A Long Long Time Ago…



〜4章〜


 何となくゼフェルの行動が読めてきたのは、それからしばらく経ってからのことだった。
 嬉しいときや照れくさいとき、どんな行動をとるのか。どんな表情を見せるのか。
 それはオスカーが注意深くゼフェルを見ていたからでもあるし、ゼフェルがオスカーに心を開き始めている証拠でもあった。
 最近は、オスカーが塔にやって来るのが遅くなると、心細そうな顔を見せる。
 その顔見たさに一度だけ、わざと遅い時間に塔を訪れたことがある。しかし痛々しいほどに淋しげな瞳を見て、もうこんな子供じみた真似は止そうと誓った。
 これでは本当に、好きな子の気を引こうとする子供のようだと自嘲しながら、オスカーは毎日ゼフェルの元に通っていた。


 その日は朝から忙しく、塔に着いた時には既に夕方になっていた。
 ゼフェルが待っているだろうと、早足で階段を昇り、重い扉を開ける。
「待たせたな、姫」
 声をかけても、返事は返ってこない。
 ゼフェルはベッドの上に座り込み、膝を抱えて丸くなっていた。
「忙しくて、すっかり遅くなっちまった。悪かったな」
 隣に腰掛け、うな垂れている頭をポンポンと叩いてやると、怒ったようなきつい眼差しがオスカーを見上げた。
「待ってなんかいねーよ!」
「そうか?じゃあ、どうして今日はご機嫌ななめなんだ?俺に会えなくて淋しかったから、だろ?」
 ふざけてゼフェルを抱き寄せる。
 てっきり殴ってくるだろうと予測していたゼフェルの細い腕は、オスカーの背中に回された。
「…ゼフェル?」
 意外な行動に、オスカーの動きが止まってしまう。
「………もう、来てくんねーと思った………」
 か細い声が、不安を訴える。
「おめーが来てくれなかったら…オレ、どーにかなっちまう……。こんなトコで、1人っきりでいたら……」
 よほど淋しかったのだろう。しっかりとしがみついた腕が、微かに震えている。
 オスカーは優しく抱きしめ返しながら、静かに囁いた。
「安心しろ。お前を忘れることなんてないんだから…」
「……うん……」
 ようやく落ち着いたらしいゼフェルの背中を、子供をなだめるように軽く叩く。
 それでもしがみついたまま、なかなか離れようとしないから、抱き合った格好で話を始めた。
「ゼフェル、今夜は舞踏会があるんだ。一緒に行かないか?」
「え?でも、ジュリアスが…」
「それは心配ない。ほら」
 取り出したのは仮面だった。
「仮面舞踏会?」
「ああ。しかも、王宮で行う公のものじゃないからな。そんな怪しげな所へは、ジュリアス様は顔をお出しにならないさ」
「へー…、そんな怪しげなところへ、あんたは出入りしてるってわけか」
「こら」
 自分の額をゼフェルのそれにコツンとくっつけて、オスカーは笑った。
 くすぐったい気持ちになったのはゼフェルも同じらしく、瞳を逸らせて照れたように微笑んだ。



 一貴族の豪奢な城の中で、舞踏会が行われていた。
 仮面やフードのおかげで、誰が誰やらわからない場所は、二人にとって好都合だった。それでもあまり目立たぬようにと、大きな柱の陰でワインを口にしているだけだったが、ゼフェルには十分気晴らしになっているようだった。
「あれ?この曲」
 聞こえてきたピアノの音に、ゼフェルが柱の陰から身を乗り出す。
「知ってるのか?」
「いや、曲じゃなくて。このピアノ弾いてる奴…」
 ゼフェルの肩に手を添えて、オスカーも身を乗り出した。
 広間の中央でピアノを弾いているのは、青い髪の青年だった。
「やっぱり、セイランだ」
「知ってるのか?」
「ん。吟遊詩人つーの?あいつ、オレの国にも何回か来たことあるんだ」
 知り合いを見つけて嬉しそうに語る少年に、オスカーは少々ムッとした。この国で彼にこんな顔をさせられるのは、自分だけだったはずだ。
 しかしオスカーのそんな嫉妬心に気付くはずもなく、ゼフェルは無邪気に続けた。
「なぁ、話してきてもいーだろ?」
「…ああ。あまり目立たないようにな」
「おう!」
 答えるなり、グラスをオスカーに押しつけて駆け出してゆく。
 後を追おうと、グラスを手近なテーブルに置こうと身を屈め、だからオスカーは気付かなかった。
 演奏を終えた所へ駆け寄ったゼフェルの手に、セイランが小さな紙片を握らせたのを。


 近づくと、二人は親しげに会話を交わしていた。
「よお」
 声をかけると、セイランの青紫の瞳が、ぶしつけにオスカーを捉えた。
「ああ…オスカー様、ですね?ゼフェル様がずいぶんと懐いているそうで」
「そんなんじゃねーよ!犬みてーに言うな!!」
 慌てて否定するゼフェルが可愛くて、オスカーは思わず微笑んでしまった。セイランの毒舌にも関わらずだ。
 そのオスカーの様子に、セイランは形のよい切れ長の瞳をスッと細めた。
「ふぅん……ねえ、オスカー様」
「何だ?」
「この子を泣かせたら、僕が許しませんよ?」
 探るように、青紫の瞳が光る。
「……分かってるさ。泣かせない。この俺が守る」
 義務感からではなく、一人の人間として。
 大切な人として。
 何があってもゼフェルを守りたいのだと、オスカーはこの時、はっきりと自覚した。


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