始業時間の2分前。
 教室に駆け込んでくる奴、近くの席の奴と話している奴、廊下で話している奴。
 色んな奴がいたが、俺の前の席の奴はただ、じっと席についていた。
 話し掛けるな、というオーラが見えるほど殺気立っている。
 ある程度予測できたことだがやはり辛い。
 はじめから、嫌われることを覚悟の上でやったこと。無視されたり、憎まれたりしても当然だ。
 ただ、俺への怒りのせいで妙な色香は消し飛び、ふらふらと矢尾へ傾きかけていた奴らは正気に戻ったようだ。思い続けた矢尾を抱けて、ライバルが減っただけでも大きな収穫だ。
ー キーンコーンカーンコーン ー 
「席に着けー」
 チャイムとほぼ同時に三木が入ってくる。
 遅れることが多いこいつがこんな時間に来るってことは、今日は遅刻になる奴が多いかもしれない。
 ぐるっとクラスを見渡すと、いつもぎりぎりに駆け込んでくる奴らの席がいくつか空いている。
「何だ、全員いないじゃないか。遅刻か?」
 三木がやる気なさそうに出席簿をめくる。
「まあいい。季節外れだが転校生だ。おい、入って来い」
 三木の言葉にクラスがどよめく。
 私立校のため転校生なんて殆どいない。
 皐月涼は寮があるため、転校していく奴も少なく、転校してくる奴も少ない。
 ただ、姉妹校があるため、そっちから流れてきたり、編入試験で途中から入ってくる奴がいたりするのだが、それでも学年に1人いたら多いほうだ。
 皆が注目する中、長い黒髪に大人しそうな綺麗な顔、何故かスカートを履いている奴が教室に入ってきた。
「女っ!?」
 クラスがパニック状態になる。そりゃそうだ、ここは男子校。どっから見ても美少女で、おまけにスカートまではいている奴がなんでこの学校に入って来るんだよ。
 けど、あいつ、見たことあるな……。
「あ、あいつ雑誌で見たことある!」
 雑誌? いや、違う。そんな感じじゃない。もっとこう身近つーか……。
 あー、わかんねぇや。
「こら、うるさい。こいつは男だ。モデルの仕事をしていて女装が多いらしいがな。岩永、お前と同じ事務所なんだって?」
 三木がクラスを宥め、岩永に振る。
 後ろからでは表情はわからないが、多分岩永はきょとんとしているのだろう。
「まっことく〜ん♪ あたし! TAKAKOよ。忘れちゃったのぉ?」
 大人しそうな外見に似合わず明るい声で笑う。確かに高い声だが女の声にしては少しハスキーな感じがする。
「忘れる訳ないだろ……。なんで、君がここに……」
 岩永ががたん、と立ち上がる。
「うわーっともう三木がいる! 遅刻だぁ!」
 そんな時、場違いに前の扉から飛び込んできたのは誰でもない、俺の幼馴染みだった。
「あれ? 女? 転校生? ん?」
 寝癖のついた頭を、はてと捻る。
 そして、尚輝は叫んだ。
「あー!! 隆史ー!!!」
 矢尾の肩がぴくりと跳ねる。こいつ、だよなぁ、貴志は。
 ん?タカシ?
「あーっ!!!! 隆史じゃねーか!!」
 俺はガタンと音を立てて立ち上がった。
 あまりの勢いにイスが倒れた気がするが気にしない。
「尚輝、和人ぉ、久しぶりぃ〜♪」
 転校生、いや隆史がにっこりと微笑む。
「こら、山口、上田、うるさい。山口は遅刻な。ほら、子安、自己紹介してくれ」
 三木が出席簿で、ぱこっと尚輝の頭を殴る。
 ちぇっと尚輝が窓側から2列目の一番前の席に座った。 
「子安 隆史(こやす たかし)です♪ 先生の御紹介通り、あたしはマコトくんと同じ事務所でモデルとして働いてまーす。可愛いものと格好いいものが大好きで、この学校へは愛する和人を追いかけて来ましたぁ」
「はぁ!?」
 今、俺の名前が出たよな?
 しかも妙な形容詞がついて。
 何だって? 愛スル? 誰が? 誰を?
「和人ーやるじゃん!」
「よっ、色男!」
 クラス中から冷やかしの声が上がる。
 隆史ってこんな奴だっけ?
 確かに小学校の頃から髪が長くって女っぽくって、でもいじめようとするやつはこいつの自慢の少林寺拳法で呆気なく倒されていって、……そう言えば、やたらスキンシップしてきたっけ、俺に。
「先生、俺、転校生のためにこの席譲ります」
 横の緑川がそんなことを言いながら、自分の荷物を空いている廊下側の一番後ろの席に運び始める。
「あぁ、子安も知り合いが隣の方がいいだろ。悪いな緑川」
「ありがとう、緑川クン♪」
 ちょっと待て。 
 何だこの展開は!? 聞いてねーぞ。それに隆史が俺を好きだろうと、俺は矢尾が……。
 ちらっと矢尾の方を見るが、前の隆史の方を向いているわけでも、振り返って俺を見ている訳でもなく、机に肘をついた状態で身動き一つしていなかった。
「和人ぉ、よろしくねっ」
 いつの間にか横に来ていた隆史が俺に抱き付いた。
「お、おい、隆史!」
「和人ー、もう新しい嫁さんかー?」
「にくいねぇー」
 飛んでくる野次に答えようにも言葉が出てこない。
 俺は諦めて隆史の腕を解き席に着いた。
 目の前の背中が、ひどく遠くに見えた。
  
  
 
 皐月凉のエメラルドグリーンのブレザー(……変な色だよなぁ、我が制服ながら)と、それと同じ色のミニスカート。
 当然男子校であるここで、正規の制服にスカートなどあるはずもないから改造制服という部類に入るのだろう。しかし、そんなことを思わせないほど似合っていた。ズボンの方が似合わないんじゃないだろうか、とさえ思う。
 スカートからのびる足は流石、モデルだけあって綺麗だ。 
 しかし、がりがりと言うわけでもなく少し太いのは、脂肪のせいではなく筋肉がついているからだ。それでも、そうは見せずに女の足のように見せているんだから、どんな作りしているんだと聞きたくなる。
 いや、聞いたら最後なんだけど。
「なぁに? 和人ぉ、あたしの足をじーっと見ちゃって! 恥ずかしいよぉ。でも和人なら、いいよ」
 大人しそうな美少女の外見で、ぽっと頬を赤く染めて言う幼なじみに隠れて、俺は小さく溜息をついた。
 朝からずっとこんな調子だ。
 一体俺のどこがいいのかは知らないが、やたらべたべたとくっつき、甘えたような声を出す。
「隆史、くっつき過ぎだぞ。動きにくいだろ」
「いいじゃない、あたしは和人が好きなんだもん! 和人はあたしのこと嫌い?」
「いや、嫌いって訳じゃねぇけどさぁ……」
 小学5年生の春以来だからちょうど5年ぶり再会だ。あの当時は本当に仲良く遊んでいて、好きとか嫌いとか考えていなかった。そしてそれは今も同じだった。まあ、嫌いでないことは確かだが。
「和人と隆史って昔っから仲良かったよなぁ」
 尚輝が隆史の机の前にしゃがみ、机の上に顎を乗せて頬を膨らませた。
「そうか?」
 確かに今振り返ればあの頃から隆史はよく俺にべたべたしていた。
 あの頃の俺はそれが恋愛感情だなんて微塵も気が付かなかったが。
 いや、再会して言われるまで、考えもしなかったことだった。
「小学校の時からずっとラブラブなのよー♪」
「こら、隆史! 適当なことを言うな!」
「もう、照れ屋さん♪ 結婚するって約束したじゃない」
「……はぁ?」
 結婚の約束…………?
 今、初めて聞いたぞそんなもん。
「へぇ、上田くん婚約者がいたんだ」
 岩永が振り返る。そして、唖然とする俺を他所に尚輝がとんでもないことを口にした。
「そっか、和人が好きな奴って隆史のことだったんだ!」
 ちょ、ちょっと待て!
 俺が好きなのは、タカシはタカシでも、矢尾貴志のほうだ!
 俺の心の叫びが聞こえるはずもなく、尚輝は妙に納得した顔で頷き、そんな尚輝の様子に岩永が興味深そうに微笑んでいる。
「両想いでラブラブよっ。あたしたちの行く手を阻むものは何もないわ」
 隆史が嬉しそうに俺に抱き付いた。
 いや、仮に両想いだったとしても男同士というでっかい壁があると思うんだが……。
 じゃなくて!
「俺は約束した覚えないぞ! それに俺の好きなやつは、」
「好きなやつは?」
 思わず立ち上がってしまった俺を見上げる尚輝。
 その時、がたんっと音がして、前の席のイスが下げられ、俺の机にぶつかった。 
 喉まで出かかっている名前が、呼びかけになった。
「……矢尾」
「もう少し静かにしたらどうだ。クラス中に響き渡ってるぞ」
 矢尾の言葉にクラスを見渡すと、慌てて仲間の会話に戻るやつ、手に持っていた次の授業の教科書を間違えて机の中に片付けてしまい、もう一度出すやつ。どいつもこいつも俺達の会話をしっかり聞いていたようだ。
 それだけ俺達の声が大きかったのかも知れない。
 俺の方を見ることなくすたすたと前の扉から矢尾が出ていき、俺はイスの上に崩れ落ちた。
 危ない危ない、クラス中に片思い宣言するところだった。
「で、誰が好きなんだよ?」
 自分の軽率な行動に少し後悔の念を抱いていた俺にお構いなく、尚輝がにっこりと笑った。
「言わねぇよ」
 俺に好かれているなんて他の奴等に知られたくないから、矢尾は席を立ったのかもしれない。
「やっぱり、隆史だろー」
「違うって!」
 きっぱりと否定した俺に、隆史が瞳を潤ませる。
「えっ、あたしのこと好きじゃないの?」
「だから、嫌いじゃないけど……」  
「やっぱり好きなんだ! 照れなくても良いじゃねえか」
「照れてない!」 
ー キーンコーンカーンコーン ー
 チャイムの音と同時に尚輝が自分の席に戻る。次の授業は学校一厳しい久川の古典だ。
 矢尾が後ろの扉から入ってきて席についてほどなく、久川ばあさんが現れた。
 隣の席の隆史はまだ教科書がないせいもあり相変わらずべたべたと寄ってくるし、前の席の貴志は俺のことなんてまるで眼中に入れてくれないし。
 真っ青な空に浮かぶぎらぎらと眩しい太陽が、クーラーの冷気を打ち消していく。
 俺は窓の外を見上げ、小さく溜息をついた。

 
 


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