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〜3章〜 マントを被せて顔を隠したゼフェルを抱えたまま、オスカーは螺旋階段を降り始めた。 コツン、コツン、と足音が石の壁に響く。その音に、ゼフェルはマントを引き剥がした。そして自分の置かれている状況に驚いて声を上げた。 「おい!おめー、何やってんだよ!!」 「大声を出すな。響くだろう」 「何でこんなことしてんだよ!?」 それでも素直に小声になって、不安と驚きが混ざったような瞳でオスカーを見上げる。 人質が部屋から抜け出していることがジュリアスに知れたら、ゼフェルはもちろん、オスカーまでもが罰せられるのは目に見えている。それなのに何故こんなことをするのかというゼフェルの質問は当然だった。 しかしオスカーはそれには答えず、ただひたすら下界を目指す。 大罪に値する行為だと解っていても、ゼフェルに誤解されたくはなかった。そしてこうすることでしか、誤解を解く術は見つからなかったのだ。 「…マント、被ってろ」 ようやくこれだけ口にすると、ゼフェルはしぶしぶといった表情で被りなおした。 階段を降りきって、鉄で出来た頑丈な扉の閂を開ける。柔らかい春の日差しが突然降り注いで、オスカーは目を細めた。 王宮の外れに位置するこの塔には、人が近寄ることは滅多にない。本殿から離れ、鬱蒼とした森の中に、忘れられたように建っている塔なのだ。しかも、ゼフェルが「人質」でここに囚われているということ自体が極秘事項なので、警護の者もいなかった。 塔の近くにつないである栗毛の馬の前まで来ると、ゼフェルをそっと降ろしてやる。 「まだ、マントは被ったままでいろよ」 ゼフェルは答えず、マントの上目遣いに周囲を見まわしている。久しぶりの外の光が眩しいのか、しきりに瞬きをしていた。 「馬には乗れるか?」 オスカーの問いに、少年は我に返る。 「…ああ。一応」 「そうか。じゃ、オレの前に乗れ」 「は?どこに連れてくんだよ」 「いいから。早く」 オスカーはさっさと馬に跨り、ゼフェルに手を差し伸べている。 不審に思いながらも、ゼフェルはその手に自分の手を重ねた。 馬を走らせて着いた所は、森の奥にある湖畔だった。 「もうマントを取ってもいいぞ」 馬から降ろしてやりながら言うと、少年はすぐさまマントをはねのけ、大きく伸びをした。 「あー、気持ちいーぜ!」 心底気持ちよさそうに叫ぶゼフェルに、オスカーは微笑んでしまう。危険を冒してまで連れてきてよかったと、安心する。 オスカーが芝生に腰を下ろすと、ゼフェルも何故か隣に座り、そのままゴロリと横になった。そして、オスカーを見上げる。 「もしかして、アンタさ…」 「?」 「オレのこと監視してないって解らせるために、ここに連れてきたのか…?」 下生えに輝くラズベリィのような瞳が、オスカーをじっと見つめる。 「……物わかりのいい姫は大好きだぜ」 大人の余裕で微笑んでやると、ゼフェルは赤くなってそっぽを向いた。こんな態度をまた可愛らしく思う反面、愛されることに慣れていないのではと、直感で思う。 確か、現在の王であるクラヴィスとは、兄とはいえ腹違いのはずだ。 「ゼフェル」 呼びかけると、瞳だけで「何だよ?」と聞いてくる。 「その……クラヴィス様とは、仲がよかったのか?」 我ながら間抜けな質問だとは思ったが、ゼフェルのことをもっと知りたかった。何を考えて生きてきたのか、今、何を考えているのか。 ゼフェルは一瞬、オスカーを探るように見つめた後、口を開いた。 「……さあ。特に嫌いってわけでもなかったけどよ。あいつ、1人でジメジメした部屋にこもってばっかいたからなー。干渉されなくていーけど。…所詮、母親が違うし。あんま話すことなんてなかったかも」 それから、ゼフェルは堰を切ったように話し始めた。 早くに亡くなった母親のこと、クラヴィスに代わって面倒を見てくれた教育係のルヴァのこと、宮廷お抱え楽師のリュミエールのこと、乳兄弟のランディのこと……。 懐かしそうに、愛おしげに。 目をつむって、想い出に浸りながら話しているうちに、ゼフェルの声が途切れがちになる。まさか泣いているのではないだろうかと見ると、気持ちよさそうに眠っていた。 銀髪が太陽の光をはじき、キラキラと目に刺さる。 日に灼けた褐色の肌は艶やかに輝き、オスカーは思わず目を逸らした。 「どうしてこんなことになっちまったんだろうな…」 先王が治めていた頃は、戦争はおろか、むしろ友好国だったはずだ。しかし、ジュリアスとクラヴィスに世代交代してからというもの、歯車が咬み合わなくなってしまった。 時代の波に流されて、翼をもがれた小鳥を可哀相に思う。しかし、こんな時局にならなければ、こうして出会うことはなかったのだという考えにたどり着く。 「皮肉なもんだ……」 少年の額にかかった銀髪をそっと撫でながら呟いた言葉が、風に運ばれていった。 |