「疑わしきは罰せず」
本来、裁判のあるべき姿である。
しかし、多発する犯罪、犯罪者の低年齢化という問題が、その基本をも危うくしていた。
無罪となった「疑わしき者」が、新たな犯罪を起こすという悪循環も、すでに現実のものとなっていた。

この局面において、司法は一つの決断を下した。
人の心を映す鏡と言われる「チャオ」を、裁判の重要な証拠の一つとしたのである。


「被告人を有罪とする証拠はない。しかし、無罪とするにもいたらない。
そこで、被告人を『チャオ裁判』にかけるという検察の申請を認めることとする」

ふっ、まぁ、そんなこったろうと思ってたぜ。

動機もある。
状況証拠も揃ってる。

だが、そこまでだ。
肝心の証拠もなければ、自白もない。

このまま最高裁までいっても有罪になることはないだろうぜ。
検察もそのことは十分分かってるってわけだ。

まぁ、奴等にしたら上出来な判断だな。
だが、そう簡単に思い通りにはいかないぜ。


「ここに生まれたばかりのチャオがいる。被告人は、このチャオと1ヶ月の間、共に生活し、心をチャオに映してもらうこととする」

通り一遍の宣言には、何の感銘も受けなかったが、生まれたばかりのチャオを見た時は、少し懐かしさを感じてしまった。

またチャオを育てることになるなんて考えもしなかった。
裏街道を生きてきた俺には、もうチャオなんて別世界の生き物になっていた。
だが、こんな俺にもチャオを育てていた頃があったんだ。


初めてチャオを育てたのは、小学生の時だったか。
思えば、ニュートラルのチャオに育ったのは、この時だけだったな。
あいつが転生したのは、俺が中学の時だった。
そして、あいつはダークチャオに進化したんだ。

今でこそ、こっちの世界で生きる素質が、あの頃からあったんだと思っているが、あの当時は結構悩んだもんだ。
思い通りにチャオを育てたくて、チャオ育成関連の本も、かなり読み漁ったもんだ。
残念ながら、何回転生してもダークチャオにしかならなかったけどな。

おかげで、周りからは、かなりいじめられたんだ。

ダーク!
ダーク!!
ダーク!!!

まるで、極悪人のような言われようだった。

それは、高校を卒業してからも続いた。
ダークチャオと一緒にいるだけで、周りはみんな犯罪者のような目で見やがった。

だったら、本当の極悪人になってやる。
そう決めてからは、俺は自由になったんだ。

何度も警察の世話にはなった。
もう表の世界には帰れないことは分かっている。
だが、俺は何も後悔していない。

ただ、この世界で生きることを決めた時に別れた、あのダークチャオがどうしているかが少し気になるくらいだ。
いじめられて落ち込んでいる俺を、おどけて元気づけようとしてくれたあいつに、俺はどれだけ救われたことか。
まぁ、結果的に、あいつを裏切ることになってしまったがな。
あいつは、今もどこかで元気に暮らしてるんだろうか・・・。


そんなことを考えながら、俺はチャオを連れて久しぶりに自分の部屋に帰ってきた。
もちろん、チャオの好物の木の実はたっぷり買ってきてある。

このまま、普通に育てたらダークチャオになるのは目に見えている。
愛らしいチャオを見ていると、可愛がらずにはいられない。
だが、今それをするわけにはいかないんだ。

「お互い、1か月の辛抱だ」

俺はそう言って、チャオの頭をなでてやった。
この先、1か月は触れることの出来ない柔らかな感触を、俺は名残りを惜しみながら味わっていた。


部屋いっぱいに木の実を並べておけば、チャオは勝手に食べてくれるだろう。
お腹を空かせたチャオが、悲しそうな目で俺を見ているが、直接木の実をあげるわけにはいかないんだ。

遂に空腹に耐えかねてチャオが泣き出してしまった。
すぐ近くに木の実がたくさんあるってのに、どうして自分で食べてくれないんだ。
やはり、生まれたばかりのチャオに自分で木の実を見つけろってのは無理があるのか?

仕方がないから、俺は足でチャオを木の実の方へ押してやった。
傍から見れば、チャオを蹴ったように見えるだろうし、チャオもそう感じたに違いない。
だが、おかげで、チャオは木の実に気づいて、自分から食べてくれた。

こんなことを何回か繰り返しているうちに、チャオはお腹が減って泣く前に自分で木の実を拾って食べるようになった。
これで、俺も多少は辛い思いをしなくてすむようになったわけだ。

だが、念には念を入れて、時々、チャオを蹴るような真似をしなければならなかった。

こんな嫌な思いをするのはいつ以来だろうか?

しかし、それもあと数週間の辛抱だ。
こいつが、ヒーローチャオになりさえすれば、俺には明るい未来が拓けてくるんだ。

もちろん、その時には、こいつに詫びなければならないな。
今までの分を、取り戻すくらい、十分に可愛がってやろう。

もうしばらくの辛抱だ。


チャオ裁判も、あと一週間となって、俺とチャオは拘置所に入った。
進化するまでの最後の一時をここで過ごすわけだ。

もう無理やりチャオをいじめる必要はなかった。
うっすらと白くなったチャオが、俺の未来を象徴しているようだ。


裁判官や検察官たちが見守る中で、チャオはマユに包まれていった。
そして、マユがゆっくりと消えていき、中から白い色をしたチャオが現れた。

ヒーローチャオだ。
俺のチャオは、ヒーローチャオに進化したんだ。

こいつを見た時の検察官の顔は見物だったぜ。
あるはずのない物を見た時の人間の表情ってのは、こうなるって見本みたいだったぜ。

さて、これで、俺も無罪放免ってわけだよな。

しかし、俺の優越感も裁判官の一言で消え去ってしまった。

「被告人は、そのチャオを抱き上げるように」

ちょっと待て。
ちょっと待ってくれよ。
そんなことをしたら、どうなるか・・・。

「何を言ってるんだ?俺のチャオは、ヒーローチャオに進化した。それで十分じゃないのか?」

そんな抗弁も役には立たなかった。
俺は、この命令に従うしかなかった。


俺は、恐る恐るヒーローチャオに近づき、祈るような気持ちで抱き上げた。

じたばた。
じたばた。

ヒーローチャオは、俺の腕の中で、そんな形容しかしようのない動きをしていた。

頼む。
ちょっとだけ辛抱してくれよ。
あと5分、いや3分だけでいいから、おとなしくしてくれ。

じゃないと、俺の未来が、いや、俺たちの未来が閉ざされてしまう。
都合のいい未来かもしれないが、俺はおまえとの未来に希望を持ってるんだ。
頼む・・・。


しかし、願いは通じなかった。

裁判官が冷酷に言い放った。

「チャオは被告人に抱かれることを極度に嫌がっている。被告人が通常ならざる育て方をしたからであることは明白である。それが意味することは、チャオが被告人の心とは反対の姿に進化したということである」

そんなことは言われなくても分かってるよ・・・。

「この状況で、ヒーローチャオに進化したということは、被告人の心に邪なものがあったことの証明となる。そして、それは被告人を有罪とするに十分な証拠となる」

それも言われるまでもないさ・・・。
あれだけのことをしたんだ、一生ムショ暮らしになっても当然だ・・・。

だが、最後にこれだけは言わしてくれ。

俺は、まだ話を続けようとする裁判官を制してヒーローチャオの前に来た。
そして、ヒーローチャオの目線に合わせてしゃがみこみ、一言だけ言った。

「信じてもらえないだろうが、俺はおまえを愛してるんだよ」

シャバの最後に、おまえと暮らせて幸せだったぜ。
おまえのおかげで、忘れていたものを思い出せたような気がする。

いつになるか分からないが、戻って来れた時は、またチャオを育ててみようと思ってる。
どうせダークチャオになるだろう。
だが、それが俺がチャオを愛した証なら、誰に恥じることもないさ。

最後に振り返った時に見たヒーローチャオの目に、怯えの色がなかったことが唯一の救いだった。
たとえ、それが俺が離れて行くからだったとしても。

俺はおまえの幸せを祈ってるよ。
元気でな、バイバイ。




おわり





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チャオ裁判 その2