+  Heat Island 〜4章 +




 オスカーにもう一度会いたい。

 そう思うものの、またあの熱気の中に身を晒すのかと思うと、なかなか『外』には行けなかった。

 ずるずると時間だけが過ぎていく。

 



 2週間ほど経っても、ゼフェルはまだ『外』行きのシャトルに乗れないでいた。

 夏休み中で暇なものだから、いつもと変わらず街をフラフラしていると、大通りを挟んで軍の人間が数人歩いて来たのが目に入った。

 『中』の中心地であるこの街には、軍の支部がある。

 軍人が歩いているのは珍しいことではないから、ゼフェルはそのまま通り過ぎようとしたその時。

 ゼフェルの視界に、燃えるように真っ赤な髪が映った。

 弾かれたように振り向くと、赤い髪の毛の主もこちらを振り向いている。

 紛れもなく、ずっと会いたいと思っていた相手だった。

 ゼフェルが動けずに固まっていると、オスカーは軽く手を挙げて挨拶し、同僚に二言三言告げると、車を縫って大通りを渡ってきた。

「また会えたな、ゼフェル」

「…おめー、何でここにいんだよ…?」

 嬉しいくせに、あまりにも驚いたものだから、声がうまく出ない。

「会議があってな。上の護衛ってやつだ」

「へぇ…」

 軍には『外』も『中』もないが、会議は『中』で行われることが多い。

 それはゼフェルも知っていたが、こうしてオスカーとここで会うのはおかしな気分だった。

「まさかここで、ゼフェルと会えるとは思っていなかったけどな」

「それはこっちの台詞だ」

「遠目からでもすぐに判ったぞ、その銀髪」

 猫を撫でるように、オスカーの手がゼフェルの髪を撫でる。

 その手の大きさに鼓動が早くなって、ゼフェルはそれに気付かない振りでオスカーの手を払った。

「その台詞もそっくり返すぜ。あんたの赤い髪の方が目立つっての」

「そうか?お前の銀髪は光に当たって綺麗に反射していたから、俺の方が先にゼフェルを見つけたはずだが」

「オレの方が先だった!」

「いいや、俺だ」

「オレだ!」

 しばし言い合って、同時に笑い出す。

 やっぱりオスカーといると楽しいし、嬉しくなる。

 もう少し話したい。

 心の中でそう思うと、

「ゼフェル、暇なら飲みに行かないか?いい店知ってるんだろ?」

 まるでゼフェルの心を見透かしたように、オスカーが尋ねた。

「暇っちゃー暇だけどよ…おめー、仕事は?」

「会議は明後日までかかるから、今日はもう非番なんだ」

「でも、さっき一緒にいた奴らは?」

 これではまるで、断る口実を探しているようだ。

 困ったような顔をしたオスカーが口を開く前に、ゼフェルは慌てて付け足した。

「おめーがいいなら行こうぜ。ここらへんの店なら、よく知ってるから」

 その言葉で、オスカーの顔に笑顔が戻る。

 ゼフェルもそれを見て安心したように笑ってみせた。





 まだ夕方といってもいい時間帯のせいか、2人で入った店は空いていた。

 落ち着いた雰囲気のバーに平然と入っていき、カウンターに腰掛けると、オスカーが肘で脇腹を小突いた。

「おい、未成年だろ?こんなところに出入りしてるのか?」

「だから今日はアルコール飲まねーよ」

「そうか」

 苦笑混じりでオスカーが返し、そのまま他愛もない雑談を続けた。

 オスカーはザルらしく、強い酒を急ピッチで流し込んでも顔色一つ変えない。

「あんた、酒つえーんだ」

 心の底から感心して言うと、オスカーはもう何杯目か判らないグラスを空けて答えた。

「嬉しいことがあったからな。今日はいつもよりペースが速い」

「嬉しいことって?」

「…こうしてもう一度、お前に会えたことだ」

 言葉が出なかった。

 まさかオスカーが、自分と同じ感情を抱いているとは信じがたい。

 何も言わないゼフェルを待たず、オスカーは言葉を続けた。

「『中』の人間と直接口をきいたのは初めてだったんだが、想像していたのと全然違ったからな。

 お前みたいな『中』の奴に会えて、良かったと思ってるんだぜ?」

 それが『中』の人間への興味にすぎないとしても、今のゼフェルには充分だった。

 少なくとも、彼の中で自分は忘れられていなかった。

 それだけで幸せになる。

 胸の中が、火を灯したように熱くなる。

 緩んでくる顔を隠すように、ゼフェルはグラスの水を一気に飲み干した。

「………ゼフェル?」

「あ、わりぃ。何?」

 何か話しかけられていたのにも気付かなかったらしい。

 慌てて顔を向けると、オスカーが笑いながら自分を見ていた。

「何だ、水で酔ったのか?」

「そんなんじゃねぇよ」

 酔ったというのなら、オスカーにだ。

 もちろん、そんなことは言えないけれど。

「ゼフェル、また『外』へ行きたいと思うか?」

 先程されたのであろう質問を、今度はゼフェルもきちんと聞いた。

「……そーだな…、オレさぁ、自分の知らねーことがあんの、ヤなんだよ。もっと、いろんな世界を見てみたい。

 こんな閉塞的なとこで一生終わるなんて、まっぴらだ。…だから、『外』に出てーって思ってた」

「思ってた?」

「あ、いや…今もそーだけど」

 無意識に過去形にしてしまった理由には、頭の隅でうっすらと気付いていた。

 オスカーに会いたいから。

 今、『外』に出たいのは、それしか理由がない。

「あの薬はまだ使ってないのか?」

「ああ。まだ持ってる」

「……『外』、行ってみるか?」

 突然の誘いに、ゼフェルはまた言葉を継げなかった。

「俺の出身地は、ここからそう遠くないんだ。『中』の都心部と比べると、暑さもそれほどじゃない。

 ちょうどこれから帰ろうと思っていたから、一緒に行ってみないか?少しは違う世界を見せてやれるかもしれないしな」



 予想外の誘いに、ゼフェルは二つ返事で頷いた。







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