竹取物語(SF版)



++1 章++


 ゼフェルは逃げていた。
 警告音がけたたましく鳴り響き、闇を照らすサーチライトが交錯する。
 警備員たちを振り切り、ターミナルへと駆けてゆく。
 この施設のことなら、ゼフェルは誰よりもよく知っている。目指す先に、非常用の小型船があることも、それがこの月から脱出できる唯一の手段だということも。
(ぜってー、逃げ切ってやる…!)
 ずっとずっと、望んできたこと。
 たとえこの生まれ育った月を永久追放されることになっても、これだけは彼らに渡してはならない。
 ゼフェルが抱えている小瓶。
 これには、ゼフェルも開発プロジェクトに加わった新薬が入っている。
 それは禁断の薬だ。
 文明が進みすぎたせいで、月の人間は倫理観がなくなってしまったのだろうとゼフェルは思う。
 こんな薬は、絶対に使用させてはならない。
 こんな、「人間兵器」に変えてしまう薬は。
 そしてゼフェルは、月を後にした……


 辿り着いたのは、辺鄙な惑星の、さらに辺鄙な国だった。
 追っ手も、まさかこんな惑星にゼフェルが辿り着いているとは思わないだろう。
 まだ朝早いらしく、人が動いている様子はない。
 それでも見つかりにくい場所を選び、朝靄が満ちる竹藪に身を潜めるように船を下ろした。
 船に取り付けられていた発信器は念のため外しておいたが、航路を追跡されている可能性もある。ゼフェルは考えた末、船を可能な限りバラして、近くを流れる川に流した。
 電子機器は水に弱いのが鉄則だ。機器系統がイカれてしまえば、どうとでもなる。これで帰る術も失ったわけだが、それでも構わなかった。
 永遠に帰らないことを覚悟で逃げてきたのだ。
 次第に、夜が明けてきた。
 朝日が昇り、靄を晴らしてゆく。
 ゼフェルは自分の姿を改めて見下ろした。黒い革のツナギは作業もしやすくて気に入っていたが、この惑星ではまだ合成皮革などというものは作られていないはずだ。
 目立ちたくはない。それに、自分自身の姿も変える必要がある。
 ゼフェルは持ち出してきた小瓶と、ポケットに入っていたピルケースとを取り出すと、服を脱ぎ捨てた。
 そして服をバラバラに切り裂き、また川へと流す。
 裸になって、もう一度竹藪の奥へと戻った。小瓶を持ち出すのが目的であって、よもやそれと共に自殺などということは考えていない。
 生き続けてやる。
 その決心で脱出してきたのだ。
 ゼフェルはピルケースに1粒だけ入っている錠剤を取り出すと、それを口に含んだ。
 おそらく、追っ手は船の追跡が無理だと解ったら、ゼフェルの身体的特徴をサーチしてくるだろう。身長、体重、虹彩、指紋、声紋…ありとあらゆるバイオメトリクスの手段を使い、探し出すはずだ。
 それから逃れるには、この錠剤に頼るしかない。
 身体の成長を戻す薬。
 それはゼフェルが独自で作り出したものだから、まだ月の人間は知らないはずだ。
 記憶も言葉も、今の自分が持っているものはすべてなくなるだろう。いや、白紙に戻るといった方が相応しい。
 成長して、記憶が戻るのかどうかは解らない。なにせ、実験で残ったのはこれ1つきりなのだ。あとはすべてラットに使用してしまった。害がないことは証明されたが、記憶が戻るかどうかという重要な部分は、ラットでは実験のしようがない。
 しかし、躊躇っている時間はゼフェルには無かった。
 口に含んだ錠剤を、噛み砕く。
 途端に目眩がゼフェルを襲った。
 視界がぐにゃりと歪む。
 西の空に、故郷の月が白く輝いているのだけが、鮮烈に目に入った。


 いつものように竹藪に入ったルヴァは、雰囲気がどことなくおかしいのに気付いた。
 自分以外に竹藪に入った者がある。
 微妙な変化に気付き、竹藪を進むと。笹の葉の茂みで、何やらモゾモゾと動いている音が聞こえた。
(何でしょうね…この辺りの小動物といったら、ウサギかモグラか…)
 それにしては様子が変なので、恐る恐る茂みを覗く。
「…これは…どうみても人間の赤ちゃん…ですよねえ…?」
 そこには、銀髪で紅い瞳の、ぷくぷくとした赤ん坊    ゼフェルがいた。
 満1歳といったところか、自分で立ち上がるのがやっとという頃まで戻ってしまったゼフェルは、無邪気に笑い、ルヴァにその小さい手を差しのばしている。
「あああ〜、困りましたね〜。そんな可愛いあなたを、誰が置き去りになんかしたんでしょう〜」
 この状況では、捨て子以外に考えられない。
 ルヴァは赤ん坊のゼフェルを腕に抱くと、愛しそうに見つめた。
 このままここに置き去りにしまったら、野犬に食べられてしまうかもしれない。とにかく家に連れて帰ろうと、ルヴァは山を下りていった。

 こうして、ゼフェルの第2の人生が始まった。




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竹取物語自体がそもそもSFだと思うのですが、ギャグです、これ(笑)