ナリタブライアン戦いの全軌跡
競争成績(全21レース)

H 5.8.15
8.29
9.26
10.24
11.06
11.21
12.12
H 6.2.14
3.27
4.17
5.29
10.16
11.06
12.25
H 7.3.12
10.29
11.26
12.24
3.09
4.21
5.19
函館  新馬
函館  新馬
函館  函館3歳ステークス
福島  きんもくせい特別
京都  デイリー杯3歳ステークス
京都  京都3歳ステークス
中山  朝日杯3歳ステークス
東京  共同通信杯4歳ステークス
中山  スプリングステークス
中山  皐月賞
東京  日本ダービー
阪神  京都新聞杯
京都  菊花賞
中山  有馬記念
京都  阪神大賞典
東京  天皇賞(秋)
東京  ジャパンカップ
中山  有馬記念
阪神  阪神大賞典
京都  天皇賞(春)
中京  高松宮杯
 
 
G3
 
G2
G2
G1
G3
G2
G1
G1
G2
G1
G1
G2
G1
G1
G1
G2
G1
G1
2着
1着
6着
1着
3着
1着
1着
1着
1着
1着
1着
2着
1着
1着
1着
12着
6着
4着
1着
2着
4着
 21戦12勝、2着3回、3着1回、着外5回
獲得賞金 10億2691万6000円


 俺はナリタブライアンが大好きだ、黒鹿毛の馬体に白いシャドーロール最後の直線で先頭に立ち他の馬とは次元が違うと言わんばかりに差を広げる、まさに無敵だったあの時はちょうど競馬の面白さが解ってきた時で、いまでも皐月賞、ダービー、菊花賞と有馬記念これらのレースで応援し勝った記憶を覚えている。しかしその年があけて、天皇賞春も制覇できると思っていた矢先に、戦線離脱を余儀無くされてしまった。この時ほど残念だったことは無く、競馬に「たら、れば」は無いがあのまま走っていれば競馬史上の記録を塗り替えただろうと思うほどである。しかし、ナリタブライアンは必ず復活すると信じ秋まで待った、そしていきなり天皇賞秋にでると言った時、勝つとかじゃなくただ走っているところを見たいという思いが強く、結果は残念であったが、感動したのを覚えている。
 それからブライアンは勝てなくなり、「時代は終わった」と言われるようになってから、年が明けたH7年の阪神大賞典、この歴史に残るマヤノトップガンとの年度代表馬どうしの対決はすごかった、最後の直線は2頭のマッチレースで馬と騎手の力もほぼ互角だったが、最後に前にでたあのアタマ差が本当の強さなのかもしれないと思った。
 天皇賞春は残念だったが、それよりもなぜ高松宮杯を使ったのか解らない。天皇賞から高松宮杯に直行するとスピードについていけないのは素人目で見ても解るようなことだが、あっちにはあっちの都合があるのかもしれないけど…。去年ブライアンが逝った、そのせいだとは言わないし、その事をたくさん書いてもしょうがない、今年の夏には墓参りに行きたいと思っている。
 サラブレットが走る姿をかっこいいと思わせ競馬の感動と興奮をおしえてくれたブライアンにありがとうと言いたい。そしてこれからデビューする子供達がブライアンを超える時を楽しみにし応援していきたい。