騒がしい蝉の鳴き声とぎらぎら眩しい太陽が耳と目だけで季節を解らせてくれる。
「やっぱ姉ちゃんの部屋は涼しいなー」
 クーラーのリモコンをくるっと回して尚輝が言った。
「響香(きょうこ)さん、今日は何処へ?」
 夏休みも半分が過ぎ、家に帰って遊び回っていた俺達はそろそろ宿題をしようと尚輝の家に来た。
 俺達と言っても用事があって来られない矢尾と、矢尾が一緒でなければ電車にも乗れない(というか心配して矢尾が一人で乗せないようにしている)柊二は来ていないが。
 ずっと4人でわいわいやってたから尚輝と2人なのは久しぶりだった。
「なんかのイベント……とか言ってたっけなぁ、よくわかんねぇや。ま、いいんじゃねぇの、涼しい部屋を貸して貰えるんだから」
 俺達が皐月凉に入学した夏、つまり去年の夏から山口家は子供部屋にクーラーをつけたのだが、学期中は当然のことながら夏休みも遊び回っていて家にいない尚輝の部屋はつけて貰えなかった。
「宿題めんどくせぇなぁ。和人の教え方解りにくいし。矢尾がいたらなー」
「仕方ねぇだろ、用事があるって言ってるんだから。大体お前はすぐ人に教えてもらおうとして。自分でやればいいだろ?」
 矢尾、という言葉に少し反応してしまう。なんだろう?中1の始め頃から感じていた小さな違和感は、なくなるどころか大きくなっていくばかりだった。
「疲れたー、もうやりたくねぇー」
 宿題を始めて30分も経たないうちに尚輝が床に寝転がった。
「始めたばっかりじゃねぇか、ほら、ちょっとしか進んでねぇし」
 やれやれと溜息をつく俺に、尚輝が何かを呼びかけた。
「何?」
「これ何だろう?……漫画?」
 尚輝が転がって手を伸ばして、当たったところにあったらしい紙袋を引っ張り出してきた。
 どこかのデパートの白い紙袋の中には俺達が読んでいるジャンプやサンデーのコミックスよりはちょっと大きい本が入っていた。
「あ、これ封神演義の絵だ!こっちはコナンだっ!」
 ごそごそと紙袋を漁る尚輝。
「勝手に触ったら怒られるぞ」
 そう言いながらもそろそろ真面目に勉強しているのに飽きてきた俺は尚輝が引っ張り出している紙袋の中の漫画の一つを手に取った。
 柊二みたいな可愛らしい少年と、少し矢尾に似ている綺麗な男と、高校生ぐらいの茶髪の男が表紙の本だった。
 尚輝が引っ張りだしているジャンプや他の漫画の登場人物に似ているわけでもなかったのだが、俺はその薄っぺらい本のページを何とは無しに開いた。
「…………」
「………………」
「なあ、和人」
「………………」
「これって何だろう?」
 本の中で柊二みたいな少年が茶髪の男の相談に乗り、少し矢尾に似た少年と茶髪の男を一つの部屋に入れて外から鍵をかけ、茶髪の男は矢尾に……キスをした。
「……ホモ……?」
 尚輝の言葉に俺は本を閉じた。
「響香さんって……」
 俺の言葉は続かなかった。
 テーブルの上には広げられたままの数学の問題集、そしておばさんが持ってきてくれたジュースが表面に結露を持って、置いてあった。
 クーラの風が少し肌寒い、中学2年生の夏のことだった。
 
 
 響香さんの部屋で本を見たその日、俺はいつになくドキドキしていた。勉強を再開して、しばらく経って尚輝がトイレに立った時、俺は恐る恐るさっきの本の続きを読んだ。
 茶髪の男は矢尾を押し倒し、抵抗していた矢尾は茶髪の男の「好きだ」という言葉に大人しくなり、セックスを……していた。そして、柊二に似た少年も2人の部屋に鍵をかけた後、ある背の高い男と会い、霰もない姿で同じことをしてた。
 話の展開は良くわからなかったが、やってることは何となくわかって、俺はそっと、その本を元のところへ返しておいた。
 セックスは保健の時間に習ったけれど、男同士でも、出来るんだ。
 俺の頭の中に、矢尾に似た男が出て来て微笑む。俺の手は勝手に動いて、そいつの服を脱がせ、その肌に触れた。いつの間にか矢尾に似た男は本物の矢尾に変わっていて、俺は夢中でキスをしていた。
 俺は初めて、夢の中で友達を、矢尾を犯してしまった。

  
 連日のプールやバスケットで少し日に灼けた矢尾の首筋に俺の目は釘付けになった。
 さらりとした髪はプールの塩素のためか日に透かすと茶色に見え、暑さのためにボタンを2つ開かれたシャツに見え隠れする鎖骨は思わず触りたくなるほどだった。
 色っぽい。
 多分、矢尾のことをそう思ってしまう俺は相当やられている。
「和人、遅れるぜー」
 先に教室を出ていた尚輝が戸口のところで俺を呼ぶ。
 気が付くと矢尾ももう立ち上がって戸口のところまで歩きだしていた。
 俺って、矢尾が好きなんだ。
 実感してしまうと、余計に動悸が早くなる。
 俺は軽く深呼吸をして心を落ち着けた。
 俺と矢尾は友達。そして、男同士だ。この思いは気が付かれちゃいけない。そのうち消えるまでの我慢だ。
 
 始業式は何も変わったところもなく、少し日に灼けた級友達と、眠たくなるような校長の話を狭い講堂で聞くだけだった。
 昼前には終わってしまい、ホームルームが行われる。
 担任がおざなり程度に自分の夏休みの話をし、宿題を集めて解散だ。しかし、俺と尚輝は委員長会議のために呼び出しを受けている。
「明日からもう授業だぜー。信じらんないよなぁ」
 尚輝がだるそうに机に突っ伏した。
「仕方ないって。高校生なんて明日から試験だよ?それに比べたらまだましだよ」
 柊二がおっとりとした口調で微笑んだ。
「おら、ぐだぐだ言ってないで、遅れるだろ」
 猫の首を掴むように尚輝を起こし、立たせる。委員長会議が始まるまでまだ時間があるが早めに行っておいた方がいい。
「あれ?和人君、また身長伸びた?」
 立たせた尚輝の横に並ぶと、なるほど、前より尚輝が低く見える。
「げー、また伸びたのかよー」
 尚輝が情けない顔をする。この夏ぐらいから俺の身長は少しずつ伸び初め、最近それは加速がついたかのように急速になっていた。夜寝てると、身体がみしみしと鳴るのが聞こえてくるような感覚を味わったこともある。
「成長期だしなぁ。何?尚輝は伸びないのか?」
 俺がへへん、と笑うと尚輝は悔しそうに自分の頭に手を当てスライドさせて俺と身長を比べている。
「もうすぐ貴志に追いついたりして」
 柊二がそう言って矢尾を俺の前に立たせた。背伸びして俺と矢尾の身長を比べようとしている尚輝に引っ張られて、矢尾はかなり俺に近づいた。
 矢尾の顔が、矢尾の唇が、俺の鼻の辺りにある。
 薄く、俺には皮肉っぽい笑いしか見せない唇。
 ちょっと背伸びしたら、その唇を容易く奪える。
 心臓が早鐘を打つ。
 顔に血が上ってくるのがわかる。
 ポーカーフェイスが出来る俺だけど、もしかしたら、ドキドキしているのが気がつかれてしまうかもしれない。
 好きな奴の唇が文字通り目と鼻の先にあって、ドキドキしないほうがおかしいんだ。
「やっぱり、貴志のほうがまだ高いね」
 柊二の声で我に返った。
 何を考えているんだ俺は!
 目の前にある唇を少しの間、ぼんやりと見つめてしまった俺はぎこちなくならないように気をつけながら矢尾の前から離れた。
 この想いが褪せるは、まだまだ先のようだった。
 
 

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