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じゃれあって、無意識に甘えてみせて。 いっそのこと、この世界にお前と二人きりだったらいいのに。 そしたら、俺だけ見てくれるだろう……? ヤキモチというのは、恋愛において極上のスパイスだとオスカーは思う。 ヤキモチをやくということは、相手に対して情熱がある証拠だからだ。 適度なヤキモチや、そこから発生する小さな喧嘩は、愛し合うための前戯といっても過言ではない。 だから自分がゼフェルに対してヤキモチをやくのは当然だと思っていたし、それを口にする度、「仕方ねーヤツ」と言いながらも抱きついてくるゼフェルが愛しかった。ゼフェルも、ヤキモチをやかれて嬉しそうにしていたくせに。 今日の喧嘩はそんな甘い雰囲気に発展しなかった。 「うるせーなー。なんでルヴァんとこに行くのに、いちいちおめーの許可とらなきゃなんねーんだよ!」 「許可なんて言っていない。内緒にするなと言っただけだ」 「言う必要がなかったから言わなかっただけじゃねーか!保護者面すんな!」 「あいにく俺はお前の保護者でも何でもない」 「じゃー何だよ。こんなにうるさく束縛すんのも、ヤキモチってやつかよ!?いーかげんにしろよ!!オレのこと信用してねーってことじゃねーかよ!」 信用はしている。 ゼフェルにかぎって、浮気なんてするはずがない。 それなのに、他の人間と一緒にいるだけで胸が焼け付くように痛くなる。 ヤキモチなんて可愛いものではない、これは激しい嫉妬だ。 みっともないくらいに愛していることをゼフェルに指摘されて、オスカーは言葉につまった。 「弁明もしねーのかよ。じゃ、勝手に疑ってろ!」 ゼフェルはオスカーの言葉も待たず、執務室を飛び出した。 追いかけたくても、追いかけられない。 しばらくためらって、やっぱり追いかけようとしたとき、廊下で大きな音がした。 オスカーは急いで部屋を出、音のした方に走っていった。 突き当たりの階段の下に、うずくまる人影が見える。 「ゼフェル!!」 長い足を持て余し気味に階段を駆け下りて、オスカーはゼフェルの体を抱き起こした。 「おい、ゼフェル!!」 呼びかけても返事はない。 頭を打っているかもしれないから体を揺することができなくて、もどかしさに舌打ちした。 自分ではどうにもできない。 とにかく医者に診せなければと、意識のない恋人をそっと抱き上げた。 精密検査の結果、脳には異常がみられなかった。 軽い打撲と擦り傷、2週間もすれば治ると診断されて、オスカーは安堵した。 病院のベッドで眠るゼフェルの髪の毛を撫で、早く目が覚めてくれないかと祈る。 意識が戻ったら、一番に謝ろう。つまらないヤキモチをやいたことを。ゼフェルに触れる全ての者に嫉妬して、束縛しようとしたことを。 そう心の中で誓うと、うっすらとゼフェルの瞼が開いた。 「オ、スカ…?」 「ゼフェル!気付いたのか!?」 「ここ、どこだ…?」 「王立病院だ。階段から落ちて気を失ってたんだが…覚えてないか?」 ゼフェルは視線だけでゆっくりと周りを見回すと、少し眉をひそめた。 「階段…あー、そーだっけ…。そーかも…」 起きあがろうとするゼフェルを、オスカーは優しく押しとどめる。 「まだ寝ていた方がいい。……それより、悪かったな」 「……何が?」 「くだらないことで、お前を怒らせた」 「?…怒る?オレが?」 「ああ」 「おめーに?」 「ああ」 ゼフェルは紅い目を見開いて、オスカーをじっと見つめた。「何を言っているのか解らない」とでも言いたげな目つきだ。 そして、困ったように笑った。 「何で?オレがおめーに怒るわけねーじゃん」 「ゼフェル?」 「……何でそんな顔すんだよ?オレ…何か悪いこと言っちまったのか?」 途端に悲しそうな顔になる。 何かがおかしい。 いつものゼフェルとは違う。 「ゼフェル…」 「何だよ?はっきり言えよ」 けれど、どこがどうおかしいのかを言葉にまとめられない。口を開いたり閉じたりしていると、扉をノックする音が聞こえた。 「入りますよ?」 ルヴァの声だ。 ゼフェルが階段から落ちたという知らせを聞いて、心配でやってきたのだろう。 「開いてるぜ」 オスカーが声をかけると、静かに扉が開いてルヴァが心配そうな顔で入ってきた。 「ゼフェル、大丈夫ですか?」 てっきり笑顔を見せるかと思ったゼフェルは、しかし緊張した表情でオスカーの服の裾を掴んだ。 「ゼフェル?どうしたんだ?」 まるで自分の身を隠すかのようにオスカーにしがみつくゼフェルを、ルヴァも怪訝そうに見る。 「ゼフェル、どうしたんです?気分でも悪いんですか?」 しかしゼフェルが次に発した言葉は、二人が予想もしなかった言葉だった。 「あんた、誰…?」 一瞬、沈黙が襲う。 「おい、ゼフェル!冗談は止せ!」 「ゼフェル…どうしちゃったんですか?もしかして頭を打ったショックで…」 「まさか。だって俺とは普通に会話してたんだぞ!?」 「じゃあ、私のことだけ覚えてないってことですか…?」 「そんな…」 慌てふためく二人をよそに、ゼフェルはぎゅっとオスカーの服を握りしめたままだ。 「ゼフェル、嘘だろ?まさかルヴァのことを忘れてるなんてわけないよな!?」 忘れられるとしたら、むしろ自分の方ではないだろうか。 「信用してないんじゃないのか」とまで言わせ、傷つけたのだから。 しかしゼフェルは、怯えたように唇を噛みしめて、こう言った。 「わかんねぇ…。ルヴァ、って名前…知らねー…」 その言葉に、ルヴァの顔がサッと青ざめた。 「ゼフェル…どうしてこんなことに…」 「ルヴァ、落ち着いてくれ」 「落ち着いてなんていられませんよ。ゼフェルに忘れられるなんて…」 「とにかくジュリアス様にご報告しなければ」 「ああ、そうですね、そうでした。ジュリアスと、それから陛下にも…」 その言葉に、ゼフェルがまた体を強ばらせてオスカーにしがみついた。 「ジュリアスとか、陛下って、誰…?」 再び沈黙が襲った。 「……ゼフェル…覚えてないのか?」 かろうじて言葉を搾り出す。口の中がカラカラに乾いて、舌がうまく動かない。 「…わかんねぇ…。何も…何も、わかんねーんだ…」 「解らないって、だって俺のことは解ってるじゃないか!」 「オスカーの名前しか、わからねーんだ…。他のことは、何も…」 自分のことしか見えなくなればいいと、そう望んだ。 まさかそれが、こんな形で現実になるなんて。 オスカーは、今度こそ何も言うことができなかった。 一過性の記憶障害と判断されたゼフェルは、オスカーに全て任されることになった。 オスカーのことしか覚えていないのだからそれは当然だが、ゼフェルはまるで仔猫のように、オスカーに纏わりつく。 食事の時間も、執務の時間も。もちろん寝る時も。 出来得る限りオスカーの首や腕に縋りつき、片時も離れようとはしない。 どうしても仕事の都合で外出しなければならない時など、泣きそうな目で見上げるのだ。 「なあ、いつ帰ってくる?」 「2時間もすれば戻る。心配するな」 「ほんとに?ほんとに2時間で帰ってくるよな?」 「ああ。安心しろ」 「……ぜってーだぞ。待ってるから…早く帰ってこいよな」 そうしてオスカーが帰るまで、じっとうずくまって待っている。 オスカーがいなければ食事もとらないし、ランディやマルセルが外に誘っても、頑なに否定するばかりだった。 今のゼフェルには、オスカーしか見えていない。オスカーが中心の生活。 心配する傍ら、オスカーの心の中には優越感があった。 自分だけを見て、縋って、いつでも腕の中に閉じこめておける距離。 膝の上で抱きついてすり寄ってくるゼフェルは本当に幸せそうで、いっそこのままでも構わないとさえ思ってしまう。 「なあ、ゼフェル」 「?」 「お前…今、幸せか?」 「ああ。すっげー幸せ」 そう言ってまた顔をすり寄せる。 「どうして…そう思うんだ?」 「?…だって、おめーと一緒にいられるから。」 綺麗に笑う。 病的なまでに綺麗な笑顔は、いつもの恥ずかしがったような笑顔ではない。 『何バカなこと聞いてんだよ!?』と怒鳴って、それでも結局は応えてくれる。あのやりとりが懐かしい。 「…オスカー?」 「ああ、何でもない」 「オレ、気にさわるよーなこと言ったか?」 紅い瞳が心配そうに揺れる。 今のゼフェルは、オスカーに嫌われることを極端に恐れている。 「本当に何でもないんだ」 「…おめーがそー言うんなら、信じる」 ゼフェルの「信じる」という言葉が、信じきった笑顔が、胸に突き刺さって痛い。 「…っ…」 「オスカー!?おい、泣いてんのかよ…。オスカー…」 「何でもないんだ…。お前は悪くない……」 こうなることを望んでいたのは、自分だったのに。 どうしてこんなにも胸が痛いのか。 困った顔で抱きしめるゼフェルの腕の中で、オスカーは静かに涙を流し続けた。 ゼフェルがオスカー以外の人間を思い出せないまま、数日が経っていた。 時折苦しそうな表情を見せるオスカーにとまどいつつも、ゼフェルは相変わらず雛鳥のようにオスカーに纏わりついている。 以前のゼフェルなら、廊下や庭園では人がいなくても決してオスカーに寄り添うことなどしなかったのに、今は人目を気にすることなく堂々とくっついてくる。 オスカー以外は目に入っていないのだから、それはごく自然な行為だ。 そんなゼフェルも愛しいと思う。でも、自分以外を拒絶したゼフェルの世界は、オスカーを中心に回っている。 今までの嗜好や趣味、それら全てを押さえつけられたゼフェルは、やはりゼフェルではない。 「個」というものを潰してまで、自分のためだけに生きようとするゼフェルを見るたびに、オスカーはやりきれない気持ちでいっぱいになった。 「なあ、オスカー。どーしたんだよ?」 少し険しい顔をすれば、不安げにのぞきこむ。 「何でもないさ。心配するな」 「……」 オスカーを確かめるように、ゼフェルが腕に絡みつく。 「こら、じゃれるな」 「いーじゃん」 しかしその時、ちょうど階段にさしかかって、ゼフェルが足を踏み外した。 「うわっ」 「危ない…っ!」 手を差しのばそうとした時には遅かった。 ゼフェルの体は階段の最上部から、踊り場まで一気に滑り落ちた。 「ゼフェルっ!!」 数日前とほとんど同じ格好でうずくまるゼフェルに、オスカーは駆け寄る。 「……ってぇ…」 ゼフェルは小さく呻いて、ゆっくりと体を起こした。 「ゼフェル、大丈夫か?」 「ん……?ああ、何とか…」 「よかった…。また意識を失ったらどうしようかと思った…」 「は?またって?何言ってんだよ?」 「この前も階段から落ちたばかりだろう」 「??おめーこそ、どっかから落っこちて頭でも打ったんじゃねーの?」 「ゼフェル…?」 瞳の光り方が違う。 話し方も。 「ルヴァんとこ行くって約束してんだから。そこどけよ」 「ゼフェル!!戻ったのか!?」 「うあっ、こんなとこで抱きつくんじゃねー!!」 じたばたと暴れるゼフェルを、それでもオスカーはぎゅっと抱きしめた。 「よかった…!」 「?わけわかんねーよ。いーから、どけって!重いじゃねーか」 オスカーはしぶしぶ手を放した。 「……ルヴァのところに行って来るんだろ?」 「ん?ああ。…あ、くだんねーヤキモチやくんじゃねーぞ!」 あの日の喧嘩の続き。 けれど、もうあんなバカなことは望まない。 「お前が俺以外の人間を見ないってことは、よく解ってるからな」 「何だよ、それ」 「信じてるってことだ」 「へえ。ずいぶん寛容じゃん」 「宗旨替えしたんだ」 「わけわかんねーけど……。信じてくれるっつーなら、いーや」 そして珍しく、ゼフェルからキス。 さりげないこんな行動に、泣きたくなるくらい嬉しくなる。 多分、これからも多少のヤキモチはやくだろう。 でも、それはあくまでも愛し合うための前戯。 奔放なところも、行動の予測がつかないところも、全てひっくるめてゼフェルを愛してるから。 そして何より、愛されてる自信があるから。 END |
結局、何が言いたいのか判らず終いになってしまいました…。
オスカーは、ゼフェル以上にヤキモチやきだと思うんですよ。
ゼフェルも不安がりますが、オスカーがしっかり愛してくれるので、徐々に自信もってきたのでは。
反対にオスカーの方が、ずっと見守ってきたゼフェルが自分から離れていってしまうのではないかという不安でいっぱいなのかもと思います。
しかしうちのオスカー、泣きすぎ!