愛の劇場〜2


 あの輝いていた日々は、夏が見せた幻だったのか。

 少なくとも、今は信じたい。

 目の前で咲き誇る向日葵が、ずっと太陽を仰いでいることを……



 事あるごとに図書室へ籠もるゼフェルが何故か気になって、オスカーは足繁く図書室へ通うようになった。
 臨床心理士の見習いとして、もちろん働いてはいたが、ゼフェルとは個人的なことまでをも話す仲になっていた。
 普通、患者の話は聞いても、臨床心理士側からのプライベートな話はしない。
 それをするというのは、オスカーにとって既にゼフェルが「患者」ではなくなっているという明らかな事実だった。
 最近は、専ら図書室でゼフェルに勉強を教えることが多くなっていた。
 大検を受けたいというゼフェルの話を聞いて、それならと、自分が家庭教師役をかってでたのだ。
 割にあわないボランティアになってしまったが、それでもゼフェルといると楽しかったし、ここにいる間はこの少年のために何かしてやりたかった。
「オスカー、ここは?」
「ん?ああ…」
 数式を解くゼフェルの横顔に見とれていて、問題にはちっとも身が入っていなかった。
「おい、しっかりしてくれよなー」
「悪い。ちょっと考え事してた」
「考え事?何だよ?」
 大きな紅い瞳でじっと見上げられて、オスカーは答えに詰まった。
 まさか自分が年下の少年、しかも患者をこんなに意識するなんて思わなかった。
「いや…大学のことを、ちょっとな」
 苦し紛れの嘘をつくと、ゼフェルが淋しそうな顔で目を伏せた。
「そっか…。おめー、夏休みが終わったら大学に戻るんだもんな」
「何だ、淋しいのか?」
「ばっ…そんなんじゃねーよ!!ただ、勉強教えてくれる相手がいなくなるから…!!」
 図星だったのか、ゼフェルは真っ赤な顔で怒りだした。
 しかしその反応は、オスカーにとってはむしろ嬉しすぎる。
「そうか、そんなに淋しいんじゃ、夏が終わってもここに残るか」
「嘘!?マジで!?」
 ゼフェルの目が輝いた。
 オスカーとしては、ほんの冗談で言ってしまった言葉なのだ。
 それをこんなに喜んでくれるとは思ってもいず、どう答えてよいのか解らなくなった。
「…いや、それは…」
 口ごもるオスカーに、ゼフェルの唇が尖る。
「そーだよな。ここに残るなんてこと、ほんとにあるわけねーもんな」
 紅い瞳が淋しげに揺らめく。
 そういえば、ゼフェルには面会人が来たことがない。
 資料によれば両親は事故で他界しているし、このサナトリウムでずっと淋しい思いをしてきたのだろう。
「じゃあ、こうしよう。大学が休みの時には、必ずここに来る。お前の勉強を見てやるって、約束する」
「…ほんとか!?」
「ああ」
 嬉しそうに笑うゼフェルの笑顔は、お世辞抜きに綺麗だった。
 銀髪をくしゃくしゃと撫でてやって、オスカーもつられて微笑んだ。
「な、あとさ、お願いがあんだけど…」
「何だ?」
 叶えてやれるものなら叶えてやりたい。
「あのさ…外、行ってみたいんだ」
「外?」
「ああ。外出つっても、この病院の敷地内だけしかできねーしさ。ちょっとでいーんだ。久々に、外出たい」
「外か…」
 17歳の少年に、ずっと病院にいろというのは無理な話だろう。たとえそれが病気のせいであっても、病室にずっといたのでは息が詰まるに違いない。
「…やっぱ、ダメだよな…」
「いや、ドライブくらいなら許可が取れるかもしれない。俺が聞いておいてやる」
 ゼフェルは心臓に持病があるが、この数年は、発作らしい発作は起こっていない。
 担当医のルヴァに話してみたら、何とかなるかもしれない。
「マジで!?あー、おめーが話の分かるヤツでよかったぜ!」
 また顔をほころばせるゼフェルは、矢張り健康な少年とは言い難い。
 日に当たっていない肌は白く、体には筋肉がついていない。
 二の腕など、オスカーが掴んだら折れてしまいそうだ。
 だからゼフェルを、太陽の下へ出してやりたかった。
 自分が連れだしてやりたかった。
 きっと、彼の銀髪は太陽に当たればキラキラと眩しく輝くだろう。
 意思の強そうな紅い瞳も、もっと深みを帯びるに違いない。
 窓から差し込む夏の日差しが、オスカーの視界で溶けるように揺らいだ。



 日増しに夜風が涼しくなり、太陽が沈むのが早くなった。
 高原は昼夜の気温差が激しく、身体的にも精神的にも不安定を訴える患者が増えてきた。
 そしてそれは、ゼフェルも例外ではなかった。
 夏にしては冷え込んだある日の夕方、いつものように図書室に入ったオスカーは、何か雰囲気が違うのを感じ取った。
 虫の知らせとでもいうのか、胸騒ぎがして、ゼフェルが指定席にしている窓際の机に駆け寄った。
「ゼフェル!!」
 そこには、苦しそうに胸を押さえたゼフェルが、机に突っ伏していた。
「オ、スカ…?」
「おい、ゼフェル!?どうした!?」
「ただの、発作……」
「ただのってことはないだろう!」
「久々にきたから、ちょっと、苦しーだけ…」
 ゼフェルの顔色はいつもにも増して青白い。
「今、医務室に連れていってやるから…!」
 両腕で抱え上げたゼフェルの体は、驚くほど軽かった。


 どこかへ、飛んでいってしまいそうだった。

 君をしっかり、繋ぎ止めておきたかった……






続くね…
続くったら続く!
続いてやるさ!はははは…(自暴自棄気味・自嘲気味)



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