毛利元就とその生涯
(Motonari Mouri and his life)

科目番号:2000
開講年次:2 単位数:2
恵無江洲短刀太郎 、賦与野賦夜之進


・講義目標及び講義概要

 安芸国吉田荘の小豪族から起こり、中国地方をあまねくその手中に収めるに至った毛利元就。彼の前半生は忍耐の連続であり、後半生はまさに飛躍の時代であった。その契機となったのが陶晴賢による謀反、そしてそれによる厳島の合戦である。また、彼はその生涯での合戦においてあまり負けていない。それは周到なる根回しと裏工作の賜物であるのだが、この辺りの機微は現代社会においても一つの示唆を与えてくれるものであろう。元就の生涯を通じ、その人生哲学・為政者たるもののあり方について習得することが本講義の目的である。


・講義計画

1.少年期・父母との死別、屈辱の日々
 元就の少年期における父母との死別、重臣・井上元盛による猿掛城の横領などについて論じる。また、幼少期に伝わっているエピソードについても紹介する。

2.初陣・鮮やかなる勝利
 元就の初陣となる安芸守護・武田氏との有田城攻防戦。ここに彼の「武略・計略・調略」を第一とする合戦哲学の萌芽がある。およそ初陣とは思えない老巧な戦いぶりと、戦勝による周辺諸家との政治力学的変化について解説する。

3.鏡山城の戦い・本家相続
 尼子氏の手伝い戦であった鏡山城攻防戦。この合戦に出たがために、兄である故・興元の忘れ形見・幸松丸が死去してしまう。そして、猿掛で分家となっていた元就が家督を継ぐことになる。そこまでの経緯について詳説する。

4.武名軒高・尼子氏から大内氏へ
 離反は弱小国人の常であったこの当時。吉田郡山の毛利家もその例外ではなかった。元就がそれまで属していた尼子家を見限り、大内家に従属するまでの経緯について解説する。

5.郡山籠城戦・百万一心
 尼子を見限った報復、とばかりに尼子晴久が数万の大軍をもって毛利攻略作戦を開始した。迎え撃つ毛利軍はわずか二千足らず。しかも元就は、非戦闘員である城下の民衆も全て城の中に入れた。官民一体となって難局を打ち破ったこの籠城戦について説明する。

8.毛利鶴翼の翼・両川体制
 後の毛利家の大発展を陰に陽に支え続けた吉川・小早川家。その両家に次男・元春、三男・隆景を養子に入れたいきさつについて解説を加える。

9.家臣団の統制・内憂の掃討
 かつて猿掛城を横領した井上元盛。毛利家最大の派閥である井上党は、その勢力をかさに着て勝手な振る舞いばかりし家臣団の統制をくずしていた。元就は英断を下し、井上党の不穏分子を一掃する。ここではその手口や政治的効果について述べる。

6.大内家の内紛・陶晴賢の謀反
 明との貿易で莫大な利益をあげ、その根拠地である山口は「西の京都」と言われるほど殷賑を極めていた。その大内家も内側からもろくも崩れ去ってしまい、陶晴賢に横領されてしまう。なぜ陶が謀反をしたのか、封建体制にあって避けることのできない文武官の対立。大内家もその例外となることはできなかったのである。その辺りの機微について解説する。

7.毛利家の飛翔・厳島の合戦
 戦国三大奇襲戦の一つとして名高い厳島の合戦。毛利家が中国の覇者となる地歩を築いたこの合戦について、流れを追いつつ解説する。

10.防長進攻・大内氏の滅亡
 厳島の合戦に勝利し、陶晴賢を自刃へと追い込んで見事に勝利した元就。間髪を入れず周防・長門に攻め進み、ついに大内氏を滅ぼすことに成功する。ここでは毛利、大内各勢力の動きについて見ていく。

11.人間毛利元就・三子教訓状
 世間的にも「三矢の教え」は非常に有名である。だがそれは後生の人間が創った作り話で、実際には「三子教訓状」なるものが現存しているのみだ。教訓状に書かれた事柄から人間・毛利元就を解剖していく。

12.広がりゆく戦線・隆元の死
 大内氏を滅ぼしたことによって北九州の梟雄・大友義鎮と、さらには山陰の尼子晴久と、戦線は果てしなく広がっていく。そんな中、長男・隆元が謎の変死を遂げる。苦難の時ともいえるこの時期の動きについて説明する。

13.人生の宿願・尼子氏打倒
 元就の若い頃からずっと圧力をかけられつづけてきた尼子氏。齢七十にしてついにその打倒に成功する。その月山富田城攻城戦について解説する。

14.終章・毛利元就とは
 最後のまとめとして毛利元就の人間像について解説し、彼を人間学的側面から考察する。また、成功の秘密などについても解説を加える。

15.試験

テキスト:
古川薫著「覇道の鷲毛利元就」(新潮文庫 1993年)
参考書:
なし
成績評価:
試験、レポートを総合して評価する。
備考:
履修の前提となる科目=なし
同時に履修することが望ましい科目=なし

なお、この講義中に述べていることは全て独断と偏見によるものである。多分に事実と食い違うことや、理不尽な点もあるかもしれないがご容赦願いたい。