三国志の兵法
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美人の計
美人をもって敵を篭絡する
呉越の関係を逆転させた計略
美人の計は最もストレートな謀略といえそうだ。
巨大な敵、とても太刀打ちできぬ相手と対立した時、その
強さを削ぐのがこの秘計だが、”美人の計”とは名のとおり
女性を使って相手を篭絡(ろうらく)し、そのやる気を
くじかせるにつきる。
これを史上に有名にしたのは、春秋時代の末期、呉王の夫差
(ふさ)に敗れて、会稽(かいけい)で屈辱的な降伏、和議
を結ぶことになった越王で句践(こうせん)あった。
句践は悲嘆にくれつつ、夫差に許されて帰国したが、いつも
傍らに干した肝を置き、寝起きのたびにその苦さを味わいな
がら、「句践よ、会稽の恥辱を忘れるな」と自分に鞭打ち、
言い聞かせた。
ちなみに『臥薪嘗胆』(がしんしょうたん)の出典は、
この両者の故事による。
さてこの時句践の片腕であるハンレイは、
越を再興するために二つの手を打った。
一つは、国内政治の改革である。広く人材を招き、初心に
立ちかえって、国政の立て直しとともに、軍事力の増強に
つとめた。
いま一つは、対夫差工作ーーーー。
国力の充実を図るには、夫差を油断させておかねば
ならない。その工作の一環として、ハンレイは女性を
使って夫差を骨抜きにすべく画策した。
国中に触れ出し、美女中の美女を求めたところ、
チョウ羅山のふもとに住む薪売りの娘で「西施」
という美女を手に入れることができた。
そこでハンレイは西施を都に呼び寄せると、礼儀作法
を指南させ、ひととおりの教養も身につけさせて、
三年後に西施を呉へおくった。夫差は予想したとおり
一目みて西施を気に入り、さっそく側室として寵愛した。
"美人の計"にはまった夫差が、西施にうつつを抜かして
いる間に、句践とハンレイは必死の思いで越国を再建し、
やがて、呉国の油断につけ入って、夫差を滅ぼした。
この西施は、三国志のチョウセンとともに、中国絶世の
美人の一人に数えられている。
また呉だけでなく殷も周公による"美人の計"によってダッキを送りこまれ、やがて滅亡していくのである。中国史にはこの手の話は多い。
そして三国志演義の中でも、チョウセンが呂布と董卓の間をさき、
曹操もスウ氏のおかげで典イを失い、自らも死にかける
など散々なめにあっている。
同じく三国志演義の中で劉備も周ユに仕掛けられたがさすがに孔明が看破し
事なきをえている。(正史では、周ユが孫権にこの策を進言するものの結局実行されなかった。)
そして、周ユはさらに
"仮道伐カクの計”を仕掛け自らの寿命を縮めるので
あるが、それはまたいずれ・・・・。
さて、本題に戻ると”美人の計”は相手を篭絡するだけ
ではない。可能性としては、敵方の情報を収集(スパイ
工作)することと、場合によっては相手を暗殺する事も
あり得た。
なにしろ、美人は敵のトップや側近のもとへ、送り込ま
れているのである。その気になれば、スパイ行為も、暗殺
も容易に実行できたであろう。
現在の社会において"美人の計"がどのように使われて
いるかあまり詳しく知らないが、女性スキャンダルに
よって地位を失った人々をときおり報道でみかける。
少し前の某首相、某高級官僚など例をあげればキリ
がないが、大抵情報をリークしているのは身近な人間
である事が多い。
恋愛相談は利害関係のない第三者にする方が無難である。
臥薪嘗胆
呉王夫差が薪に臥し、越王句践がにがい胆を嘗めて、復讐心
をかきたてて、相手を討った故事から、目的達成のために、
苦心・心労を重ねること。
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