+  Heat Island 〜5章 +




 車で2時間ほど走り、オスカーの故郷に着いた頃には月が高く上っていた。

「着いたぜ」

 オスカーの声で、うとうとと微睡んでいたゼフェルは、目を擦りながら周りを見渡した。

 夜の闇に包まれているせいで、車の中からは周囲が見えない。

「降りてもいい?」

「ああ」

 オスカーがエンジンを止めるのを待って、車の外に出る。

 一歩外に踏み出して、ゼフェルは感嘆の声を上げた。

「へー…すっげぇ…」

 足下に広がる芝生は、なだらかな丘へと続いている。

 広い大地に、見上げれば大きな満月。

 数百メートル離れた場所に灰色の建物があるが、無機質なそれさえも、月光が柔らかく包んでいた。

 深呼吸すると、草いきれで頭がクラクラする。

 倒れ込むように、ゼフェルは芝生の上に大の字で転がった。

「はーっ…」

 肺の中まで熱くなるのに、まだ深呼吸を繰り返す。

 夜の空気と、草いきれと、風と土の匂い。

 『中』では決して味わえないそれらを楽しんでいると、隣にオスカーが座った。

「なかなかいい景色だろう?」

「ん。…ここが、おめーの故郷?」

「ああ。俺の家はもっと市街地にあるんだが。…あそこの建物は、俺が通っていた士官学校なんだ」

「へぇ」

「…何か辛いことがある度、ここに来て気を紛らわしていた」

 少しだけ元気がなくなった声に、ふと見上げると、オスカーは遠くを見つめていた。

 今日も、そのつもりで来たのだろうか。

 悩み事があって、それでここへ来たのだろうか。

 自分がこうして助けられたように、オスカーを助けたい。

 ゼフェルはそう思ったが、そんなことを言うのもおこがましいような気がして、口には出せなかった。

 オスカーみたいな大人が、自分のような子供に悩みを打ち明けることなどないのだ。

 だからゼフェルは何も言わず、ただ夜空を見ていた。





 呼吸しづらくなった、と気付いたのは、しばらくたってからだった。

 肺に流れる空気がどんどん熱くなり、胸が重くなる。

 声を出そうとしたが、うまく出ない。

 空を見上げたまま、どうにか酸素を取り込もうと、ゼフェルは大きく息を吸った。

 ヒュ、と喉が鳴る音がして、湿った空気が通過する。

「…っ…」

 その微かな呼吸音に気付き、オスカーが視線を落とした。

「ゼフェル!?どうした、辛いのか?」

 どうにか頷くと、オスカーは急いで立ち上がり、車からミネラルウォーターのペットボトルを持って戻ってきた。

「口、少し開けてろ」

 オスカーは水を含むと、ゼフェルの唇に自分のそれを重ねた。

「ん…」

 冷たくはないが、喉が潤う。

 キスされた事実より、まず水を飲めたことに意識がいっていた。

 肺の重苦しさがなくなってゼフェルが身じろぐと、オスカーの唇はすぐに離れた。

「…サンキュ…」

 少なくとも、これですぐには脱水症や熱中症にはならないだろう。

 ようやく言葉を紡ぐと、オスカーが髪を撫でてくれた。

「……ゼフェル、あの薬、持ってるよな?」

「ん?ああ…ジーンズのポケットに入れてあるけど…?」

「使うぜ」

 有無を言わさず、オスカーの手がポケットを探り始めた。

 気恥ずかしさを感じながらもなすがままにされていると、オスカーが薬を取り出し、それを歯で咥えたのが見えた。

 何をするんだろうと見ていると、抵抗する隙もなく、また唇が塞がれた。

「んぅ…!?」

 カプセルが、オスカーの舌と共に押し込まれる。

 異物感に体をバタつかせたが、両手は頭の上で手首を掴まれ、足はオスカーの下半身で押さえ付けられた。

 奥まで入り込んでくるカプセルを飲み込んでしまっても、まだ舌は出ていかない。

 ゼフェルの舌や歯列を蹂躙し、唇を甘噛みし、荒々しく口内を犯す。

「ふっ……、ぁ…っ」

 息を継ぐために口を開くと、今度はすんなり空気が流れ込んできた。

 思わず抵抗の力が緩んだゼフェルに、オスカーもキスを止める。

「もう辛くないだろう?」

「……ほんとだ……なんで?あんな苦しくなるよーなこと、されたのに…」

「苦しかっただけか?」

「なっ…」

 唾液を拭いながら笑うオスカーに、ゼフェルは今更ながら恥ずかしくなった。

 恥ずかしいだけじゃない。

 どうしてあんな真似をしたのか、それが気になった。

 ゼフェルは楽に動けるようになった体で起き上がって、オスカーを正面から見つめた。

「…何で、オレにあんなことしたんだよ?」

「あんなこと、とは?」

「だっ、だから……キス……」

「薬のことよりも、まずそっちか。脈有りかな?」

「それって…どーゆー意味だよ」

 頭に血が昇る。

 顔が赤くなっているのが分かったが、どうせこの月明かりでは見えないだろうと、ゼフェルは隠しもしなかった。

「それよりも先に薬の説明をした方がいいな。あまり時間がない」

 しかしオスカーは、ゼフェルの視線を外して立ち上がってしまった。



 正直に言って、薬のことなどどうでもよかった。

 オスカーの気持ちが聞きたい。

 キスの続きをして欲しい。



 そう言い出せるはずもなく、ゼフェルはのぼせた頭を冷やすように深呼吸した。







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