愛の劇場


 大学のボランティアでやってきた高原のサナトリウムで、オスカーは彼に出会った。
 病棟の裏手にある、小さな丘に立ち、彼は全身で風を受けていた。
 白いTシャツが風を孕み、華奢な体をいっそう華奢に見せている。
 高校生くらいだろうか、まだ幼さの残る肢体は細く伸び、まるで病気らしさを感じさせない。
 もしかしたら、ここへ入院している友達への見舞いに来た少年だろうか。その考えの方が当たっている気がする。
 じっと見ていると目が合って、ふいと顔を背けられた。
「何だ、感じ悪いヤツだな」
 オスカーはひとりごちると、病棟へと向かった。
 今日から1ヶ月、夏休みが終わるまで、この病棟で働くのだ。初日から遅刻するわけにはいかない。
 働くといってもボランティアだから無償奉仕なのだが、臨床心理士を目指すオスカーにとっては格好の勉強場所でもあった。
 ここには、体の病気だけではなく心を病んでいる子供達が多い。
 体が病気になったせいで、心を病んでいるケースや、もちろんその逆も。
 ボランティアというより「研修」の色が濃い1ヶ月の始まりに、オスカーは緊張した面持ちでサナトリウムの玄関を開けた。


 年が近いからという理由で、オスカーは中・高生の患者を担当することになり、内心ホッとした。
 臨床心理士といっても、小児科病棟は自分には絶対向かないと自負していたからだ。
 病室で患者を紹介してもらうと、1人足りないのに気付いた。
「5人って聞いてたんだが…」
 病室には4人の少年しかいない。
「ゼフェルなら、また図書室だと思いますけど」
 1人の少年がそう言った。
「図書室?」
「じゃなかったら、病棟の裏にある丘とか」
 オスカーの脳裏に、ここに来る前に出会った少年の姿が浮かんだ。
「…探してくる」
 気にくわないが、自分の担当患者である。放っておくわけにもいかなくて、オスカーは病室を後にした。


 廊下から、病棟の裏手が見える。
 丘には、もうゼフェルの姿は見えず、オスカーは図書室へと向かった。
 病棟の中にある図書室は、かなり広い。重い扉を開けると、ひんやりした空気と、本独特の匂いが流れてきた。
 なんとなく彼は窓際にいるような気がして、窓の方へと足を進める。
 クーラーの効いている室内は涼しく、物音はクーラーの動力音しか聞こえてこない。
 ほどなく、窓際のソファに腰掛けて眠っている少年を見つけた。
 やはり、あの少年だ。
 近付いても起きる気配はない。
 少年は、膝の上に何やら難しそうな工学書を広げたまま、熟睡している。
 その足元に跪いて、そっと頬に触れた。
 陶器のように滑らかな肌だ。あまり陽に当たっていないのだろう、肌の白さが線の細さを強調している。
 整った輪郭に、長い睫。銀髪が影を落として、綺麗な陰影を作り出している。
 オスカーは取り憑かれたように、少年の頬を指でなぞった。
「…?」
 当然のことながら、少年の目が開く。
「あ、すまん…」
「……何してんだよ。…つーか、アンタ誰?」
 瞼が開いたら、そこには真っ赤な瞳が輝いていた。
 秀麗な顔と、か細い肢体に似合わぬ乱暴な言葉遣いに、我にかえる。
「臨床心理士のボランティアで来た、オスカーだ。よろしく」
「へー…。オレには関係ねーから、勝手にやれば?」
 眠っているときはあんなに可愛らしかったのに、口を開けば生意気な言葉ばかりのゼフェルに、オスカーはムッとした。
「そういうわけにもいかない。お前は俺の患者だ。勝手にするわけにいかないし、勝手にされても困る」
「おめーなー、臨床心理士が患者の神経逆撫でしてどーすんだよ」
「あ、そうか。すまない」
 もっともな意見だったので、オスカーは素直に謝った。
「…変なヤツ」
 少年が驚いたような顔をして、次の瞬間、笑い出した。
(笑った…!)
 少年の笑顔があんまり綺麗で、釘付けになる。


 振り返ってみれば、もうこの時から、ゼフェルに惹かれていたのかもしれない。

 短い夏に、向日葵のような大輪の恋の花が咲こうとしていた   


〜次週予告〜
徐々に惹かれあってゆくオスカーとゼフェル。
しかし、ゼフェルの病気が悪化……
そして短い夏の終わり。
2人の気持ちは通じ合うのか!?

 この物語はフィクションです。
 嘘っぱちです。
  続いちゃいました…



進ム

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