クリスタルクロスというゲームは、俺と剣児のために作られたようなものだった。
 氷上コーポレーションという大手のゲームメーカーが出したRPG。
 記憶を無くした主人公と様々な仲間達のファンタジーものの話だ。
 カガリは永遠の少女。成長することをやめてしまった、時の流れを止めた少女。
 家族を一度になくして塞ぎ込む俺と剣児のために小説家の伯父が書いてくれた小説を、氷上コーポレーションの会長である祖父がゲーム化したのだ。
 カガリは、花華梨だった。
 実際にはもういない花華梨だけど、こうして俺達の心の中に、そしてカガリとなって多くの人の心の中に生きることになった。
 氷上のゲームにしてはテーマが暗く、難易度が低いせいか、爆発的なヒットにはならなかったが、シリーズ化されるほどには売れているようだ。
 4つの時に死んでしまった花華梨と、高2の男である私市が重なって見えるなんて俺の感性はちょっとおかしいのかもしれない。
 でも、あの触れれば消えてしまいそうな綺麗な私市の笑顔が、自分がすぐ死んでしまうことを知っていたかのように無邪気な、でもどこか儚い笑顔を見せていた花華梨に重なってしまったんだ。
「どうかしてるよな……」
 それじゃまるで、私市ももうすぐいなくなってしまうみたいじゃないか。
 自分の考えがあまりにも突拍子もなさすぎて、俺は小さく笑う。
「兄貴」
 掛けられた声に顔をあげると制服の上からコートとマフラーを羽織った姿の剣児が立っていた。
「元気そうだな」
「兄貴も……」
 久々の再会でも言葉少なく、道を急ぐ。
 何も言わずに別れ、俺は水を汲みに行く。墓参りをする人のためのバケツと杓子を一つ借りる。手袋をしていても伝わってくる冷たい蛇口。
 すぐにでも凍ってしまいそうな水をバケツに半分ほど入れ、杓子を入れて剣児のところに戻る。
 お盆に来た以来だが、叔父さんと叔母さんがたまに来てくれているのか、こざっぱりとしている墓の花を変え、水をかける。
「父さん、母さん、花華梨……」
 ぽつりと呟かれた呼びかけに答えてくれる人がいるはずもなく、白い息になって、消えた。
 剣児と2人で手を合わせ、今度は剣児がバケツを返しに行く。
 その間俺は、墓の前で待っている。
 こんな時に墓参りに来るやつなんて誰もいない。
 でも、この日だけは譲れない。
「花華梨……」
 愛らしく、でも何処か儚げに微笑む妹。今、生きていれば9つになっていたはず。
「……」
 後ろに剣児の気配がして、俺はもう一度墓に手を合わせ、背を向けた。
 
 
「クリスタルクロス3?」
 にっこりと微笑む叔父から受け取った広告を見て、剣児が呟いた。
「クリスを愛してくれる根強いファンがいてね、2の発売の1ヶ月後にはもう3の話が出ていたんだ。でも、来年の末になるかもしれないし、もしかしたら流れてしまう話かも知れなかったから、今まで黙っていたんだ」
 広告が刷り上がっているということは、もう確実に出るのだろう。
 私市の言っていたことは本当だったんだ。
 何故、私市は知っていたのだろう?
 もしかしたら、知り合いに関係者がいるのかもしれない。
「ちょうど剣児君の受験が終わった辺りかな」
「そうですね」
 にこにこと笑う叔父に、剣児が少し困ったような笑顔を浮かべた。
「ねーねー、お父さん。『フレイムファイター4』はいつでるのー?お祖父ちゃん言ってなかった?」
 孝生が無邪気に笑って話題を変えた。
「『ミルルぱにっく2』は出ないのー?」
 裕美ちゃんが叔父さんの服を引く。
 剣児は少しほっとしたように息をつき、ちらっとこちらを見た。
 そして、にっこりと笑った。
 また、カガリに会える。
 シリーズの3とは言ってもキャラクターもストーリーも違う。
 でも、カガリだけは姿も設定も殆ど変えずに、ずっと出てくる、と祖父は約束してくれた。
 また、花華梨に会える。
 私市はカガリを気に入っていると言ってくれた。
 もっと、カガリの話が、花華梨の話がしたい。
 新学期になったら、私市のクラスに行ってゲームの話をしよう。
 急に抱き締めてしまったことをもう一度ちゃんと謝って。
 
 
「おにーちゃん」
 微笑む花華梨を抱き締める。
 胸に込み上げるのは懐しさと、愛おしさ。
「森川……?」
 抱き締めたと思った花華梨は私市に変わっていた。
「きさい、ち……」
「何?」
 ふわりと微笑むその姿はやっぱり儚げに見えて、俺はもう一度抱き締めた。
「俺はカガリじゃないよ」
 そんなの、解ってる。
 花華梨はいない、カガリだって……作り物。本当は、いない。
 腕の中にいるのは花華梨でもカガリでもなく、私市。
 その腕の力が弱められないのは、何故?
 花華梨と一緒?
 愛おしい……?
 でも、花華梨は大切な妹だし、私市は大事な友達。
 2人は違う。
 でも、愛おしいという以外の言葉が浮かばない。
 友情なんかじゃないことは確かだ。
 でも、恋愛感情とは違う。私市は男だし、俺も男。ありえない。
 もっと、根本的な……そう家族愛のような。慈しむような、愛おしさ。
 この腕の中に入れて、大切に守ってやりたくなるような。
「俺は家族?」
 違う。でも、他の感情では置き換えられない。
「俺は花華梨?」
「おにーちゃん、かがりは、かがりだよ?」
 解ってる。
 いや、でも、…………解らない。
 何故、腕の中にいるのは、私市なんだろう?

 
 
 目を開けて、不思議な夢を噛み締める。
 良く寝たはずなのに、すっきりしない頭。
 夢で問い掛けられた疑問が、消えずに残っている。
 私市と花華梨は違う。
 何だか疲れていたから、花華梨の命日だったから、抱き締めてしまっただけ。
 そうだよ、な? 花華梨。
 


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