クリスマスのイルミネーションに彩られた町の中の小さな公園で、一人の女の人がぼんやりとベンチに座っています。
友達とショッピングに行く約束をしていたのですが、待ち合わせ場所に着いてすぐに、その友達から電話がありました。
「ゴメンっ!メグミ。急に彼氏に誘われちゃった。ほっんとにゴメン。この埋め合わせはゼッタイにするからね!」
一方的にそれだけ言うと、返事も聞かずに電話を切られたのでした。
一人でいるのには慣れていますし、クリスマスの時期に町中が恋人たちのものになっても気になることはありませんでした。
でも・・・。
「この季節に、彼氏がらみでドタキャンかぁ・・・、フリーの身にはこたえるなぁ・・・」
思わず呟いてしまいました。
そんなわけで、なんとなく何もする気になれずに、そのまま待ち合わせ場所の公園のベンチに座っていたのです。
クリスマスムードに包まれた町の様子を眺めていると、恋人たちだけしか歩いていないような気になってきました。
一人でいる人を見ても、それは恋人のためにプレゼントを買いに来ているように思えてしまいます。
「クリスマスまで、まだ日にちがあるんだから、今からこんな雰囲気にしなくてもいいのにさ」
独り言も愚痴ばかりになってしまいます。
そんな町の中に、メグミの目を引くものがありました。
青い色をした小さな生き物。
遠くから見ても、ぷるぷるのぽよぽよだというのが分かります。
チャオです。
町の中を、ちょこちょこと歩き回っています。
しばらくウロウロしていましたが、ショウウィンドウの中のクリスマスツリーを見つけると、そのままジッと見続けています。
メグミは、そんなチャオの様子を見つめていました。
そして、チャオがひとりでいることに気がつきました。
普通のチャオは、ご主人さまといっしょにいるものなのですが、このチャオのそばには、それらしい人はいませんし、チャオ自身も、ご主人さまを探しているような感じはしませんでした。
「迷子・・・かな?それとも、あのコもフリーなのかなぁ?」
そんな一方的な親近感を持ってメグミはチャオを見続けました。
チャオは、ショウウィンドウのクリスマスツリーを見ていましたが、しばらくするとその場を離れました。
またウロウロし始めましたけど、クリスマスの飾りに興味を惹かれるのか、クリスマスツリーやイルミネーションのそばを通るたびに、歩きながら見ていたりします。
そんな感じでなので、色々な物に当たりそうになったり、人にぶつかりそうになったりしています。
そのうちに、車にひかれそうになったのを見て、メグミはベンチから立ち上がりました。
「あぶないよ」
そう声をかけながら、メグミはやさしくチャオをだっこしました。
ひさしぶりに見た町は、クリスマスの飾りでキラキラと輝いていました。
そんな町を見たチャオは、ここになら探しているものがきっとあると思いました。
だから、思い切って町の中にまで入ることにしたのです。
人に出会うことにはちょっとドキドキしました。
でも、素敵なクリスマスの飾りにワクワクしながら、町の中を歩いていました。
そして、あるお店のショウウィンドウの中に、とっても大きくてきれいなクリスマスツリーを見つけたのです。
大きなモミの木にピカピカと輝く小さな光。
白い雪化粧と色とりどりな飾り。
そして、ツリーのてっぺんには、大きなお星さまがありました。
こんな素敵なクリスマスツリーを見るのはいつ以来だったでしょう。
チャオは、このツリーをそのまま持って帰りたいと思いました。
でも、ガラスの向こうのクリスマスツリーには、手が届きそうにありませんでした。
クリスマスツリーを持って帰ることはすぐにあきらめたチャオでしたけど、それでも素敵なツリーからなかなか目を離すことができませんでした。
でも、クリスマスツリーを見るために町に来たわけではないので、思い切って歩き出すことにしました。
それでも、町中にあるクリスマスの飾りに、ついつい惹かれてしまいました。
何かにぶつかりそうになったことにも、ぜんぜん気がつきませんでした。
そんな時でした、誰かにやさしくだっこされたのは。
ご主人さまと別れて以来、触れることのなかったぬくもりに、チャオは懐かしさを感じ、そして、ほんの少し拒絶したいと思いました。
「ご主人さまとはぐれたのかな?でも、こんなところでウロウロしてたらあぶないよ。ね、公園で待ってよ、きっとご主人さまが迎えに来てくれるからね」
そういうと、メグミはチャオを連れて、さっき座っていたベンチに戻りました。
ここからなら大通りがよく見えますし、大通りからも見えやすいので、このチャオのご主人さまを見つけることは、難しくないはずです。
小さく見えるクリスマスツリーを眺めたり、遠くから聞こえてくるクリスマスソングに耳を傾けたり、時には静かに歌いながら、ふたりは、チャオのご主人さまが来るのを待っていました。
お日さまの暖かさを楽しみました。
素敵な夕焼けを見ました。
一番星の輝きを、真っ先に見つけました。
そして、夕闇の中にきらめくクリスマスイルミネーションに感動しました。
でも、ついにチャオのご主人さまは現れませんでした。
すっかり暗くなった公園で、メグミはチャオに話しかけました。
「きっと明日には迎えにきてくれるよ。でも、今日はもう遅いから、うちにおいで。明日また、ここに来ようね」
こうして、ふたりはメグミの部屋に帰ることにしました。
クリスマスムードいっぱいの町の中とは対照的な静かな部屋でした。
ただひとつ、小さなクリスマスツリーだけが、クリスマスが近いことを感じさせていました。
でも、そのツリーには何の飾りもつけられていませんでした。
ひとりで過ごす誕生日も嫌なものですけど、ひとりっきりのクリスマスも寂しいものです。
だから、ツリーに飾りをつけるつもりはなかったのです。
チャオは、そのクリスマスツリーに気づくと、不思議そうにメグミの顔を見つめました。
「誰も来ない部屋にクリスマスツリーを飾っても仕方ないもんね・・・」
メグミは独り言のように、そう答えただけでした。
次の日、ふたりは朝から公園にいました。
チャオのご主人さまを待つためでしたけど、夜まで待っても、やっぱり迎えに来てくれませんでした。
クリスマスイルミネーションに飾られた道を帰りながら、メグミはこのチャオのことを考えていました。
そして、部屋に帰ると、その考えを口に出しました。
「ねぇ、キミ、ご主人さまが迎えにくるまで、私といっしょに暮らそうよ」
チャオは、その提案に、ちょっと驚きました。
そして、ちょっと嬉しいと思いました。
でも、ちょっとだけ迷惑だと思いました。
だけど、ひさしぶりに受けた、人のぬくもりを、今は受け入れてもいいと思いました。
「そうだ、名前を考えないといけないね。どんな名前がいいかな?」
チャオをだっこしたまま、メグミは色々な名前を考えてみました。
チャオの顔を見つめたまま、長い間考え込んでみたり、ぎゅっと抱きしめながら考えたり、時にはチャオを色んな角度から眺めながら考えていました。
「なかなか決められないなぁ。そうだ、キミに決めてもらおうか。今から、いくつか名前を言うから、気に入ったのがあったら教えてね」
そう言うと、メグミはチャオをテーブルの上に乗せました。
「まずは・・・『ブレイブ』、勇気、どうかな?」
メグミはなかなか気に入っているようですが、チャオは首を傾げています。
どうやら気に入らないようです。
「う〜ん、じゃあ、『スフィア』なんてどう?いい響きでしょ?」
やっぱりチャオは気に入らないようです。
今度は、頭の上のポヨが「グルグル」になってしまいました。
「あう、そんなに気に入らないかなぁ・・・、それじゃあ・・・」
メグミが次の名前を考えていると、チャオは近くにあったエンピツを手にすると文字を書き出しました。
ア・オ・バ
それは、チャオのご主人さまがつけてくれた大切な名前でした。
今は、遠く離れてしまったご主人さまですが、この名前があるかぎり、いつか再会できると信じているのです。
だから、チャオはメグミにも、この名前で呼んでもらいたいと思ったのです。
「アオバ?そっか、これがキミの名前なんだ。いい名前だね」
このチャオに、こんな素敵な名前をつけてくれたご主人さまを想像しながら、もう一度メグミは名前を呼びました。
「アオバ」
本当の名前で呼ばれたチャオ、アオバはとっても嬉しそうにしています。
「そうだ、アオバ。明日クリスマスツリーの飾りを買いにいこうよ」
飾るつもりのなかったクリスマスツリーでしたけど、アオバが、町でクリスマスツリーに見入っていたことを思い出して、メグミは飾りつけをしようと思ったのでした。
次の日、メグミはアオバといっしょに町に買い物に来ました。
昨日までは、なんとなく避けていたクリスマスムードの真ん中は、でも、やっぱり気持ちのいい所でした。
アオバといっしょにクリスマスの飾りを選ぶのは、恋人・・・今はいないのですけども・・・と選ぶのとは、また違った楽しさがありました。
素敵なガラスの飾りを見て、メグミは思わずアオバのポヨと見比べてしまいました。
アオバは、小さな宝箱の飾りには、本当にプレゼントが入っているように思いました。
天使の飾りにある羽は、アオバについている羽にそっくりでした。
他にも、リボンや、トナカイ、長靴など、色々な飾りがありました。
メグミは、その中から、いくつか気に入ったものを選びました。
アオバが選んだのは、クリスマスツリーのてっぺんにつけるお星さまの飾りでした。
『スター(星)』と書かれたコーナーの中でも、一番大きなお星さまが、特に気に入ったみたいです。
「そんな大きなお星さまは、うちのツリーには合わないよ」というメグミの言葉にも聞く耳を持ちません。
結局、どうしても欲しそうなアオバに負けて、メグミは大きなお星さまを買うことになってしまいました。
部屋に帰ると、いよいよクリスマスツリーの飾りつけです。
ふたりで選らんだ飾りを、ふたりでつけるのは、なんだかとっても嬉しいことでした。
きらきら輝くライトを飾りつけた時は、他の飾りをつける前に思わず点灯させてみたりして、なかなか飾りつけが進まなかったりしましたけど、そんな時間も大切に思えました。
トナカイの飾りも、リボンの飾りもつけました。
ガラスの飾りも、天使の飾りも光り輝いています。
あとは、アオバが大事に持っている、大きなお星さまの飾りをつければ完成です。
アオバは、ちょっと迷った素振りをしましたが、メグミにだっこしてもらって、ツリーのてっぺんにお星さまを飾りつけました。
てっぺんの大きなお星さまが大きすぎて、ちょっぴり変なクリスマスツリーになってしまいましたけど、ふたりの気持ちのこもった素敵なクリスマスツリーができあがりました。
「アオバのおかげで、今年は楽しいクリスマスになるわね」
メグミが嬉しそうに話しています。
それを聞いたアオバは、ちょっとの間だけ暗い顔をしました。
でも、すぐに、いつもの表情に戻ると、嬉しそうにクリスマスツリーを見ました。
メグミも、そんなアオバを見て、嬉しくなりました。
やっぱり、クリスマスツリーは、みんなを楽しくしてくれます。
そして、何日かが過ぎて、いよいよクリスマスが間近になったある日のことでした。
アオバが、朝からずっと窓の外を見続けていました。
メグミは、最初はいっしょに眺めていたのですが、そのうちに心配になってきました。
「どうしたの、アオバ?」
やさしいメグミの声を聞いたアオバは、なぜか涙を流したのです。
アオバは、メグミといっしょにいた何日かの間、本当に幸せだと感じていました。
でも、その幸せな暮らしを、ずっと続けてはいけないと思ったのです。
メグミを、ご主人さまと同じくらい好きになっていました。
でも、このままメグミといっしょにいたら、ご主人さまが迎えに来てくれた時どうしていいか分からなくなってしまいそうなのです。
今なら、まだ、メグミのそばを離れることができそうです。
「必ず迎えに来るからね」
最後に聞いたご主人さまの声を、アオバは今ではっきりと思い出すことができます。
だから、アオバはメグミの元を去る決意をしました。
そして、同じような境遇の友達のいる森に帰って、ご主人さまが迎えに来てくれるのを待ち続けるのです。
その森でも、みんなでクリスマスツリーを飾りつけることにしていました。
今頃、みんなで、色々な飾りを用意しているはずです。
アオバも、町に来る前に森の中で、いくつかの飾りを見つけてきました。
でも、いくら探しても、本当に欲しい飾りはありませんでした。
だから、思い切って森を離れて、この町まで来たのでした。
アオバは、窓の外の遠くの山を手で指して、メグミの目を見つめました。
切なそうなアオバの目を見て、メグミは分かりました。
「そっか・・・、帰るのね。ご主人さまに会えるといいね」
ペコリとオジギをして、アオバはメグミの部屋を出ていこうとしました。
「待って、アオバ」
メグミは、立ち去ろうとするアオバを呼び止めました。
「アオバ、これを持って行って。キミはこれを探すために、この町に来たんでしょ?そんな大切なものを忘れていっちゃダメだよ。このお星さまは、大きくて目立つから、きっとご主人さまに見つけてもらえるはずだよ」
そう言うと、メグミは、クリスマスツリーのてっぺんにある大きなお星さまを外しました。
アオバは、お星さまを抱きしめながら、何回もオジギをしました。
そして、エンピツを持つと、たどたどしい手つきで字を書きました。
ア・リ・ガ・ト・ウ
もう一度、オジギをすると、アオバは走り去りました。
まるで、振り返ると別れることができないかのように、まったく後ろを見ることはありませんでした。
部屋にひとり残されたメグミは、アオバと出会ったのが夢だったように思いました。
でも、「アリガトウ」の文字と、お星さまの飾りのないクリスマスツリーが、アオバが本当にいた証になっていました。
「さよなら・・・」
クリスマスイブのチャオの森では、チャオたちみんなでクリスマスツリーの飾りつけをしていました。
みんなで集めた飾りをツリーに飾っています。
いくつもの素敵な飾りの中でも、ひときわ輝くお星さまを見つけてきたチャオがいました。
クリスマスツリーのてっぺんを飾る、大きなお星さまです。
そのお星さまがクリスマスツリーのてっぺんに飾りつけられた時、そのチャオ、『アオバ』は、そのお星さまをくれた人のことを思い出していました。
その人は、ご主人さまと同じくらい大好きな、もうひとりのご主人さまなのです。
おわり
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12月の迷子