輪舞(前編)
ホールで一組の男女が踊っていた。
二人だけの舞踏会、このホールがお城のダンスホールであったならさぞロマンチックであっただろう。
しかし、ホールは朽ち果て軽やかなメロディーを奏でるピアノは無く狂ったリズムののオルゴールだけが悲しく響いていた。
それでも、二人は踊り続ける。
男のステップはたどたどしく何度か女の足を踏みつけたが女は何一つ文句をいいはしなかった。
本来なら罵倒の言葉を放つはずの彼女の口はだらしなく開かれその目は輝きを失い虚空を見つめ続けていた。
そう、まるで人形のように・・・
しかし、彼女が人形でないと断言できる理由があった。
この世に血を流す人形などあるのだろうか?
男はただ満足そうな笑みを浮かべ踊り続ける。終わる事のない『輪舞』を・・・
「だいぶ日が暮れてきたなぁ、そろそろちゃんと泊まれるとこ探さないとなぁ」
そう呟くと、少女は背中の鞄を背負い直して街道を歩きはじめた。
この少女の名前はフィーナ=クリストファー、一応この話の主人公である。
アクアマリンのような青い髪と瞳が印象的な少し幼い感じのするハーフエルフである。
「う〜ん、今夜も野宿決定かなぁ。たまにはベットで寝たいよぉ」
街道には、旅人のための宿場街があちこちにあったが実に悲しいことに彼女のすばらしい方向感覚がそれを許さなかったのであった。
木の間から差し込んでいた太陽の光ももう見えなくなり森は独特の静けさを持ちはじめた。
「もう少ししたら町かなにかあるかも知れないし恐いけど我慢して歩こう」
夜の森には大人でもゾクリとするような冷たさがある。16歳にになったばかりの少女には耐えられない恐怖であろう、フィーナはその恐怖を振り払うようにさっきよりも早足で歩きはじめた。
「どのくらい歩いたかしら・・・」
もう歩くのがいいかけん辛くなりはじめたころであった。彼女の視界にちらちらと瞬く炎が飛び込んできた。
「ラッキー、人がいるわっ、あの人にどこか泊まれるとこないか聞いてみよっと」
その炎に向かって駆け出すフィーナ、しかし、炎も同じように駆け出し
た。
「わたし怪しい者じゃないですぅ」
夜道で後ろから追っかけながら、怪しくないと絶叫する人間ほど怪しいものがあるだろうか?
しかし、前の炎の主はそれを信じたようだ。
「なんだオオカミかと思ったら人間じゃないか」
炎の主は16〜18ぐらいの青年であった。黒い服に片腕を覆うような
黒いマントおまけに黒い髪のために闇に溶けこんで顔だけぽっかり浮いているようなマヌケな感じがする。
「それにしてもこんなところでマラソンとはご苦労なこった」
その言葉にフィーナは「あなたが走って逃げたからでしょ」といいたかったが息も絶え絶えで喋るところではなかったので黙って男の話を聞くしかなかった。
「こんなとこを女一人であるくとは・・・度胸がいいんだか単なる馬鹿なのか」
「ほっといてよっ」
「どちらにしろ、ここで会ったのが俺でよかったな、ここら辺は街道からも離れているからな」
必死に息を整えている整えている人間の背中をバシバシ叩くこの男に対する第一印象は・・・『すごいヤな奴』
「なんでまたこんなとこほっつき歩いてたんだ?ええと・・・名前なんだっけ・・・」
「フィーナです。別にどの道を歩いたって勝手じゃないですか」
本当は道に迷っただけなのだがそんなことをいってこの男にバカにされるのも嫌だったので適当な返事で誤魔化すことにした。
「お前、結構ヤな奴だな」
「あなたにそんなこと言われる筋合いはありません。それに自分の名前ぐらい名乗ったらどうですか?」
「わかったよ・・・私めはシオン=フラウ=リーステッド魔術と少々の剣技で糧を得るしがない傭兵でございます。フィーナお嬢様」
シオンはそう名乗るとわざわざフィーナのほうに向き直り恭しく一礼をした。
「これで文句はないだろう」
「シオン・・・」
フィーナの脳裏に一人の男の顔が浮かんだが隣の男の大声で掻き消されてしまった。
「おっ、向こうに村が見えるぞっ」
「なによっ、せっかく考え事してたのにぃ」
「じゃ、お前はここで考え事でもしてろ、俺は村にいく」
「ちょっ、ちょっと待ってよぉわたし一人置いてかないでよぉ」
こうして、フィーナは本日二回目のマラソンをするはめになったのであった。
「だいぶ日が落ちてから時間が経つからなぁ、もうほとんどの奴が寝ちまってるか・・・」
やっとたどり着いた村には明かりのついている家は数件しかなかった。
「どこか泊めてもらえそうなところはないかしら」
そういってうろうろしているとシオンがそこら辺に落ちていたと思われる棒で頭を叩いてきた。
「いきなりなにするんですかっ」
「ここまでくればもう一人でも平気だろう、俺は別で泊まるところ探すから」
「あれ、一緒に探してくれないの?」
「バーカ甘えんな、それに二人よりも一人の方が泊めてもらえやすいだろうが。そんじゃお休み」
勝手に言いたいことだけ言って去ってゆくシオンをただボーゼンと見送ったあと、フィーナも近くの明かりのともった民家のドアを叩いた。
「あのう、すみませ〜ん」
ドアは思ったより早く開いた。そのためにフィーナは思いっきりドアとごっつんこしてしまったがそんなことはどうでもよかった。
「あら、どうしたのこんな時間に女の子一人で」
「ちょっと道に迷っちゃいまして・・・厚かましいとは思いますが一晩泊めていただけないでしょうか?」
でてきたのは、40代のやさしそうな女性だった。
「あらあら、涙なんか流して・・・よっぽど恐かったのね。どうぞ、おはいりなさい」
さっきドアに顔をぶつけたひょうしに出てきた涙を勘違いしたみたいで彼女は快くフィーナを家の中へと招き入れた。
「こんな真夜中に一人なんて大変だったでしょう。今、お茶入れてあげるからね」
フィーナは奥のイスに腰をかけると、パタパタと台所へいった彼女を見つめていた。
「世の中には、いいひともいるもんだなぁ・・・」
そして、ぐるりと家の中を見回してみる。
「!?」
なにか違和感を感じた。しかし、その違和感がなんなのか分からない。
「はい、おまちどうさま」
カップを乗せたトレイをもってさっきの女が現れた。その瞬間時が凍り付いたような気がした。
女の手からトレイが落ち、カップが割れ、床におおきなシミを作っていた。
なにかが変わっていた。しかし、フィーナにはなにが変わったのかわからにかった。
足元からゆっくりと嘗めるように女をみる。
そして、気づいた。女の首からまるで生えたかのように突き出している銀色の薄い板のようなものに・・・
フィーナは混乱する頭の中の記憶を探りそれがなにか思い出した。
刃・・・たしかにそれは刃であった。
フィーナは視線を女の後ろへとうつした。そこにいたのはフィーナの予想どうり、女の首に剣をつきたてた男の姿があった。
だが、ひとつだけ予想外のことがあった。
黒い服、黒い髪、ただ光のない無機質な瞳だけが違っていたがフィーナには見覚えがあった。
「シオン・・・なの・・・」
つづく