+ Heat Island 〜2章 +
気がついて、最初に目に飛び込んできたのは涼しげな色だった。
それが美味しそうな氷のようだったから、ゼフェルは手を伸ばした。
その手を誰かの手に優しく掴まれて、初めてそれが人間の瞳だと気付いた。
徐々に、頭がはっきりしてくる。
「起きたか?」
低くて心地よい、バリトンの声。
目の前には、燃えるような赤い髪にアイスブルーの瞳の、やけに整った顔の男がいた。
「ここ、どこだ…?」
記憶がはっきりしない。
自分はどうして知らない部屋に寝かされているのか。
「俺の部屋だ。熱中症と脱水症状起こして倒れたから、連れてきたんだ」
「そっか…」
『中』の人間は、あまり汗をかかない。
かかないのではなく、かけない。
だから体内の熱のコントロールが上手くできず、すぐに熱中症になる。
「わりぃ。めーわくかけたな」
「いや、気にするな。喉乾いただろう、ほら」
ミネラルウォーターのペットボトルを渡されて、ゼフェルは礼も忘れて一気に飲み干した。
冷えた水が、喉から食道を通っていくのが気持ちいい。
口元の水滴を拭っていると、彼が口を開いた。
「お前、『中』の人間だろう?立ち入ったことかも知れないが、どうしてあんな場所にいたんだ?」
ゼフェルは詮索されるのが好きではない。
けれど彼は興味本位の表情ではなかったし、助けてもらった恩もある。
何よりやましいことはないのだから、ゼフェルは正直に答えることにした。
「別に。1度『外』を見てみたかっただけだ」
「そうか。で、どうだった?」
「どうって……とにかく暑くて、気が狂いそーだ」
「そうだろうな。ここ数年の気温は、俺達だって辛い」
「…そーなのか?」
「ああ。適応した体といっても、限度がある」
彼が笑って、ベッドに腰を降ろした。
『外』の人間は、『中』に対して良い感情を持っていないと聞いてきたが、彼は違うのだろうか。
「なぁ…おめー、おれみてーな『中』のヤツ、何とも思わねーの?」
ヒートアイランドを促進するばかりの『中』の人間が一歩『外』に出れば、罵倒を浴びることも少なくない。
だから余計に閉じこもる。ますます『外』には適応できなくなる。
立派な悪循環が成り立っている。
ゼフェルも、『外』に出たら少なからずそんな目にあうことを覚悟すらしてきたのだ。
しかし彼は、苦笑して言った。
「『中』の人間の体質なんて、誰の責任でもないだろう?」
アイスブルーの瞳が優しく細められる。
冷たい色なのに、温かい表情。
『外』に偏見を持っていたのは自分の方なのだと、ゼフェルは思い知らされた。
だからだろうか、この男と話すのは楽だ。
警戒心が解けて、ゼフェルは初めて、彼が長袖を着ていることに気付いた。
部屋の中は、ゼフェルが暑くない程度に冷房が効いている。
ということは、『外』の人間にとっては肌寒く感じられるはずだ。
「あのさ…クーラー、もう切っても大丈夫だぜ?」
ゼフェルがそう言うと、彼がまた優しい顔で笑った。
「無理しなくてもいい。オレがそんなに非情な男に見えるか?」
「だけどさぁ…クーラーつけるのも、ヤバいんだろ?」
『外』での冷房の使用は、法律で厳しく取り締まられているはずだ。
こんなに低い温度設定にしては、彼に迷惑をかけてしまうかもしれない。
しかし、心配そうなゼフェルを安心させるように、彼はゼフェルの頭をぽんぽんと叩いた。
「そんなこと、子供が心配するな」
「子供じゃねーよ」
すかさずつっこんだが、彼はそれを無視して言葉を続けた。
「俺はこれでも軍の人間なんだ。多少の融通は利く」
「…ならいーけどよ。オレのせいで面倒なことになったら、後味わりぃじゃん」
「それは安心しろ。イヤなら最初から坊やを助けたりしないからな」
子供扱いされるのに我慢できず、とうとうゼフェルは叫んだ。
「坊やって呼ぶな!」
「それくらい元気があるなら大丈夫だな、坊や」
「だから坊やって呼ぶな!!!」
恐らく、彼は自分を安心させるためにからかったのだ。
それが解ってしまって、ゼフェルは照れ隠しに顔を背けた。
「……帰る」
もう、会うことはないかもしれない。
そう思うと、少し寂しかった。
「そうか。気を付けて帰れよ」
「ああ」
ベッドから下りて部屋を出ようとすると、彼が呼び止めた。
「名前も聞いてなかったな。俺はオスカーだ」
聞いてどうしようというのか疑問だったが、名前くらい知っておいてもいいかもしれない。
だからゼフェルは素直に答えた。
「…ゼフェル」
「ゼフェルか。覚えておこう」
社交辞令としか聞こえないその言葉に、愛想程度の笑みを浮かべて、ゼフェルは部屋を去ろうとした。
「ゼフェル」
呼ばれて振り向いた瞬間、オスカーが何かを投げて寄越す。
反射的に受け取ると、それは小さなカプセルの薬だった。
「何だよ、これ」
「『外』に来るときはそれを飲んでみろ」
「…何で?」
「少なくとも、熱中症で倒れることはなくなるかもしれないぜ?」
「『かも』って何だよ。ちゃんとした薬じゃねーの?」
「さあな」
「…さあなって…あぶねーなぁ」
そんな薬の存在など、聞いたことがない。
けれど、ゼフェルはその薬をポケットに突っ込んだ。
「もらっといてやるよ。また『外』に出るかはわかんねーけどな」
ふてぶてしい態度に、オスカーは「好きにしろ」と笑いながらクーラーを切った。
「もう陽が落ちたから、倒れることはないだろう」
「ああ。…その、いろいろサンキューな」
照れくさいから振り返ることはできず、ゼフェルはそのまま部屋を出た。
1章 3章
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