇につけて身体をベッドに移した。 「ありがとう」 まだ震えの治まらない石田が俺を見て言った。 「大丈夫?石田君。」 先生の言葉にこくりと頷くが、まだ顔色は悪かった。 「先生、俺、付き添ってるから教室戻りなよ、あいつら何していいかわかんねぇでいると思うぜ?」 俺の言葉にはっと気が付いたように目を丸くし、慌てて立ち上がる。 「えっと、上田君、じゃあちょっとお願いしていいかな?僕もすぐ戻ってくるから、気分がましになったら戻ってきてね。」 そう言ってから保険医の先生に頭を下げ、棚に足をぶつけている。 この担任、天然入ってるな。 「大丈夫かよ、あの先生」 俺の言葉に石田が小さく笑った。心なしかさっきよりも顔色がいい。まだ震えは治まってないみたいだが。 「大丈夫か?」 思わずその柔らかそうな髪を撫でようとして、慌てて手を引っ込めた。 そんな俺の様子にまたくすりと笑う。 「うん、しばらくしたら治まるんだ。今日は緊張してたからいつもよりも酷いけど。横になっているから随分楽。ありがとう」 にこっと微笑んだ顔は例えようもなく可愛かった。 「朝、何してたの?」 「ん?」 「入学式、隣の席がいないんだもん。まあ、狭い講堂で少し広く座れたけどね」 いたずらっ子のように、こそっと笑う。そのあどけなさに俺もつられて笑った。 「お偉い先生とかの話聞くのが鬱陶しくて、屋上でサボってた。後で担任に呼びだしくらってんだよなぁ。あのボケた担任ならそこまで怒られそうもないけどさ」 「上田君って、貴志とおんなじ部屋だよね?」 「あ、ああ」 「貴志、きつい性格で誤解されやすいけど、本当は凄い優しいから。あれだけ綺麗な顔してるから色々嫌なこともあってちょっと歪んじゃってるけど」 貴志。石田には「貴志」って呼ばせてるんだ、あいつ。 「尚輝くんって優しいよね。同じ小学校なんだって?昨日、間違えて僕に当たっちゃって、僕が震えだしたもんだから必死になって毛布かけてくれたり、先生呼んできてくれたりしたんだ。今と同じように寝ている僕に、楽しい話をいっぱい聞かせてくれたし」 「そうか、石田は尚輝と同室だっけ」 親友を褒められると悪い気はしない。 「僕のことは柊二でいいよ」 にこっと笑う顔は天使のようで、いや、天使なんて見たことないけど、多分天使であったとしてもこれだけ可愛い奴はいないんじゃないかと思えた。 「俺も、和人でいいよ」 石田……いや、柊二とは、仲良くなれそうな気がした。 柊二の気分がましになったというので一緒に教室に戻ることにした。忘れないように持ってきたイスを手に持つ。 「ブレザーとカッターは乾かしておくから、放課後に取りに来て」 保険医にそう言われ、柊二は毛布が肩から落ちないように握りしめた。 緊張して昨日から何も食べられなかったという柊二は胃液ぐらいしか吐かなかったけど、それでもブレザーとカッターシャツが汚れ、そんな柊二にかけた俺のブレザーも汚れてしまった。 「ごめんね、和人くん。寒くない?」 まだ春も始まったばかりで風が冷たく感じるがここは校舎内。 「平気だよ」 と笑ってやった。 「イス、ごめん、僕が持つ」 「いいよ、俺、こう見えても力あるんだから」 そうだろ?と笑うと、ごめんね、と端の方を持ってくれた。 柊二はとても小さいけど、俺も決して高いほうではない。 背の順でどっちが腰に手を当てる先頭かを尚輝と押し付けってあってたぐらいだ。 「ねぇ、和人くん」 「ん?」 「部屋、変わって貰えない?」 「えっ、どうして?」 「貴志と……貴志が一緒にいると安心できるから……」 柊二と部屋を変わるって事は、矢尾と離れて尚輝と同室になるって事。 昨日願っていた通りのことじゃないか。 でも、 「寮則で余程の事情がないかぎり部屋は変われないって……」 「うん、ごめんね。変なこと言って。気にしないで」 寮則があったから……? それがなかったとしたら俺は柊二の話に頷いたか? 「尚輝も、いいやつだぜ。大丈夫、馬鹿だけど学習能力はあるからもう柊二には触らないよ」 微笑んだ顔の裏で、俺は自分自身に小さな疑問符を飛ばしていた。 俺達が教室に戻ったころには自己紹介は終わっていて、続いて委員決めをしようとしているところだった。 「先生、委員長は上田君がいいと思います」 「賛成!」 「はぁ?」 俺は思わず間抜けな声を出した。 ついさっきイスを抱えて教室に帰って来たところで、まさに今、柊二に席に座るように促して、自分も席に着いたところだった。今の声の主も賛成したやつも聞き覚えがない声で、知らないやつだった。 柊二のことで良くも悪くもクラスの注目を集めてしまった俺は断る理由も特に思いつかず、祭り上げられるままに、委員長という座に落ち着いてしまった。 そんな俺、いや俺の新しい友達のところへ急いで飛び込んできたのは矢尾貴志、俺の同居人だった。 「柊二っ! 大丈夫だったか?」 心配そうに柊二に声をかける。今は放課後。色んなクラブの先輩達が中1の教室の並びの廊下に降りてきて、勧誘を始めている。 「うん。やっぱりからかわれちゃって、触られて吐いちゃったけど、和人君が保健室まで連れていってくれたんだ」 にこっと笑って、同意を求めるように俺の方を見る。 「あ、ああ」 「そうか」 ほっとしたように柊二に向かって微笑んで、今初めて気付いたかのように俺の方を見た。 「ありがとう」 何故、矢尾に礼を言われるのかは解らないが、そんなことよりも俺は、今しがた柊二に見せた矢尾の笑顔が目に焼き付いていた。 ー なんだ、優しい顔も出来るんじゃねぇか ー 俺の心臓はいつもよりも少し早い動悸を打っていた。 「かーずーとっ!」 遊びに行こっ!と言わんばかりのノリの声で教室に入ってきた俺の幼なじみは、俺達3人の姿を見て嬉しそうに駆け寄ってきた。 「矢尾っ!柊二!そっか、友達だって言ってたもんなー。矢尾、HR終わったらすぐ飛び出していっちゃうんだもん何処に行ったのかと思ったぜ。和人、柊二と仲良くなったの?」 尚輝が「矢尾」と呼んでいるのを聞いて俺は少しほっとした。俺だけが「貴志」と呼ぶことを拒否されたわけじゃないんだ。 「席が近いしな。お前も矢尾と仲良くなったのか」 「おう、山口だしな!席、前後なんだ。なんか頭いいのに面白そうなやつだから副委員長になってもらった。」 「副委員長になって貰ったって……もしかして4組の委員長ってお前かっ!?」 俺の疑問に当然と言うように頷かれて、俺は改めて親友のノリを面白いと感じた。 「上田君、緑川君。委員長会議2時からだから送れないようにね」 担任の速水が配ったプリントやら教科書の残りやらを、とん、と教卓で揃えてそう言った。 「和人、お前も委員長かよー。3組には負けらんねぇなー」 なっ!と矢尾に笑いかける尚輝。何となく、この4人でつるんで行くんだろうな、という予感がした。 |
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