| 横ですやすやと寝息を立てる柊二の顔を見て、貴志は少し微笑んだ。 幼い頃、辛い思いをした幼なじみは、中々寝つけなかったり悪夢にうなされていたりするからだ。 今日の疲れか、柊二がぐっすり眠っているのは良いが、何故か同じように疲れているはずの自分は眠れない。 何故か、なんて理由はわかっている。さっき一瞬だけ繋いだ手が、熱いのだ。 貴志は、ふぅと溜息をついた。 試験が終わり、3日ほど後に終業式が行われた。そしてそのまた4日後、つまり今日、京都に来た。 終業式は短い式と、通知表と宿題を貰うだけだった。そしてそれから4日間は家の事情で何処にも出かけなかった。 和人に、終業式以来会っていなかったのだ。 最後にキスをしたのは試験最終日に皆に隠れてこっそりと、和人の部屋で。でも深いものではなく、すぐに離れてしまった。 恋人同士なんて恥ずかしくて認めたくないし、自分から好きだなんて言ったこともない。 でも、誰にも、和人にさえ言えない言葉だけれど、……和人に会えなくて、寂しかった。 久々の声が、笑顔が、貴志の身体をおかしくする。 少し手が触れただけで、ドキドキして今も寝れない。 はぁ、と先程より少し大きな溜息をついた。 このままこうしていても、眠れないのは解りきっている。 襖を開けて、廊下を少し歩けば、和人と尚輝のいる部屋がある。 2人とも起きてたら、尚輝だけ起きてたら……「なんだか寝つけない」と言って話し相手になってもらおう。疲れているからそのうち眠れるはずだ。 2人とも寝ていたら? 和人だけが、起きてたら……? 貴志は少し赤く染まった耳を冷やすように数回、頭を横に振り、立ち上がって襖を開けた。 あまり見慣れない和室の天井を見上げて、呆れたように和人が呟いた。 「なんだお前らまだ、ヤってないのかよ?」 そんな無遠慮な幼なじみの言葉に、尚輝は赤くなると同時に、頬を膨らませた。 「だって、怖いじゃねぇか」 「あのなぁ……」 確かに同じように男と体を重ねるという行為ではあるが、和人は貴志を抱く側、そして尚輝は真理に抱かれる側である。 しかし、だからこそ、真理の気持ちが痛いほど解り、和人は深く同情してしまうのだ。 「和人が相手なら怖くないのに。なーんてな」 どうしても怖いと思ってしまう自分を誤魔化すかのように、尚輝が笑った。 もちろん、和人に抱かれるなんていう気は全くない。 そして、和人もそれは十分承知している。 「ああ、そうかよ」 布団の上に転がっていた和人がむくっと起き上がり、同じように転がっていた尚輝の両腕を固定して覆いかぶさった。 「かず……と?」 急に組み伏せられて目をぱちくりとさせる尚輝。 今の自分の状況が飲み込めていなくて、抵抗するということすら思いつかない。 思いついたとしても体格からして違う和人を押しのけるなんてことは不可能なのだが。 「怖くないんだろ?」 風呂から上がった後、旅館に備え付けてあった浴衣を着ている二人。 尚輝の目には、和人の浴衣の合わせから覗く夏の日差しに焼けて少し褐色がかった鎖骨が映る。 「……?」 真剣な表情の和人の顔が近付いてきて、尚輝は嫌なことから逃げるかのように固く目をつぶって顔を背けた。 ごつっと響く鈍い音と、額に走る衝撃。 尚輝が目を開けると目の前に和人の顔はなく、さっきまで見上げていた天井が見えた。 上半身を少し起こして横を見ると、布団の上にあぐらをかいて座り、意地悪く笑う和人の顔。 「岩永じゃなきゃ駄目なんだろ?怖いのは仕方ねぇけど、あんまり待たせすぎて嫌われても知らねぇぜ」 わかってるよ、そう呟いた声は小さくて、和人どころか尚輝自身にも聞こえない程だった。 「……なあ。尚輝」 一呼吸あってからの呼びかけ。 「ん?」 「さっきまで襖、ちゃんと閉まってたよなぁ?」 和人の言葉にそちらを向ければなるほど、襖が少し開いている。 尚輝よりも廊下に近いほうに布団がある和人が立ち上がって、5センチほど開いている襖に手をかけた。 「あ」 襖に手をかけた状態で停止する和人。 「どうかしたのか?」 布団の上に転がっていた尚輝が起き上がる。 「いや、なんでもない。ちょっと、散歩してくる」 それだけ言い残すと、お前は来るなと言わんばかりに襖をぴったりと閉めて出ていく和人の背中を尚輝は呆然と見送った。 「変なやつ。ま、そのうち、帰ってくるだろ」 誰にともなしにそう呟いて、もう一度布団の上に転がる。 尚輝の頭の中は先ほど和人に言われた言葉と、真理のことでいっぱいだった。 真理のことは好きである。 男同士だとか、そんなことが見えなくなるぐらいに好きだ。 でも、身体に触れると、男なんだということが実感できて、受け入れる側であろう自分に恐怖するのだ。 通常は排泄器官として使っているソコに真理を受け入れる。 「ぜってぇ、無理」 尚輝は大きく溜息をついた。 いくら真理のことが好きでも、やっぱり恐いという感情が先に来てしまう。 昔は何も考えずに大好きだと言えたのに。 幼稚園の頃大好きだったまこちゃんのことを思いだして、尚輝はまたむくりと起き上がった。 あんなに大好きだったまこちゃんを、何故忘れたのだろう? 布団の上であぐらをかいて腕を組み、首を傾げる。 いくら物心ついたばかりの子供だからといってあんなに大好きだった子を忘れるはずが無い。 まこちゃんが引っ越していってしまう日だって、わんわん泣いて、泣いている自分につられて弟や妹達も泣きだして母さんが困ってたっけ。 幼稚園も随分休んだ気がする。 その時、小学生だった姉貴が……。 くるくると過去の記憶を辿っていた尚輝は絡まっていた糸がするすると解けていくのを感じた。 「なんだ、オレってバカだな……」 もう一度、ばふっと布団に倒れ込んで、尚輝はくすくすと笑っていた。 「それにしても、和人遅いなぁ」 疲れているはずなのに旅行ということで興奮してしまっている尚輝に、先に寝ておくなんてことは出来ない。 ぴったりと閉められた襖を開けて、ひんやりと冷たい、よくワックスの効いた板張りの廊下を歩く。 白熱電灯の黄色っぽい明かりの少しだけ歩き、柊二達の部屋の襖を開ける。 布団が二つ並べてあり、一つはカラだ。 奥ですやすやと眠っているのは柊二か矢尾か、よく解らない。 「どっちかと一緒って事だよなぁ」 眠っているもう1人の方を起こさないように静かに襖を閉める。 「真理のところかなぁ」 すたすたと廊下を歩く。 夜の廊下は何だか少し怖い。 幽霊や何かの類いを信じていなくてもやっぱり暗闇や小さな物音にドキッとしてしまう。 ー カタン ー びくっと尚輝の体が震える。 風呂場の方から聞こえてきた気がする。 ここの風呂場は温泉になっていて、昼間、観光に出ている間に旅館の人が来て掃除をしてくれるらしいので夜でも入れる。 尚輝は深く考えずに風呂場の方へと向かった。 脱衣所の明かりが煌々と廊下までのびている。 磨りガラスになっていて、中の様子は殆どわからない。 「散歩から帰ってきて風呂でも入ってんのか?」 尚輝がそう考えて扉に手をかけたとき、中から篭ったような声が聞こえてきた。 普段の尚輝なら絶対に音をたてて勢い良く開けるのだが、夜中で何だか怖いということもあるのか、自分でも気が付かないうちに音を立てないようにそっと開けていた。 中にいるのは……旅館に備え付けてあった浴衣姿の二人。 一人は壁に背をつけていて、こっちを向いているが、もう一人がそのすぐ前にこちらに背を向けて立っていて、二人とも顔が見えない。 身長から言えば和人と矢尾だろうか?と尚輝が考える。 「あ……んっ…………」 突然二人の方から聞こえてきた甘い声にドキっと胸が跳ねる。 布の擦れる音。 よく見れば壁に背をつけているほうの帯は床に落ちていて、前が開かれている。 「……矢尾っ!?」 思わず声に出しそうになって慌てて飲み込んだ。 キスをしていたらしい二人の顔が離れ、壁に背をつけているほうの顔が見えたのだ。 目に少し涙を滲ませて、頬を赤く染めて相手の顔を見上げている表情は、いつものクールな矢尾からは想像できないほど色っぽく、扇情的だった。 見たことの無い友達の表情に目を奪われてしまってまったく動けない尚輝。 尚輝が見ているなど全く気が付く様子もない二人は行為をエスカレートさせていく。 矢尾の前に立っている男が矢尾の首筋に唇を落とし、そのまま胸に移動する。 矢尾の手が、男の茶色い髪を梳く。 茶色い髪……。 やっぱり和人だ。 二人の行為に頭が真っ白になってしまい、長年見続けてきた目立つ茶髪に気が付かなかったのだ。 時折零れる矢尾の甘い声、和人の指の動き、濡れた音。 長い時間、尚輝は呆然と二人の行為を見ていた。 「んっ……うえ……だ……」 矢尾が聞いたことのない声で和人を呼ぶ。 尚輝は、はっと気が付いて震える手で細心の注意を払って扉を閉めた。 足音を立てないようにと思っても焦って中々出来ない。 そして、なんとか脱衣所の明かりが見えないところまで行くと、逃げるように部屋に戻った。 |
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