窓の外には雪がちらついている。
 冬の日は短い。
 真っ暗な空から雪が落ちてくる様子は、ひどく幻想的で、つい見とれてしまう。
 中学生は皆、よほどの事情がない限り年末元旦は家に帰る。
 俺たちもその例に漏れず、明日には寮を出る。
 通知表を貰った今日は午前中で解散だったため、早い奴はもう家に帰っていることだろう。しかし、今日は12月24日。
「せっかくだからクリスマスパーティやろうぜ」
 という尚輝の言葉に、俺達は尚輝と矢尾の部屋にいた。
 あと少しで今年も終わり。そして来年の4月には高校生になる。
 矢尾への思いを自覚してから1年が過ぎていた。
 いまだ色褪せることのないこの想いは、ともすれば爆発してしまいそうで、俺は自分の自制心がぎりぎりのところで耐えているのを知っていた。
 しかし、俺の自制心を支えてくれる事柄に気がついていた。
 いつも矢尾を見ていた俺だから解ること。
 矢尾は幼馴染みの柊二に甘く、「たかしぃ」と頼まれたら決して断れないという弱点があった。
 しかし、矢尾の本当の弱点は、天使のように可愛らしい幼馴染みではなく、矢尾の視線の先にいつもいるのは……元気に飛び跳ねる俺の幼馴染みだった。

  
 秋にあった文化祭で、俺たちのクラスは「神輿」を作ることにした。それはクラス展示にしては大掛かりなもので、展示するだけではなく、クラス皆で担いで校庭を歩きたい、そして文化祭後、キャンプ―ファイヤーか何かのように燃やしたいという提案もあり、文化祭の実行委員である高校3年生と議論を繰り返した。
 3年1組の委員長は俺だったけど、クラス展示の責任者は尚輝で、
「展示物は決められたところにおいて展示するもので、動かすとなるとパフォーマンスになり、クラス展示として認められない」
という実行委員側と、
「クラス皆ですることだし、思い出になるんだ! クラス展示としてふさわしいと思う! やりたいんだよ、オレ達で!」
とクラスの思いを背負い、主張する尚輝が正面からぶつかり、自分の思いを上手く表現できなくて、悔しくて唇を噛んでいる姿は見ていて辛かった。
 しかし、そんな尚輝を誰よりも近くで見守りたいと思っていたのは矢尾で、俺はその恋が成就して欲しくなくて、尚輝と一緒に抗議に行ったり、悔し涙を滲ませる尚輝を慰めたりしていた。
 もう2ヶ月。でも、つい昨日のことのように鮮明に思い出せる日々だ。
 結局、この「神輿を作る」ということは生徒にも先生にも評判が良く、中でも校長が気に入ってくれて、皐月涼の文化祭の恒例行事にしようと言ってくれた。
 俺達と意見をぶつけ合っていた高3はちょっと悔しそうだったけど、俺達の意見をちゃんと聞いてくれていた高2の人達とは結構仲良くなって、来年からは高3の共同作品として神輿を作ろうと提案してくれた。
 担ぐのは流石に高3全員は無理なので有志か、クラスごとに時間を決めるということにして、今年は出来なかった校庭で燃やすということも、学校側の意見を聞いて、消防署の方に話を通して一定の基準の防火対策をすれば実現できそうだということだった。
 自分たちの提案である「神輿」の恒例化を聞いたときの尚輝の喜びようは凄くて、企画自体は成功したけど、担いで歩く際に実行委員から規制を受けたり、燃やす事が出来なかったことで多少消化不良だった思いが解消されて、それを聞いた後夜祭の時、嬉しさのあまり俺に抱きついて泣いていた。
 子供のように泣く尚輝の頭を撫でてやったのは、他の誰でもない俺で、勝利と達成感に輝いて見える尚輝と俺は、周りにいたクラスメートから公認の「夫婦」と呼ばれるようになった。
 そのときの矢尾の表情は……読めなかった。
 ただ、決して俺と目を合わそうとはしなかった。
 
 
 顔なじみの寮の食堂のおばちゃんに「内緒よ?」と貰ったシャンメリーは一人コップ一杯程度のものだったけど、楽しい時間を盛り上げるにはそれだけでも十分だった。
 アルコールなんて殆ど入っていない子供向けのものなのに、酔っているように楽しく話しているのは、尚輝が酒に弱いということよりも、この楽しい時間を目一杯楽しく過ごすために弾けてしまっているからであろう。
 文化祭を含め、今年あったこと、中学に入ってからのことを振り返り、来年からの高校生活について話しながら、お菓子やケーキを食べ、ゲームなどをする。
 尚輝がお菓子の袋を開け、空になったものはきちんと矢尾が片付けていた。
 矢尾らしい行動だと一人で笑ってしまう。
 この部屋がそんなに汚れていないのも、ひとえに矢尾のおかげだろう。
 尚輝が一緒にいるとどうも部屋が汚くなっていくんだ。俺は去年、尚輝と同じだった部屋を思いだし、1人苦笑した。
 窓から見えていた雪は、勢いと量を増していた。
「明日、電車動かないなんてことないよね?」
 柊二がぽつりと呟いた。
「まぁ、動かなかったら動かなかったでもう1日寮にいればいい」
 尚輝が楽しそうに笑う。しかしその目はとろんとしていて、寝言を言っているのかと思えるほどだ。
「ちょうど、1年……」
「何が?」
 柊二の言葉に俺は特に深くも考えずに聞き返した。
 去年のクリスマスは皆、他の奴らと同じように終業式が終わったらすぐ家に帰って、実家でクリスマスを過ごしたはずだ。
 もっとも、俺はちょっとしたバイトをしていたのだけれど。
 そう思い出して、矢尾のほうを見ると、心なしか矢尾の表情が険しくなっていた。
「僕が……」
「柊二」
 柊二の答えを遮るようにして矢尾が柊二の名を呼んだ。しかし柊二は口を閉じなかった。
「僕が、3学期から貴志と同じ部屋に変わったのは知ってるでしょ?」
 柊二の言葉に、俺は黙って頷いた。矢尾は不機嫌そうに顔を背けた。
 去年の3学期、矢尾と柊二は同室になっていた。「何故?」と問い掛けても、「そのうち言うよ」という言葉にそれ以上は追求しなかったのだ。
「僕ね、襲われたんだよ。同室の人に」
 すっと、血の気が引いたような気がした。
「尚輝くんと和人君は終業式終わってすぐに帰っちゃったよね。あの時間って皐月涼の生徒で電車が混むから、僕と貴志は少し遅らせることにしたんだ」
 1年経った今になって、いや、今になったからこそ言えるのかも知れない言葉に、俺は黙って耳を傾けた。
「帰る準備はもう出来ていて、貴志は部屋で本を読んでいて、僕も時間まで自分の部屋で時間を潰していたんだ。でもね、急に、…………襲われちゃったんだ」
 矢尾は顔を逸らしたままこっちを見ようとしない。
「大丈夫、抵抗して声を上げたから貴志が助けに来てくれたから未遂だよ。でも、気持ち悪いよね? 僕が女の子みたいな顔してるから、同じ男なのに同級生に欲情されたりするんだよ。その人は悪くない。僕が悪いんだ」
 寂しそうに瞳を伏せる柊二に、俺は「違う!」と叫ぼうとした。しかし、次に呟かれた柊二の台詞で、喉から声が出なくなった。
「その1回じゃ、ないしね。未遂で終わらなかったことも、複数に襲われたこともあるんだ」
「それでも、こんな僕でも、友達続ける?」
 何故柊二はこんなことを言うのだろう?
 何がこんなに柊二を追い詰めているのだろう?
 柊二を襲った奴らへの憎しみが身体中を駆け巡り、俺は言葉に詰まって、柊二を見つめた。
「何で友達続けるとか聞くんだよ。おかしいのは襲った奴らだろ? 柊二達は被害者じゃないか」
 何も言えなくなった俺と同じ意見を口に出してくれたのは、目の前で瞳を伏せる友達を同じように心配し、大切だと思っている俺の幼馴染みだった。
「柊二は悪くないよ。柊二はずーっとオレの友達だもん。柊二を襲った奴らなんて、俺がぶん殴ってやる……」
 むくっと起き上がってそう言って柊二に、にかっと笑いかける尚輝は、余程眠かったのか、またパタンと床に倒れてすやすやと寝息をたて始めた。
「俺も、尚輝と同じ意見だよ。柊二はずっと友達。友達を傷つける奴は例え誰であっても許さない。柊二が名前をあげてくれるなら、尚輝と一緒に殴り倒しに行ったっていい」
 去年柊二と同室だった奴といえば、顔も名前もすぐに思い当たる。
 でも、怒りに任せてそいつを殴りに行くことは、名前を口に出していない柊二の意志に背くし、今更去年のことを蒸し返しても、結局は柊二が傷ついてしまうから、出来ない。
 けど、俺と尚輝の気持ちはちゃんと知っておいて欲しいから、言葉にする。
「……ありがとう……、二人とも」
 ほっとしたように、笑う柊二。
 可愛い顔な上におっとりとした性格で、今までそんな苦労をしていたなんて、予想もつかなかったことだった。

 すやすやどころか、ぐーぐーといびきをかいて眠る尚輝をよそに、ちょっぴりしんみりしてしまったクリスマス会はお開きになった。
 尚輝達の部屋から出て、同じフロアの中で一番離れた場所に位置する自分たちの部屋に帰ろうと柊二と歩いていて、上着を忘れたことに気が付いた。
「明日でいいかな……」
 どうする?と俺を見上げる柊二。そうだ、あの上着にはパリでようやくジュエリーデザイナーとして認められてきている兄貴からのクリスマスカードが入っているんだった。
 流石に国際電話はしないけれど、その職業柄か、ただの奴の趣味かは知らないが、凝ったカードを送ってくれたようで、後で見ようと楽しみにしていたのをすっかり忘れていた。
「あ、やっぱり取りに行ってくる。先戻ってて」
 俺の言葉に柊二はにこっと笑って、俺に背を向けた。
 別に急ぐ理由もないため、走ることもせずに俺は来た道を引き返していた。
 いつもなら声を掛けるか、ノックをしてから入るのだが、今さっきまでこの部屋にいたため、そんなことをするとかしないとか考えないままに、俺は扉を開けていた。
 目に入ったのは、2段ベッドの上の段に眠り込んでいる尚輝を寝かせようとしたのか、梯子を中途半端に上り、ベッドに横たわっている尚輝に、キスをしている矢尾の姿だった。
 開けてしまったドアは、勝手に閉まってはくれず、かといって自分で閉めて、見なかったふりをするなんて器用なことをするのは今の俺には不可能なことで、俺はただ、呆然と立ち尽くしてしまった。
 

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