目を開けると、そこは寮の自分の部屋だった。 
「大丈夫? 矢尾くん」
 聞こえてきた声は同室の柊二の声ではなく、あまり聞きたくないアイドルの声だった。
 頭が混乱していて今の状況が解らない。
「岩永が……?」
 身体を起こすと節々に痛みが走り、悪夢が現実だったと思い知らされる。しかし傷は全て手当てがしてあり、汚れも拭き取られているようで、すっきりとしていた。そして下は制服だったが上着に見覚えがなかった。
「僕じゃないよ。君が起きるまで付いていて欲しいと頼まれただけ」
「……誰、に?」
 一瞬頭を過った名前を打ち消し、尋ねた。
 岩永は少し複雑な顔をしながら俺に1枚の名刺を渡した。
「警視庁捜査一課、塩沢 功司……?」
「君を運んできた人だよ。詳しい話は聞いていないけど」
 拍子抜けしたというか、何だか釈然としない気持ちを抱える俺に、今日はもう寝たほうがいいと勧める岩永。
 確かに身体は重いし、早く寝たほうが良いのかもしれない。
 明日は日曜日だし、名刺の裏に書いてある住所に行ってみるか。
 俺は再びベッドに横になり、すぐに急速な眠気に襲われ、闇に落ちていった。
 
 
 
 そこは今にも壊れそうな体育館で、俺は身動きが取れなかった。
 顔を横にしてみれば台の上にガムテープで固定されている自分の腕が見えた。
「起きたみたいね」
 聞き覚えのある声にその方向を見れば、子安が立っていた。
 やっぱり、こいつが黒幕か。
 さらわれた時に上げた悲鳴だって、縛られていたのだって、自分も被害者に思わせる手段。
 こいつが俺を恨む理由といえば、一つしか思い浮かばない。
「本当にヤっていいのかよ」
 情欲を含んだ下卑た笑いが聞こえる。俺の周りには10数人ほどの男達が獲物を狙うような目で俺を見ていた。
「いいわよ、好きにして。真面目な優等生の顔してるけど、すごく感じやすい淫乱男らしいしね」
 子安の言葉に顔が引攣る。俺の身体のことを知っている奴は少ない。
 上田が、言ったのか?
 俺の不審そうな顔を見て子安がくすりと笑う。
「あら、不思議そうな顔してるわね。やっぱり本当なんだ。友達の顔して行ったらあっさり教えてくれるんだもの、貴方のお母様。騙されてるのかと思ったけど、その顔は本当みたいね」
 あのバカ女!
 息子のコンプレックスをよく解らない奴にべらべら話しやがって!
 疑ってしまった上田にちょっと申し訳ない気もするが、俺がこんな目にあっているは、好きだとか言いやがった奴のせいだと思って罪悪感は消える。
「じゃあ、遠慮なく」
 そう言って横から俺のベルトを外そうとしてきた奴に腰から足をあげ、踵落しを食らわせる。
「くっ、この野郎っ!」
 胸に鈍い痛みを感じ、直後、びーっという嫌な音とともに制服のカッターシャツが引き裂かれた。
 購買でまた買わなきゃなぁと、頭の何処かで他人事のように考えている俺がいる。
「感じやすいって、どれぐらい感度が良いんだ?」
 さっきとは別の男が俺の胸を撫でる。
 気持ち悪い。
 いつもはこんな状態ですら感じてしまうはずなのに、今は不快感だけで全く感じない。
 いっそのこと感じて、乱れてしまえば楽かもしれないのに、そう思ってしまう自分を拒絶するかのように俺の身体は反応しなかった。
「なんだ、普通じゃねぇか」
 そう言って一気にズボンを下ろされる。
 じっとりと暑い空気が中心を撫でる。
「流石、淫乱くん。良い下着付けてるじゃないか」
 母親はAV女優として名を馳せ、絶世の美女とうたわれて、男を魅了して止まない身体を持った感じやすい女。親父はポルノ小説家で今まで泣かせた女は数知れずの世紀の絶倫男。
 こんな両親を持つ俺は、小さい頃から「売り」の男が付けるような挑発的な下着しか付けたことがなかった。小学校の高学年になり、自分で普通の子供向けのトランクスやブリーフを買ってみたが、はき慣れないものは肌に合わず、結局ずっと親の趣味の下着を付けている。
 いくら身体を触られていつものように感じなくなったからといっても、下着越しに中心を撫でられるとぴくりと身体が跳ねた。
 いくつもの手が俺に伸び、乳首を摘んだり、下着を脱がしたりしてくる。
 中には固定されて動かせない俺の手に自分のそそり立ったものを握らせて擦るやつもいて、俺はそれら全てを感じないように、視線を遠くに投げた。
「触らないでよ!」
 目に入ったのは子安と、集団の中でもリーダー格っぽい男で、子安は男の手を振り払っていた。
「お金はちゃんと渡したでしょう、後はあの男を好きにするがいいわ。そういう取引だったじゃない」
 子安の言葉に男は舐めるように子安を眺め、言った。
「俺はTAKAKOが気になってたんだ。取引を人にばらされたいのか?」
 男の脅しに子安はにっこり笑って上段蹴りで頭を吹っ飛ばした。
「次は手加減しないから。殺されたいなら、ばらしていいわよ」
 明らかに首の向きがおかしくなっている男は小さく呻き声をあげた。
 子安はこっちを向き、ふんっと外に出ていった。
「何よそ見しているんだよ」
 男の1人が俺の口を押し広げ、自分のものを突っ込んできた。
 気持ち悪い。
 がっと歯を立てると頭を殴られた。他にも殴られたり舐められたりしている気がするが人数が多すぎて何がなんだか解らない。
 気持ち悪い。
 あまりの不快感に唇を噛み締める。
 後ろの穴にいきなり自分のものをあてがう男。普通入んねぇって。
 あいつみたいに、しなきゃ。
 俺を抱き締め、キスをしてきたあいつを思い出し、俺の身体は小さく跳ねた。
 やばい、さっきまで気持ち悪いとしか思わなかったのに、あいつを思いだした途端に全てが快感に変わっていく。
 ふざけんな、俺の身体っ!
 唇をきつく噛み締め、零れそうになる息を抑える。
 後ろの穴に指が埋め込まれていく。
「うっ……」
 痛みと、それではない感覚が吐息になって零れ落ちる。
 嫌だ! やめろっ!
 そんな俺にお構いなくさっきとは別の男が俺の口にモノを突っ込もうとする。
「ちっせぇな」
 精一杯の強がりで呟いた言葉に逆上した男に額を殴られる。
 台に叩き付けられた頭が目の前を真っ黒に染めて俺の意識を飛ばした。
 
 

あいつの匂いに包まれる。不快に感じない優しい匂い。
『ごめんな……』
 柔らかな唇が優しく甘く切ないキスをくれる。
 痛みも苦しみも、全てが溶けていって、愛しさだけが残った。
 俺は愛しさに向かって黙って笑った。


 
 名刺の裏にかかれた住所は皐月凉のある羽勢駅から2駅行ったところにあった。
「LAST・JOKER……」
 明らかに普通の飲食店に見えないそこは、やはり昼間である今は準備中の札が掛かっていた。
「やあ、矢尾くん」
 葬式でもあるのかと思うような真っ黒いスーツに、明らかに水商売のような派手なシャツとネクタイ。きちんと手入れのされた茶色の髪に営業スマイルと思われる笑顔。
 俺は一歩、後退りした。
 この男、何故俺の名前を……?
「俺に会いに来てくれたんじゃないの?」
 男はそう言って懐から黒い手帳をとりだして、開いて見せた。
「警察手帳……?」
「そう、俺が塩沢 功司だよ、矢尾くん」
 どう見てもホストにしか見えない男が刑事だなんて、世の中何が起こるか解らない。
「昨日はありがとうございました。これ、上着……」
 朝起きて、ジャケットの洗濯のマークを確かめて手洗いをし、寮の乾燥機で乾かしていたらもう昼過ぎだった。
 しかし、そのおかげで朝早くではなく、店の開店少し前で済んだとも言える。
「残念ながら、そいつは俺のじゃないんだな」
 紙袋に入った上着を渡そうとして、首を横に振られる。
 そして塩沢という男は意味あり気に笑った。
「矢尾くん、高1だっけ?」
「あ、はい」
 急に振られた言葉に正直に頷く。
「ということは、あいつも高1か。高校生だとは思っていたけど、まさかまだ1年とはなぁ。俺が初めて会ったときは中3って事になるじゃないか。犯罪だよなぁ、全く」
 くっくっくと笑う塩沢。
 自己完結して笑われても俺にはさっぱり解らない。
 俺は行き場のない紙袋を抱き締めた。
「昨日、俺のところに電話があってさ、そいつは『車を出して欲しい』って言うんだ」
 何を考えているのか全く推測できない、つかみ所のない男。
「指定された場所に行ってみれば、そいつが君を抱えて立っていたんだ。そして『こいつは世界で一番大事な男だ。皐月凉の寮まで運んで欲しい』と言い出した。そいつはここのマスターに借りたバイクに乗っていたからね。完全に意識を失っている君を運べなかったわけだ」
 気が付くと俺は、塩沢の言葉を聞き洩らさないように、しっかりとその唇を見つめていた。
「そしてそいつはこう言った。『寮で1年の岩永という男を呼びだして、こいつの事を頼んでくれ』とね。そしてこう付け足した『絶対に俺の名前は出すな』と」
 塩沢は俺の様子を伺いながら、にこにこと話を続ける。
「さて、そいつは今ここでバイトをしているんだけど、どうする? 矢尾くん」
 笑っていた塩沢の顔から笑みが消える。
 急に真剣な顔になった塩沢に、俺は紙袋を突きだした。
「上田に、渡しておいて下さい」
 真剣な目が、からかいを帯びた表情に変わり、塩沢は紙袋を受け取った。
 俺はそこから走り出していた。
 
 
 走って、走って、走って。
 普段あまり運動をしない俺は息を切らしていた。
 切符を買い、電車に乗り込む。ひんやりとした冷気が汗を冷やしていく。
 何となく、感じていたんだ。
 でも、認めたくなかった。
 あんなに鼓動が上がるなんて、奴の上着を持っていられないぐらいドキドキするなんて、信じられない。
 何も知らずに奴の上着に包まれて眠っていたとき、身体はあいつを思い出していた。
 
あれだけいろんな奴に触られても感じなかったのに、あいつを思い出しただけで敏感になった、身体。
 あいつじゃないと、感じない、あいつだけに感じる身体になってしまったのかもしれない。
 認めたくないことだが、あいつとのセックスは……気持ちよかった。 
 考えるだけで破裂しそうなほど激しく打つ鼓動。
 羽勢に着いた瞬間に電車を飛び出した俺は、じっとりと暑い外の空気を吸って、吐いた。
 
 


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