文化祭のために特別にグラウンドに作られたステージの上で、夕焼けというスポットライトを浴びながら、綺麗な唇が動いた。
「展示コンクール中学の部、1位、3年1組『神輿』」
 一言一言はっきりと区切って発表されたその言葉に、大きな歓声が上がった。
 夕日を背に抱き合う少年たち。
 その歓声はもはや奇声と化していて、何を言っているか本人達も理解できていないだろうが、喜びだけは十分なほど周りに伝えていた。
 努力が報われて泣きながら喜ぶ生徒達。
 微笑ましいような、羨ましいような感情に浸る。
 高校の部の発表はまだだけど、初日に大失敗をしてしまった俺のクラスは賞にも入っていない気がする。
 それでもいい、皆で頑張れたんだから。
 失敗だって悔しいけど、あれでより一層クラスの結束が固くなった気がするし、来年の今頃になれればいい思い出になっているだろう。
 止むことのない歓声にちょっと困った顔をしていた綺麗な顔がこちらを向いた気がした。
 目が、合った?
 発表原稿を手に持って、そいつは少し微笑んだ。
 ステージ上からここまでには5mほど離れているし、何人もの生徒が居る。
 でも、そいつは俺を見た気がした。
 原稿が後ろにいた生徒会長に渡されて、そいつは後ろに下がった。
 生徒会長が読み上げた高校の部の展示コンクールの結果。
 俺のクラス2年B組は4クラス×3学年、12クラス中、2位という結果だった。
 副会長は、会長の後ろで皆と共に拍手をしていた。
 夕日で金色に染められた生徒達が、悔しがり、泣き、喜び、感情のままに過ごした一時だった。
 
 
 体育祭、そして文化祭が終わってしまえば2学期なんてあっという間に過ぎてしまう。
 ついこの間までの暑さが嘘のように涼しくなったと思えば、もうコートが必要な季節になっていた。
「おはよう」
 下駄箱で靴を履き替える俺に声を掛けたのは私市だった。
「知ってる? クリスタルクロス3が来年の春に出るよ」
 内緒話のようにこそっと耳に囁かれたのは私市と俺が始めてであった時のBGMでもあったゲームの続編の話だった。
「本当か!? だって、昨日発売のゲームXにも書いてなかったぞ?」
 俺の言葉に私市は嬉しそうに笑った。
 その綺麗な顔に一瞬見ほれてしまった自分がいて、驚く。
「ある筋からの情報だから確かだよ。本当は来年の夏の予定だったんだけど、早まったんだってさ。来週辺りからテレビCMも始まると思うよ」
 はぁっと赤い指先に息を拭きかけながら俺の横を歩く私市。
「なんでお前がそんなこと……」
「あ、じゃあねー」
 A組の前に着き、私市がとぼけた顔をして手を振る。
「こらっ!」
 思わず掴んだ手の冷たさに驚く。
「お前、手冷たいなぁ」
 少し血管が透けて見えるほどの白い手。
 細く長い指は、俺のごつごつした指の3分の2ぐらいの太さしかない。
「森川は暖かいなぁ」
 両手で包み込まれて、頬に引っ張られる。
 俺の手で触ったら壊れてしまうんじゃないかと思うほど脆く儚く繊細に見える顔。
 手と同じぐらいに冷たい頬。
 何も言えずにじっと私市の顔を見ていた俺に、にっこり微笑んで手を離した。
「じゃあね」
「あ、あぁ」
 右手に残る冷たい感触を確かめながら、無意識に自分のクラスに向かっていた俺が、何故私市がゲームの発売を知っていたのかということを聞くことを忘れたと気が付いたのは、自分の席に着いてからだった。
 気になることだが席を立って隣のクラスに行き、聞くというほどの事でもない。
「もーりーかーわっ!」
 そんなことを考えていた俺に話しかけてきたのは緑川 武彦(みどりかわ たけひこ)。バスケ部の部長であるにも関わらず身長が180センチを満たないと嘆く、小麦色の肌に明るい笑顔の男だった。
「おはよ」
「おはよ、じゃねーだろぉ? 何々? 副会長様と一緒に登校? 親密そうに手とか握ったりして、ファンに刺されても知らねぇぞー?」
 爽やかな笑顔のスポーツマンなのだが、口が軽く噂好きだ。
 どちらかといえば無口な部類に入る俺とこいつでは、大抵俺が聞き役だ。
「ばーか。寮生の俺が誰かと一緒に登校なんてあり得ないだろ? 下駄箱であっただけだよ。そんなに、仲良くねぇしさ」
 挨拶はするし、他愛のない世間話もするのだがクラスが違うせいか、あの音楽室の時以来、趣味や自分のことについて話すことはしていなかった。
 だから今日、ゲームの話をされたときは正直凄く嬉しかった。
 下駄箱で俺に向かって微笑まれた表情、そして廊下で触った冷たい頬の感触が蘇り、俺は少し顔が熱くなるのを感じた。
 ちょ、ちょっと待てよ。
 なんで私市を思いだして顔が熱くなるんだ? これじゃまるで……。
ー キーンコーンカーンコーン ー
 チャイムに続いて担任が入ってきて、俺は頭に浮かんだ言葉を掻き消した。
 
 
 2学期最後の日である今日は通知表を貰うだけで終わり、寮生の殆どが帰省していく。
 皆の足取りが軽いのは、明日から冬休みということと、今日がクリスマスイブだということがあるのだろう。
 俺は数日分の着替えと冬休みの課題を入れた鞄を持って寮を出た。
 俺が帰るべき家は、俺が小5の時に火事で跡形もなく燃え尽きた。
 両親と、まだ4つだった妹とともに。
 5年前の12月24日。
「夕食には帰るね」
 と剣道場のクリスマス会に出掛けた俺と2つ年下の弟、剣児はその場にいなかった。
 ホワイトクリスマスなんて夢のまた夢。からりと乾燥した空気はあっという間に家を包み込んだ。
 俺達が帰る1時間前。
 台所で晩御飯の用意をしていた母は火事に気が付いて2階に居る娘のところへ駆け上がったが、思いのほか火の回りが早くて閉じこめられてしまった。
 そして燃え盛る火の中に、制止する周りの声を振りきって、会社から帰ってきた背広姿の親父が飛び込んでいったらしい。
 そして、みんな、灰になった。
 放火、だった。
 犯人は捕まったものの、それで親父やお袋、花華梨(かがり)が帰ってくるわけじゃなかった。
 
それからというものの毎年12月24日、つまり今日は剣児と2人で墓参りに行くことにしている。
 中学の時から皐月凉に入って寮生活をしていた俺。
 しかし、小学校の時は剣児とともに伯父さんの家で生活していた。
 公立の中学に通っている剣児は今年は受験だ。高校に入ったら一人暮らしをしたいと言っていたが金がかかるため、寮がある高校に志望を出しているらしい。
 母の弟である伯父さんはとてもいい人で、伯母さんもすごく優しい人だ。従兄弟の孝生(たかお)も裕美(ひろみ)ちゃんも俺達を本当の兄弟のように慕ってくれる。
 でもやっぱり、俺も剣児も、伯父さん一家に家族のような顔をして溶け込むことは出来なかった。
「森川」
 掛けられた声に振り返るとちらちらと舞い落ちる雪のように白い肌の男が立っていた。
「私市も今帰りか?」
 寮の俺と、自宅から通っているというこいつと帰りが一緒になることなんてまずなかった。
「うん、生徒会の仕事がちょっとあってね。森川は帰省?」
「ああ」
 家族のことを思いだしていたせいで明るい話をする気分にもなれず、声のトーンは低い。
 並んで歩く私市はそんな俺に気づいてか、無理に話しかけてこようとはしなかった。
 俺を気にすることなく、るるるーと口ずさまれた曲。
「あ、俺、バスだから」
 少し行ったところのバス停で私市が立ち止まる。
 バス停で待っている人は誰もいない。
 通知表を貰ってすぐに帰宅できる今日。皆もっと早く帰ってしまっているのだろう。
 同じように立ち止まった俺を私市が不思議そうな顔で見上げる。
「今の曲……」
「流石、森川。クリスタルクロスのカガリのテーマ。俺、カガリ結構気に入ってるんだ」
 綺麗な顔をほころばせる私市。
 柔らかな雪が私市の顔に落ちて、解ける。
『おにーちゃん、ゆきつめたいね』
 脳裏に浮かんだ少女の微笑みと、目の前の男の笑顔が重なり、俺はその幻影を抱き締めていた。
「もりか…」
「悪いっ」
 気が付いて、ぐいっと身体を離す。
「あ、じゃあ、俺、帰るから。またな!」
 早口で捲し立て、俺はその場を離れた。
 しんしんと降り積もる雪は音を消し、足跡を消し、5年間の月日をも消してしまうようだった。
 
 


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