一度寮に帰って着替えてからバイトに行こうとしていた俺は、信じられない光景に足を止めた。
 皐月凉は一応、学期中のバイトは禁止だけれど、そんなことを守るような真面目くんでもない。
 いや、今はそんなことはどうでもいい!
 物凄いスピードで走り去っていく灰色のワンボックスカーに、確かに矢尾と隆史が押し込まれていた。
 何故? 何のために?
 矢尾達を車に押し込んでいた男達は緑陽第二高校の制服を着ていた。
 緑陽第二って言えばここいらでは有名な不良高校じゃないか!
 煙草、飲酒、シンナーに万引き、恐喝なんて当たり前。部活動もやっているやつなんていないから、その誰も使っていない荒れ放題の体育館に無理矢理他校の女の子を連れ込んで乱交パーティなんかをして、ニュースになったりもしていた。
 その時の奴等は少年院に入れられたり、退学したりしたそうだが、そんな奴等がゴロゴロいる学校だった。
 そんな奴等に矢尾がさらわれるなんて、悪夢を見ているとしか思えない。
 俺は正門に走り、落ちていた矢尾の鞄を拾った。
 そしてその足で寮に向かう。
 俺が、行かなきゃ。
 制服から外出用の服に着替えた俺は、携帯だけを手に寮を飛びだした。
 
 
「マスター、バイク貸してくれ!」
 皐月凉のある羽勢駅から電車で2駅行ったところにあるバーに飛び込み叫んだ。
「どうしたんだい、カズトくん。いつも冷静な君が慌てるなんて」
 今年で31になるというマスター、松野 聖士(まつの きよし)が開店の準備をしながら俺の方に向いた。
 中3の夏休みから年齢を偽ってバイトをしているここのマスターは昔は暴走族だったこともあるらしく、今でも店に何台かのバイクを置いていた。
「俺の大事な奴が、緑陽第二の奴らにさらわれたんだ!」
「さらわれるとは穏やかじゃないなぁ」
 開店前でも平気で店にいる常連の塩沢 功司(しおざわ こうじ)がカウンターに頬杖をつきながらそう言った。
「功司さん、仕事は?」
 俺の言葉に功司さんは、はっはっはと笑って答えなかった。
「不良刑事が……。ほら、カズトくん」
 マスターがぽんと俺に鍵を投げた。
「裏にある青いやつだ。隣の奴のヘルメットも使っていいから、法に触れてくれるなよ」
 高校に入って2ヶ月強。まだ15歳の俺が免許を持っているはずもなく、ただバイクに乗るだけで法に触れているのだが、だからこそノーヘルなんかで掴まりたくない。俺は黙って頷いた。
「緑陽の奴等が悪さをするとしたら奴等の学校の体育館か、裏の工場跡だ」
 くわえた煙草に火をつけながら功司さんが言う。
「やばいと思ったら俺を呼べよ。何たって俺様は市民を守る警察官なんだからな」
 にっと笑う功司さんに鍵を回して答える。
「ありがとう、マスター、功司さん」
 マスターが貸してくれたのは青い400ccの普通二輪で、他にゴロゴロしている18にならなきゃ免許を取れない大型の奴ではなく、原付と違って2人乗りは出来るが、16になったら免許を取れるものだった。
「どこまで気が付かれているんだか」
 中3の時に、未成年だけど雇ってくれと頭を下げた俺に、高校生は雇えないと言ったマスター。
 もうすぐ卒業するから、と言った言葉は嘘ではない。
 事実、中学を卒業して高校に入った俺をマスターは高校を卒業したと思っているはずだ。
 でも、のんびりしているように見えて妙に鋭いところのあるあのマスターは、気が付いているのかもしれない。
 
 店から15分ほど飛ばしたところにある緑陽第二高校。
 緑陽第一高校は中の上ぐらいの奴が通う平凡な高校だったが、第二の方は不良の巣窟だった。
 一度だけ来たことのある俺は裏門から乗り込み、体育館裏にバイクを止めた。
 入り口の近くに灰色のワンボックスカーが止まっていた。
 いきなりビンゴだ。
 しかし、皐月凉からここまで車で2、30分。
 なんだかんだで矢尾達がさらわれてから40分近く経っている。
「隆史?」
 体育館から出てきた長い髪に、声を掛ける。
「か、和人ぉ」
 びっくりしたように目を丸くした次の瞬間、隆史が俺に抱き付いてきた。
「助けに来てくれたの?」
 嬉しそうに言う隆史に、俺は言葉を濁した。
 隆史が心配じゃなかったわけじゃない。でも、俺にとっては矢尾の方が、いや、殆ど矢尾のことしか頭になかったのだ。
「矢尾、は……?」
 俺の言葉に、隆史は俺から少し、離れた。
「中に、いるわよ」 
 隆史の声が、震えて、いる?
「和人! あたしだってさらわれたんだからね! 優しい言葉の一つでも掛けてよ! そんなに矢尾くんの方がいいの!? あんな誰にでも感じてるような淫乱男が!」
 気が付いたら、右手で壁に押し付けるようにして隆史の口を塞いでいた。
「今、何て言った?」
 隆史の顔が青くなる。俺の手の下で震える隆史を置いて、俺は体育館の扉を蹴破った。
 錆びた金属の扉がひしゃげ、吹っ飛ぶ。
 ろくに掃除もされていないほこりだらけの体育館の真ん中に半分壊れた卓球台が置かれ、10数人ほどの男達がその周りに居た。
 卓球台の上にガムテープで両手を大の字に固定されている姿は、まさにまな板の上の鯉だった。
「そいつに触ったやつ、手ぇ上げろ」
 怒りのあまり無表情で近づく俺に、何人かの奴が殴りかかってきた。
「どけっ!!」
 回し蹴り1発で数人を体育館隅まで飛ばす。
 様子を伺っているのか、硬直しているのか、動こうとしない奴等を無視して矢尾に近づく。
 制服のカッターシャツは引き裂かれ、下半身も剥き出しにされ、下着とズボンが卓球台の下に捨てられていた。
 体中に殴られた痕と、そうではない痕が付けられていた。
 目を閉じ、身動き一つしない矢尾の口元と胸に手をあて、呼吸と心拍を確かめる。
 俺はバイクに乗るために着ていたこの季節にしては厚手のジャケットを脱ぎ、矢尾に掛けた。
「お前ら全員、殺して欲しいみたいだな!」
 硬直が溶けて逃げ出したり、殴りかかってくるやつを捕まえて殴り倒す。
 こういう集団に珍しくリーダー格の男がいないのを不信に思いながらも服が乱れているやつから先に、殆どの奴を血まみれになるまで殴りつけた。一度倒れたやつの股間を思い切り蹴り上げ、落ちてきたところを踏みつぶす。
「た、頼まれたんだ、俺達が悪いわけじゃない……」
 血で濡れた俺の拳に怯え、腰を抜かした男がそう言った。
「誰に、頼まれた?」
 俺の言葉に男は震えながら俺を、いや、俺の後ろを指さした。
 俺はにっこり笑ってそいつの顔面に蹴りを入れ、腹を踏みつぶした。
 振り返る暇も与えられず、後ろから繰り出された上段蹴りを、横に飛ぶことで交わす。
「どういうことだ?」
 続けて腹に繰り出された拳を掴み、俺は問う。
「あたしのほうが、好きなのにっ!」
 隆史はそう言って掴まれた腕を中心に身体を反転させ、俺の顔面に向かって裏拳を食らわせようとした。
 その手を離し、後ろに跳んだのだが、細い腕に信じられないほど重い拳の攻撃は顔を外したものの、肩に痣を作っていた。
「ずっと、ずっと昔から好きだったのに。何よ!」
 泣いているとも聞こえる声で攻撃を続ける隆史を、紙一重で交わし続ける。
 流石に少林寺拳法の有段者だけあって、ただの不良と比べ物にならないぐらい動きがいい。
「あんなやつ、ただの淫乱男じゃない!」
 繰り出された中段蹴りをわざと受け、その足を掴む。
「体育館隅まで投げ飛ばされたいか? それともこの足をへし折られたいか?」
 俺の言葉に唇を噛み締め、掴まれている足を重心に、逆の足で俺の手を蹴り上げる。
 黙って攻撃を受けたまま手を放さなかった俺のせいで、隆史は床に尻餅をついた。
「いくらお前が幼なじみでも、矢尾に手を出したやつは殺す」
 俺は隆史の足を掴んでいる手を上に挙げ、思い切り前に振り下ろして離した。
 ばしっと派手な音がして隆史が壁に叩き付けられる。
 げほげほと咳き込む声が聞こえる。
「行け、次はない」
 隆史に背を向け矢尾に近づく。
「大好きだったんだからっ!」
 涙声の叫びが聞こえ、そして気配がなくなった。
 俺は矢尾の手の自由を奪っているガムテープを剥がし、そっと髪に触れた。
 歯を食いしばっていたのだろうか、唇には血が滲んでいる。
 抱き起こし、強く抱き締める。
「ごめんな……」
 俺は他に言葉が思いつかず、静かに唇を重ねた。 
 
 
 


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