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++3 章++ 「ルヴァの秘蔵っ子」の話は、すぐに近隣に広まった。 月光を浴びたように輝く銀色の髪、端正な顔、とりわけ目を引く紅い瞳、しなやかな肢体。 噂は噂を呼び、ルヴァの家の垣根には、ゼフェルを一目見ようと押しかける若い男たちで鈴なりになっていた。 彼らを追い払いながら、ルヴァは以前にも増して「決して外へは出ないように」とゼフェルに言い含めた。 「言われなくても解ってるっての」 そう答えたゼフェルも、垣根越しに交わされる男たちの下卑た会話に辟易していた。 しかも、ゼフェルを覗き見ようとやってくる人間は、少なくなるどころか多くなる一方なのだ。隣のオリヴィエの家にさえ出かけられなくて、ゼフェルの苛立ちは相当なものだった。 これでゼフェルがたいしたことのない姿だったら噂も落ちつくのだろうが、「噂に違わぬ美人」という尾ひれがさらに付き、話は更に広がっていたことを、ゼフェルは知る由もない。 しかしそれも、夜中になれば人気もなくなり、ゼフェルはようやく外の空気を吸うために縁側へ出た。 空には細い細い三日月が輝いている。 見上げていると、つきん、と胸が痛んだ。 (何だ…?) 胸騒ぎがする。 誰かが呼んでいる、そんな気がする。 月を見つめれば見つめるほど、苦しくなる。 何か、大切なことを忘れている気がした。思い出さなくてはいけないことがある。 しかし、思い出してもいけないような気がした。 (怖い…!!) 懐かしいのに、身がすくむ。 ゼフェルは縁側に座りこんだ。 その時、こそこそと話す声が、垣根の向こうから聞こえてきた。おおかた自分を見るためにやってきた男たちだろう。 「大丈夫かな、気分悪そう…」 「でも、ここからじゃ声をかけられませんよ」 声の感じからして、だいぶ若い。ゼフェルと同じか、もしかしたらもっと若いかもしれない。 また別の声がする。 「よし!俺は行くぞ!」 (おいおい、まさか垣根をよじ登るつもりか?) ゼフェルの心配は当たった。 垣根に手をかけ、懸命に登ってくる青年の姿がある。彼は頭を出すと、 「あ、気付かれちゃったか…こんばんは!やっぱり、噂通りだね。すっごく綺麗だ!」 と、いきなりまくし立てた。 「はあ?」 月を見た時の恐怖心は、どこかへいってしまった。 明るい青空のような瞳が人懐こそうで、ゼフェルにニコニコと笑いかけている。 「俺、ランディっていうんだ。よろしく!君に会いにやってきたんだよ」 「………こんな夜中にか?」 「あ、ごめん…失礼だよね。でも、昼間は人がいっぱいいて、とても君の姿を見れそうになかったから」 (理由になってねーだろ) 心の中で呟くが、不思議と不快感はなかった。 ランディが同年代らしいからだろうか。それとも、静まり返った夜のせいだろうか。もっと話してみたいと、ゼフェルは思っていた。 「…んなとこにぶら下がってねーで、こっち入れよ」 「え、いいのかい!?」 「ああ。ルヴァに見つかんねーよーにな」 話がまとまると、向こうから他の声も聞こえてきた。 「ランディ、ずるいよ!」 「そうですよ!抜け駆けはなしです!」 「あの、ゼフェル…あと二人いるんだけど、いいかな…」 垣根をよじ登りながら聞くランディに、ゼフェルは頷いた。 後からやってきた二人は、ゼフェルよりも年下だった。 マルセルとティムカと名乗った二人も、ランディも、身分の高い貴族の子息らしい。 同年代の少年たちが話す「外の世界」を、ゼフェルは夢中で聞き入った。そんなゼフェルの様子を、三人がうっとりと見詰めていることも知らずに。 翌日から、見物客はますます増えた。 しかしそれよりもルヴァを驚かせたのは、三人の貴公子から届いた文だった。 いずれの文にも、「ゼフェルと結婚したい」ということが書かれている。三人とは言わずもがな、ランディ・マルセル・ティムカなのだが、ゼフェルにはその三人が誰なのか、皆目見当がつかなかった。 「じょーだんだろ!?だって、一度っきりしか会ったことねーんだぜ?」 文を手にして思わず叫んだゼフェルに、ルヴァが目を光らせた。 「ゼフェル…一度しか会ったことがない、とはどういう意味でしょう?」 「う…いや、それは…」 「まさかあなた、不用意に姿を見せたというのじゃないでしょうね?そんなふしだらなこと、してませんよね?」 最後の方は、質問というより、むしろ懇願に近い。 「あ、ああ…オレがそんなこと、するわけねーじゃん…」 「そうですよね〜。いくらゼフェルが美人だからって、噂だけで結婚の申込をするなんて、許せません!」 「おい、ルヴァ…?」 「それにゼフェルには、結婚なんてまだ早すぎます!そうですよね、ゼフェル?」 「ん?…ああ、そーだけど…」 何故かやたらと興奮しているルヴァについていけず、ゼフェルは中途半端に頷いた。 しかし、結婚なんてしたたくないというのは本心である。 男同士の結婚が認められているとはいえ、どうして一度会ったきりのヤツと結婚しなければならないのか。 自分は単に、同年代の友人がほしかっただけだというのに。 ゼフェルがムカムカしているところへ、もう一通の文がきた。 以前、オリヴィエの家で出会った商人からだ。 文を読んだゼフェルは、わなわなと震えだした。 「どいつもこいつも、何なんだよ!!」 ぐしゃりと文を握りつぶす。 そう、そこにはやはり結婚の申込が書かれていたのだ。ランディたちが文を出したことを聞きつけて、大豪商の商人は慌てて自分も文を出したらしい。 「ゼフェル?どうしたんですか〜?」 「どーもこーもねーよ!ったく、オレはまだ結婚なんてしねーかんな!全部断っとけよ!」 「ええ、ええ、もちろんですよ〜」 ルヴァが嬉しそうに相槌を打った。 しかし結婚の騒ぎは、これだけで収まらなかったのだ。 大豪商の商人や貴公子たちがふられたという話は、とうとう帝の耳にまで入ってしまったのだ。 話を聞いた帝は、面白い遊びを見つけた時のように微笑んだ。 「…そこまでもったいつけるとは、絶世の美人なのだろうな。一度、俺の前に連れて来てくれ」 帝の言葉は「絶対」だ。 早速、帝の使者がルヴァの屋敷に向かって、その旨を伝えた。 相手が帝になってしまえば、いくらルヴァでも逆らえない。 「ゼフェル…仕方ありません。仕度をしましょう」 「仕度って、何のだよ?オレ、別に帝なんかに会いたくねーもん」 「帝の命令には逆らえません。きっと、すぐに帰してくださいますから…」 実際のところ、すぐに手放してもらえるかどうか、ルヴァには自信がなかった。 ゼフェルが帝に気に入られる可能性は十二分にある。けれど、こうでも言わなければ、ゼフェルは納得しないだろう。 「…わかった。ルヴァがそー言うんなら、行ってきてやるけど…」 しぶしぶながら、ゼフェルも承諾する。 そうして、ゼフェルは帝の住む館へと連れていかれることになった。 控えの間に通されて、ゼフェルは絶句した。 こんなにきらびやかな部屋は、見たことがない。ルヴァの質素な家とはえらい違いだ。 慣れない環境に機嫌が悪くなる一方で、ため息をついたとき、障子が開いた。 奥の間には、燃えるような赤い髪の青年が座っていた。 「……あんたが、帝?」 文句の一つも言ってやろうと思っていたのに、用意していた言葉は粉々になってしまった。 その男が、あまりにも整った顔立ちで、あまりにも威風堂々としていたから。 ゼフェルの士気は、一気に下がってしまった。 「ほう…「絶世の美人」の噂は、ただの噂ではなかった、ということか…」 男は、使用人に退室を命じると、立ち上がってゼフェルの方に歩いてきた。 身長はゼフェルよりもずいぶん高い。 氷のような薄青の瞳に見下ろされる。 ゼフェルは、その瞳から目が逸らせずにいた。 「確かに…男たちが狂うのも、無理はない…」 扇が、ゼフェルの頬に当てられる。 「銀の君……そうだな、その名が相応しい……」 帝が微笑んで、またその笑顔から目が離せなくなる。 (冷たい色の瞳のくせに、こんな顔するなんて反則だぜ…) 銀の君、という言葉が心地よく耳に響く。 帝の瞳を見つめながら、ゼフェルは心の中で幾度も「銀の君」という言葉を繰り返していた。 to be continued…… |