旅に、出ようか。
目まぐるしく変わっていく時代だから、
約束さえ、遠くに感じられてしまうから僕らだから。
悠久のときを刻む地。
ゆったりとした時間の中で、薄れることのない愛を誓おう。
ずっとずっと、……君を愛している。
「旅行っ!?」
期末試験も残すところ後1日となった日の放課後。
皆、早々に帰ってしまいがらんとした教室で、明日の教科の教科を勉強している山口 尚輝(やまぐち
なおき)は目の前でにこにこと笑っている綺麗な顔をした男の言葉を疑問符をつけて繰り返した。
「そう、旅行。夏休み、一緒に京都に行かない?」
ぽかんと口を開けている尚輝の間抜けな表情でも可愛いと思ってしまう男の名前は岩永 真理(いわなが
まこと)といって、国民的アイドル、岩永マコトであった。
「へぇ、旅行行くんだぁ。いいなぁ」
抱き締めたくなるような可愛い笑顔でにこっと微笑むのは石田 柊二(いしだ しゅうじ)。尚輝と真理の同級生で、現在一緒に試験勉強をしている。
「京都って言えば小学校の時、修学旅行で行ったきりだなぁ。まぁ、楽しんでこいよ」
やる気なさそうに教科書にマーカーでラインを引いていた上田 和人(うえだ かずと)が顔を上げてそう言った。
和人はその軽そうな外見からは想像出来ないほどしっかりとした男で、尚輝とは幼なじみだった。
「……」
黙ったまま教科書から顔を上げ、尚輝と真理をちらりとみて、また教科書に目を戻したのは矢尾 貴志(やお
たかし)。学年トップの成績を誇る優等生で、生徒会役員でもある。
尚輝に恋をしていた貴志は岩永の出現によって失恋してしまった。
そのためこのカップルを見る目は複雑である。
「実は夏休み、京都で撮影の仕事があってね。2,3日で終わるんだけどせっかく京都に行くんだったら、もっとゆっくりして尚輝と一緒に観光でもしたいなぁと思ってね」
行こう?と綺麗な顔を近付ける恋人にドギマギしてしまう尚輝。
寮では同じ部屋で寝起きしているものの、旅行となればまた気分も変わる。
知らない土地に行くのはわくわくする。
でも、岩永と2人っきりなんて顔から火が出るほど恥ずかしい尚輝は真っ赤になって、横に座っていた和人の腕をぐいっと引っ張った。
「和人も、柊二も、矢尾も、皆で一緒に行こう!」
尚輝の言葉に素直に喜んだのは柊二だけで、あとの面々は複雑な顔で笑うしかなかった。
ー 京都、京都でございます。お忘れ物のないようにお降り下さい ー
アナウンスが響く中、4人は新幹線を降りた。
「真理が八条口ってところで待っててくれるはずなんだけど、何処かなぁ?」
東京駅ほどではないと言え、決して狭くない京都駅をきょろきょろと見回す尚輝。
撮影の仕事がある真理は先に京都に行き、後から尚輝達が来るという形になった。
「岩永の携帯の番号解るか?」
高校生だとはいえ、寮生である尚輝達の中で携帯を持っているのは、仕事で持たされている真理ともう1人、年齢を偽って夜のバイトをしている和人だった。
とはいえ、寮で毎日顔を突き合わせる真理の番号をあえて聞くということもしなかったため、メモリには登録されていない。
「確か前に聞いた気がするけど……」
頭を捻る尚輝。和人はやれやれと二つ折りの携帯を閉じた。
「おい、八条口はあっちだ」
くるりと辺りを回ってきた貴志が声を掛ける。
「流石矢尾!」
わいわい言いながら八条口を目指す。
観光客らしい何かのツアーの老人たち。地元の人なのか明るい関西弁を操る女子高生たち。
地元の駅では感じられない関西独特の雰囲気が、皆の旅行気分を盛り上げる。
「尚輝っ!」
バスやタクシーが並ぶ八条口。
眼鏡を掛けた長身の男が尚輝の名を呼んだ。
「真理!」
駆け寄る尚輝に続く一向。
彼らを待っていたのは、今回の旅行の企画者でもある岩永真理だった。
流石に芸能人である彼が素顔でいるわけにもいかず、一応眼鏡を掛けてはいるのだが、見る人が見れば本人であることは一目瞭然だった。
試験が終わり、成績表貰ってすぐに京都に行き、仕事をしていた真理。
3日ぶりに見る恋人の顔にドキドキしてしまった尚輝は、そんな気持ちを隠すように大きな声を上げた。
「これから何処に行く?」
「まずは御昼を食べて金閣寺をちょっと見て、その後は旅館に行って今日の予定は終わり。疲れているだろうからね」
頬を染めて必死にそれを隠そうとしている恋人が可愛くて、岩永は思わず尚輝に髪に唇を落とした。
「お、おい、真理!」
慌てる尚輝と笑う真理。
完全に2人の世界を作ってしまっているカップルを見て、和人が溜息をついた。
「付いてきてよかったのかなぁ」
じりじりと照りつける太陽の下。蒸し暑い京都の地で、それに答えるものは居なかった。
「ここ、全部使っていいのか?」
尚輝は荷物を肩から落とし、唖然と口を開けた。
「そうだよ」
にこにこ笑う真理。
「すごーい、広いね♪」
無邪気に笑うのは柊二。
尚輝と同じように何も言えないのは、和人と貴志である。
今、尚輝達がいるのは京都では名のしれた旅館の離れだった。
離れと言っても20畳ほどの広間が1つに12畳の部屋が3つあり、その上露天風呂まであり、ちょっとした家のようであった。
「食事はこの広間に運んで貰えるから。あ、部屋どうする?」
部屋は広間を入れずに3つ。
恋人同士と考えると真理と尚輝、和人と貴志、そして柊二が1人となるのだが。
「貴志♪」
にこにこと貴志の腕を取るのは言わずとしれた彼の幼なじみ。
和人の頬が少し引攣るが、予測出来ていたことなのでそこまで落胆することもない。
貴志と柊二が同じ部屋と決まれば残るは3人。
「じゃあ、俺が1人……」
口を開きかけた和人の服を尚輝が引いた。
恋人と居たくないわけじゃない。
寮でも毎日同じ部屋で過ごしている。
しかし、改めてそう認識させられると恥ずかしさのあまり心とは裏腹の行動をとってしまう。
「尚輝、お前はあっちだろ」
尚輝の心を見透かすように和人が尚輝の背中を押す。
そんな和人の行動さえも、恥ずかしさで何も考えられない尚輝には逆効果だった。
「オレ、和人と一緒がいい!」
そう言って荷物を持って広間を出てしまった尚輝に真理は寂しそうな視線を送った。
「お前ら本当に出来てないんだろうなぁ?」
尚輝に続くようにして広間を出た柊二、貴志、和人。
横に並んで歩く和人に溜息をつきながらいう貴志。
「俺に焼き餅か? それとも、尚輝に?」
「……バカ」
前を歩いている柊二に気が付かれないようにそっと手を重ねる。
和人としては柊二にも尚輝達にもきちんと言っておきたいのだが、尚輝に負けず劣らず恥ずかしがり屋で素直じゃない貴志が拒否し続けているのだった。
「貴志ぃ? 顔赤いよ?」
急に振り返った柊二。繋がれた手は呆気なく振りほどかれた。
「じゃあね、和人君♪」
襖を開け、貴志の腕を引いて中へ消えていく柊二は無邪気な笑顔で和人と貴志を引き裂く。
様々な思いを孕んだ旅行はまだ始まったばかりだった。
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