星の海の彼方
「慎んで女王の座をお受け致します。」
そう静かに告げた、か細い、それでいて通った声に、俺は何も感じなかった。
いや、感じられなかった。
何時も傍にいた、溢れるほどの存在感を持っていた彼女は、既に壁の向こうに居るような気がした。
何も出来なかった自分。
その事に気付かされたのは、もう取り返しがつかなくなってからだった。
考えた挙句、頭に浮かんだのはどうやっても覆えせない現実に対する絶望。
後に何も残らないこれからの未来に、俺は一人身震いした。
そこから、俺は一歩も動けなかった。
何かを訴えるように見つめる視線と、それに相反する妙に自然な微笑みを瞳に映すこと位で。
もし、これから先自分の過去を振り返る事があるなら、俺は真っ先に感じるだろう。
全てを壊し尽くしても足りないほどの後悔と、弱すぎた自分への何にも勝る殺意にも似た思いを。
いつもと変わらない吸い込まれそうに蒼い空の朝だった。
「私、女王になります。」
最後の日。。
少しのためらいを見せ、しかし何か強い意思を湛えた瞳で彼女は言った。
「・・・・。」
自分でも、最低の男だと思う。
俺は彼女の方を向くわけでもなく、ただいつもの椅子に深く座ったまま沈黙を守った。
そうやって自分を造らなければ、まともに顔を見ることすら出来ない様な気がした。
「貴方にだけは、先に言っておきたかったから」
どうして。
俺のことを心配してるなら、このまま放っておいてほしい。
「貴方のこと──特別でした」
トクベツ?
その言葉に今どんな意味がある?
「だから・・・」
彼女が先を続けようとするのを遮って、俺は椅子から立ち上がった。
そのまま、後ろを振り返り、奇麗に縁どられた窓へと近づく。
外は、祝福の季節だ。
風にさらわれて落ちる桜の花びらと、さわさわとざわめく木々の音が、この上なく俺を落ち着かなくさせた。
「オスカー様?」
「・・・何も、言うな」
やっと絞り出せた声は途切れがちになってしまう。
こんなにも自分は弱かったか。
誰かに心の何処かで依存しているかのように。
「でも・・・」
解っているのかいないのか、彼女はなおも言葉を続けようと口を開く。
「もう、いいんだ」
俺は何か吹っ切れたような気がして、腰掛けていた窓辺から彼女へと視線を戻した。
「何故、今さらお嬢ちゃんが悩む必要がある?」
作り笑いがばれないように細心の注意を払う。
「応援してるよ・・・女王陛下」
途端、くしゃりと歪んだ彼女の表情の意味は、今の俺には受け取れないものだ。
そのまま泣きそうな顔で下を向いてしまった彼女に、掛けてやれる言葉は持っていない。
お互いが待ち続ける言葉は、どこからも降ってくることはない。
「行くんだ・・・お嬢ちゃん」
もう、俺がしてやれることは何もない。
しばらくの静寂の後、それを先に破ったのは彼女だった。
「・・・最後に、いいですか」
うつむいたまま話す彼女の表情は見て取れなかったが、きっと今の自分と同じはずだ。
「・・・」
反応を返さなかったことを肯定ととったのか、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「怖がら、ないで」
あまりに抽象的なその言葉に、俺は状況を忘れて唖然とした。
意味を読み取れないまま黙った俺に、彼女は一言一言考えながら続ける。
「強さを失うこと・・・恐れないで」
強さ。
象徴であるはずの自分に、こんなことを言う人間を初めて見た。
「今の貴方は・・・心が見えないの」
強くあることに固執した色しか。
そう言って、彼女はまたこの部屋へ来たときのような、強い瞳を見せる。
自分が、一番強く魅かれたもの。
何より自分をしっかりと感じられるその瞳は、彼女の中で一番輝いていた。
「・・・そうだ、な」
分散しがちな思考をかき集め、なんとか返事を返す。
「ありがとう・・・というのも変な話かな」
俺の言葉に、初めて薄く笑みをこぼす。
「でも・・・本当に、ありがとう」
本当に言いたいのはこんな言葉じゃないけれど。
終わりに、しよう。
続かないと解っている想いは。
「きっと・・・俺も『トクベツ』だった」
最初で最後の、全てを語るには不十分な言葉だけれど。
それで満足したのか、見慣れた笑顔を残して、彼女は部屋を出た。
もう二度と見ることのないだろう、鮮烈な印象の瞳を閉じて。
次の日の即位式で、俺はつくづく自分の自制心の強さに辟易した。
我が主人の光の守護聖様に鍛えられたおかげだろうか、この時ばかりは自分の中の「良識」とかいうものに囚われる
訳にはいかなかったのに。
次々と祝福の言葉を述べる他の守護聖を見る気もせず、俺はただひたすら最後のチャンスを待った。
たった一言、言いそびれた想いを胸に。
マルセルが嬉しそうな顔でたどたどしく祝辞を述べた後、俺は出来る限り自然に前へ出た。
まだどんな風に言葉を掛ければいいのかもわからないまま、足は勝手に彼女の前へと歩き出す。
迷うことはない。
もう結論は出ている筈。
そう決めた瞬間、昨日の彼女の言葉が頭の中で鳴り響く。
(コワガラナイデ)
あの言葉の意味。
彼女の心には俺はどんな人間に映っていたのだろうか。
弱さを見つけられることを恐れて、必死に仮面を被った哀れな男に見えていたかもしれない。
でも、だからこそ。
きっと俺の未来の中で、永遠に彼女は生き続けるのだろう。
俺の心に、幾つもの痕跡を残して。
「おめでとうございます、女王陛下」
そう言って顔を上げる。
強い視線。
もうそこには、全ての存在の母として全てを愛する、女王としての表情があった。
俺は、正しかったんだ。
理性はそう言って昂った感情を抑え付ける。
そこから何を喋ったのかもう覚えちゃいないが、せめて周りの奴らだけには悟られなかったろうと思う。
全ては、始まったばかりだ。
何もない俺の未来は。
結局、俺が捨てられた形で彼女は新宇宙へ旅立った。
それが結果的に良かったのか悪かったのか、本当のところ良く分からなかった。
ただ、彼女が俺に残してくれたものは・・・。
世界にたった一つの、何物にも変えられない目に見えない宝石。
本気で惚れた、彼女の純白の精神。
毎日は何も変わることなく、恐ろしく長い時間を流れようとしている。
同じだ。彼女がいてもいなくても。
彼女が変えてくれた、俺の弱さを除けば。
そしてまた朝が来る。
なんちゅーか・・・。こんなに暗くていいんでしょうか・・・(泣)
本当はこんな話になる筈ではなかったんですが、どうも私
甘いラブラブ話は書けない・・・。
昔っからこういう傾向はあったんですが。うーむぅ。
いかんですね。もうちょっと勉強します(^^;)