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〜5章〜 翌日、オスカーは少し早めに塔へと昇った。 昨日は遅れたせいで姫の機嫌をそこねてしまったから、その罪滅ぼしのためもある。何より、自分が来たことによって喜ぶゼフェルが見たかった。 いつものようにおもむろに扉を開ける。 すると、正面の椅子に足を組んで座っていたゼフェルが弾かれたように顔を上げ、サッと後ろ手に何かを隠した。 「あ、オスカー…」 想像していた「嬉しそうな顔」を見ることができず、オスカーは眉根を寄せた。 それに、ゼフェルが隠したもの。 紙片のようだったが、人質である彼に筆記用具の携帯は許されていない。誰かが渡さなければ、手に入れることなどできないのだ。 だとしたら、誰が? オスカーの頭に血が上る。 「ゼフェル……隠したものは何だ?」 「何のことだよ。オレは何も……」 「隠しただろう!」 近寄って、気付いたときにはゼフェルの腕をねじりあげていた。 「つっ…!」 その手に握られた紙を取ろうとするが、ゼフェルがぎゅっと握りしめているのでなかなか取れない。しばらく取り合った末、力で無理矢理ねじふせて、オスカーがそれを奪い取った。 「止めろ!!見んじゃねーよ!!」 取り返そうとしてゼフェルが立ち上がるが、オスカーは手を高く掲げてしまう。天井に透かすようにして紙片を見ると、もう少年の手には届かない。 折り目のついた紙片を開くと、丁寧な字がびっしりと並んでいた。 「手紙か……?」 ゼフェルはすっかり諦めて、ふてくされた顔でベッドに座り、足を投げ出している。 手紙は、少年の教育係だったというルヴァからのものだった。 ゼフェルの体を気遣い、励まし、簡単な近況報告だけの手紙。それでも、どんなにゼフェルのことを心配しているのかが文章から滲み出てくる。 「……こんなもの、どこで手に入れた?」 「こんなものって何だよ!!」 「いいから答えるんだ」 自分でも驚くほどの冷たい声。ゼフェルに対してこんな風に話したことはなかった。 「………昨日、セイランから渡された」 「セイランから?」 「…ああ。おめーが来る前。ルヴァから、もし渡せる機会があったら渡して欲しいって、頼まれてきたって」 だとしたら、恐ろしく勝率の低い賭けだったはずだ。 国を自由に行き来する吟遊詩人でも、囚われている人質に手紙を渡すことができるなど、普通は考えないだろう。しかし僅かな望みに賭けて、結果的にそれはきちんとゼフェルの手に渡った。 策士と呼ばれるルヴァだからこその賭けかもしれない。 「なあ、もういーだろ。返せよ……なあ、オスカー」 さも大事そうに言うから、冷静になりかけていた頭にまた血が上る。 「だめだ。これは返せない」 「何でだよ!?オレのもんじゃねーか!」 「そういう決まりだ」 「こんなちっちぇー紙ひとつ持ってたって、何もできねーだろ!?それに……スパイみてーな真似、オレがするはずねーって、わかんねーのかよっ!!」 「解ってるさ…。そういうことじゃない」 ただの醜い嫉妬だ。 「じゃあ何なんだよ!!」 「…そんなに知りたいんだったら教えてやる」 そう言って、オスカーはゼフェルの髪を掴んで上向かせると、唇を重ねた。 「……っ!」 瞬時に強張った細い肩を撫でさすると、ゼフェルは何故か、途端に抵抗するのを止めてしまった。それをいいことに、柔らかい唇や舌を思いきり犯す。 存分に蹂躙して解放し、最初に口を開いたのはオスカーだった。 「…どうして抵抗しない?」 「どーして……キス、なんか…したんだよ?」 「これが理由だと言っただろう?お前が大切に思う、その手紙の送り主に嫉妬した。それだけだ」 「嫉妬……」 「お前こそ、どうして抵抗しなかった?」 「イヤじゃねーからに決まってんだろ」 すぐさま返ってきた返事は、予想もしていなかった言葉。 しかし逆にオスカーの心は疑心暗鬼にかられてしまう。 抵抗しないのは、自分に嫌われないためではないだろうか?もし嫌われたら、一人きりの淋しい毎日が待っていることは目に見えている。だから嫌でも自分のキスを受け入れたのではないだろうか? もしかしたら、ここに来てくれる人間なら、自分でなくともよかったのではないのだろうか? 「……慰めてくれるなら誰でもいいってわけか?とんだお姫様だな」 次の瞬間、オスカーの頬にゼフェルの平手打ちが飛んだ。 「何でオレがそんな情けねーことしなきゃなんねーんだよっ!!バカにすんな!!」 涙を溜めた瞳は、それでも高貴だ。 こんな状況にも関わらず、オスカーはその凄絶なまでに美しい瞳に見取れていた。 囚われてもなお、気高さを失わない瞳。 孤高で、心を射るほど強く、それでいて見え隠れする脆い彼。だからこそ自分が守ってやると誓ったのではなかったか。 それなのに、何故こうして彼を傷つけているのだろう? 「……悪かった。許してくれ、ゼフェル」 ようやくこれだけの言葉を搾り出すと、ゼフェルは今にも泣き出しそうな顔でクシャリと笑った。 「おめーじゃなきゃ、ダメなんだ…」 その告白に、胸が痛くなる。 償いや愛しさがないまぜになって、オスカーは目の前の大切な人を優しく抱き寄せた。 「本当に悪かった…。あんなことをお前に言っちまうなんて、どうかしてた」 「いーよ、そんなの……。それよりさ…、ちゃんと言ってくんねーの?」 プライドの高い姫らしい言葉に、オスカーの唇に笑みが上った。 求められているのは、他ならぬ自分。 真実の言葉。 「愛してる……。もう、泣かせない。お前は一生、俺が守る…」 すがりつく細い体を抱きしめて、項や髪に、触れるだけのキスを落とす。 「……キスしてもいいか?姫」 「今更聞くなよ、ばか……」 ニ度目のキスは、優しく、甘く。心を伝え合うようなキスだった。 そして、天に近い塔の上で、睦言は夜明けまで繰り返された。 扉を激しく叩く音で、二人は目を覚ました。もう外は明るくなっている。 「…オスカー様!」 小声で呼ぶ声に、二人は顔を見合わせた。 ここに通っていることは、オスカーの館でも一部の人間しか知らない。しかし使いの者のあの声の様子からすると、ただ事ではない様子だということは容易に察することができた。 「どうした?」 ベッドから起きあがりながら声をかけると、一瞬ためらった後、用件を告げる声がした。 「ジュリアス様がお呼びです。至急、宮殿まで来るようにと…」 「ジュリアス様が?」 「はい…。……隣国との戦が、始まるかもしれないと…」 一瞬にして、空気が凍りついた。 |