■プロローグ■

 

そこは感情の無い世界だった。

青いはずの空も、遠くの緑に染まる山も、黒い闇が包み込んでいる。

誰もが、心の必要の無い世界で、機械人形のように動いていた。

毎日のように戦って、毎日のように目の前で人が死んでいく。

時間が経つにつれて、自分が無くなっていく世界。

そんな場所に、存在するはずの無い物があらわれた。

感情の一粒。

心の一線。

言葉の一様。

それは人を白く染める。

それは人を黒く変える。

 

 

 

〜心は闇の中〜

 

 

 

山に、夕日がさしかかる。

赤い光は、木々の間を抜けて、影を残した。

ここは戦場だ。

傍らには土に汚れた戦車。そして、手には自動火球銃。

遠くから、仲間の笑い声が聞こえてくる。さっきまでの戦いを忘れるために笑うのだろうか。

その仲間の輪に入る気になれず、草野優(くさの ゆう)はため息をついた。

いつの時代も、人は同じことをしてしまうんだな。

命のやり取り・・・他の知的生物が聞いたらそろって辞書を広げるだろう。

この世界で、最も必要の無い言葉だ。

視線をゆっくりと上げる。

赤い光を放っていた太陽は、ほとんどが山に隠れてしまっていた。

もうすぐ、夜が来る。

「あの・・・」

「ん?」

近くから、声が聞こえた。

優は無意識に声が聞こえた方向に顔を向ける。

少女がいた。

少し青のかかった髪に、黒く深い瞳。

夕暮れを背景として、戦場には似つかわしくない白い服―――戦場看護婦の証だ―――が赤く染まっている。

「草野・・・優さん、ですか?」

その少女は、そう言った。

まだ、二十歳にもなっていないのだろうか。

少女の特権である真っ直ぐに澄んだ声色だった。

「ああ、そうだよ」

それだけを返すと、何が嬉しいのか、少女は微笑んだ。

「はじめまして、わたしは香春緑樹(かわら りょくじゅ)。みなさんからは、春(はる)と呼ばれています」

かわらりょくじゅ? はると呼ばれている?

「・・・なんでだ?」

「・・・あれ? そういえば、なんででしょう?」

不思議ですね。と笑って、少女は優の隣に座った。

「今日は、ありがとうございました・・・優さん、と、お呼びしてよろしいですか?」

「ああ、それはかまわないけど・・・俺は礼を言われるような事してないぞ」

少女とこうやって話すのは、今日が初めての事のはずだ。

その少女が、礼を言いに来る理由がわからない。

「今日も、優さんに助けてもらったんです。昼の、森の時ですけど、あの女の子が、わたしなんです」

「・・・あぁ。あの時か」

しばらく考えて、ようやく思い当たった。

今日の昼、味方の前線部隊からの応援要請を受けて、進軍している時だった。

補給物資を持って、対レーダー妨害装置を装備し、敵に見つかる事は無いはずだった。

しかし、ステルス装置―――物体を透明にする装置―――による突然の奇襲があり、補給物資は吹き飛ばされてしまったのだった。

その爆発に驚いていた少女の手を引いて、優は森の中に隠れさせたのだった。

「でも、物資は吹き飛んじまったけどな」

その後、敵の奇襲部隊は撃退したものの、前線にいた味方からの連絡は途絶えた。

いつか、この場所にも敵は来るだろう。

「君も、助けられた事なら気にしなくていいぞ」

「君ではなくて、名前で呼んでくれると嬉しいです」

「わかった。春」

「む〜・・・。優さん、いじわるです」

少女・・・春は、子供のように頬をふくらませてみせたが、全然怒っているようには見えない。

さっきまでの緊張感を和らげてくれるような気がして、優は心の中で苦笑した。

「優さん。今日、何の日か知ってますか?」

「・・・いや。わからない」

ここに兵士として来てから、結構な日が過ぎているはずだ。

けれど、いつ頃にここに来たのか。思い出せない。

まだ2、3日しか経っていないとも感じられれば、もう1年以上前のような気もする。

「何日、だっけな」

「2月の14日、バレンタインですよ」

「そっか・・・もう、そんなに経つんだな」

いつの間にか、冬がきていたのか。

正月というものがなかったから、気づかなかったのだろうか。

春は立ち上がると、服をたたいて土を払った。

くるりと振り返って、手を差し出す。

その手の上には、透明な袋に入った黒い塊。

「チョコレート?」

完全な丸ではないのは、手作りだからだろうか。

この場所からは私情で動く事はできないはずなのに、どうやって材料を手に入れたのか・・・?

「味も、保証しますよ」

そんな優の疑問をよそに、ニコッと春は微笑んだ。

けれど・・・。

「俺はまだ、受け取れないよ」

「・・・え?」

彼女の笑顔に、不安の陰がさす。

それを見て、慌てて優は続きを言った。

「今もらっても・・・えっと、戦争が終わってからの方がいいと思うから・・・」

戦場でチョコを食べるわけにもいかないだろう。

そんな事をすれば、本気で銃殺されかねない。

「・・・あ、そうですね。今は、ダメですよね」

その事に気づいたのか、春のみせていた不安の色が消えた。

「ごめんな。すぐに受け取れなくて・・・」

「いえ、仕方ないですから。そのかわり、約束ですよ。戦争が終わったら、チョコレート、受け取ってくださいね」

「ああ。もちろん」

不謹慎だろうか。

いつ敵が攻めて来るかもわからないのに、こうやって、話し込むというのは・・・。

優には、この少女が春と呼ばれる意味がわかった気がした。

人をやわらかな布で包み込むような、優しい暖かさ・・・。

 

戦場に、あるはずのないもの。

二人の中に眠っている気持ち。

その気持ちに、優も、春も、まだ気づいていない。

それが恋だと気づくのに、遅すぎた。

 

優と春の間を、白い光が通り抜けていった。

「あ・・・雪・・・」

小さな結晶が、光の軌跡を残して落ちていく。

夕暮れの赤い光を浴びながら、その中の純白の色を失わない雪。

光は、ふわふわと宙を彷徨いながら、いつの間にか消えている。

「・・・綺麗ですね」

「そうだな・・・これで冷たくなかったら、いいんだけどな」

いいえ、と、春は首を横に振った。

「雪は、暖かいです。雪は世界を凍らせるけど、心を暖めてくれます。地面も、空も、白で包んでくれて、わたし達の隙間をうめてくれるから・・・」

―――だから、綺麗なんです。

―――だから、暖かいんです。

「そう・・・だな。そうだといいな」

「はい」

本当に嬉しそうに、春は頷いた。

いずれこの雪が降り積もって、世界が白く染まれば、その時、戦争は終わるのだろう。

この事を、全ての人が知ったなら・・・いや、知っていたなら・・・。

「こんなところにいる必要も、なかったのにな」

「え? なんですか?」

キョトンとする春に、なんでもないよと言って、もう一度、空を見る。

白い平和のかけらは、少しずつその量を増していく。

それは、人が平和を望む数だけ、振り続けるかのように・・・。

春は、この雪が止む事の無いように願った。

 

―――轟音

「きゃぁ!?」

衝撃が走った。

視界が赤に染まり、大地が揺れる。

炎の上を、黒い煙が立ち昇っていく。

春は、驚いたように呆然とそれを眺めている。

敵だ。

それを悟った瞬間、優は右手に自動火球銃、左手に春の手を引いて、走り出していた。

「わ・・・あわ。優さん!?」

「しゃべるな!」

春の抗議を一喝して、爆発が起こった場所とは反対の方向に走る。

後ろからは銃撃の音、その音が止めば爆発の音が聞こえ・・・そして、悲鳴。

それでも、今は離れなければならない。

森の中に飛び込んで、木々の間を走り抜ける。

すでに夕日は沈んで、森の中はほとんど見えず、かなり走りにくいが、それもかえって都合がいいかもしれない。

ここなら、いい隠れ場所になる。

優は加減して走っている様子はないが、それでも春はしっかりと付いて来ている。

しばらく走り、赤い光が見えなくなった所で、優は足を止めた。

体力が尽きたというわけではないが、あまり遠くに行き過ぎるのも意味がないと思ったからだ。

座りこんでしまっている春の肩に手を置き、

「俺はもう一度戻る。けど、春は絶対にここを動くな!」

隠れても、いずれ敵に見つかるだろう。

こんな装備では、逃げる事も出来ない。

「・・・っ、優さん?」

「いいか、絶対に動くなよ!」

時間を稼がなくてはならない。

念をおして、優は走り出そうとし、

「あ、待って下さい!」

「なんだ!?」

春に呼びかけられて、優は走り出そうとした力を抑えつけた。

「・・・本当に、戻ってきてくれますか・・・?」

春の、震えた声。

不安と恐怖、負の感情が、少しずつ迫ってきている。

「ああ。絶対戻ってくる・・・できれば・・・」

「できればじゃないです!」

急に声を荒げた春に、優は驚いた。

春の頬を流れる涙に・・・。

「約束、しましたよね?」

弱く、そして、大きく、春は言葉を繋いだ。

―――戦争が終わったら、受け取ってくれるって

その言葉は、優の心に、重くのしかかった。

いまだに続く銃声と爆音も、今、この空間にはまったく響かなかった。

壁があるかのように、音が止んでいる。

お互いに、もう気持ちはわかっていた。

あとは、それを伝えるだけ・・・。

ハッと、何かに気づいたように、優は空を見上げた。

春も、それにつられて空を見上げる。

「・・・っ!」

そして、春も気づいてしまった。

優は、答えを返さないまま、走り出していた。

「優さん!」

春が、呼びかける。

優は、もう振り返らなかった。

暗い森の中を走りながら、優の心は闇の中を進んでいった。

空を見上げても、雪は降っていなかった。

そして、地面は硬い土を覗かせていた。

まだ、世界は白に染まっていなかった。

 

■エピローグ■

 

右手に自動火球銃を無造作にぶらさげて、少女は一人、歩いてた。

ふと、少女の視界に、何かの影が動いた。

何のためらいもなく、重い自動火球銃を持ち上げて、その影に向けて引き金を絞る。

自動火球銃から放たれた赤い力線は、その影に吸い込まれるようにのびていく。

接触。

光が輝き、音が走り、最後に爆発が起こる。

影は、その中にのみ込まれた。

銃など、握った事すらないのに、その狙いは正確だった。

殺戮の道具。

こうやって、少し力を入れるだけで、簡単に殺してしまう。

それは、少女にとって便利な道具だった。

「なんで・・・雪。止んでしまったのかな・・・」

この銃の持ち主は、少女ではなかった。

その持ち主は、約束を残して、消えてしまった。

そして、同時に、心を残して・・・。

「優くん・・・」

ポツリと呟いて、少女は歩き出した。

黒い心。

雪が降っても、白く染める事はできない。

 


あとがき


祐一:・・・
 漣:いや、沈黙されても困るし・・・誰かコメントプリーズ
祐一:オリキャラ、だよな?
 漣:うみゅ、そうだよ。名前考えるのに一番苦労した
 優:俺はありがちな名前だけど?
緑樹:わたしは特殊すぎです
 漣:うぐぅ・・・
祐一:ところで、連載中の「創って作る物語」はどうなったんだ?
 漣:・・・善処いたします
祐一:・・・あとで謎ジャムの刑な
 漣:うぐぅ・・・がんばるよう・・・でわ、以下、真面目なあとがきです

こんにちは。皐月漣です。
初のオリジナルSSとなりますが、意味は伝わったでしょうか・・・。
SSレベルが低いので、80%の人は「これはわけわからん」と思われてるかもしれませんが^^;
もとより、これだけの量でちゃんと完結させろというほうが難しいことなのかもTT
一応、シナリオを大まかに書いてみます。
戦場で恋に気づく二人。それは一瞬にして消えてしまった儚いものとなってしまいました。
少女、香春緑樹の心は壊され、人も、世界も、恨むようになってしまいます。
・・・といっても、これは前振りというわけではないです。
このあとに「少女が自動火球銃を片手に世界を旅する物語」では決してありませんです。
バッドエンドとなってしまいましたが、これはこれで完結しているということで・・・。
このSSを書くキッカケとなったのは、決して漣が戦争に対する訴えというわけではないです。
第一、戦場という所がどんな場所かもわかりません。
全て想像で書いたものなので、それについては無理やり納得して下さい。お願いします(ペコ)
最後になりましたが、我慢して読んでくれた方、ありがとうございました。

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