| 真実 広い背中に刻まれた蜘蛛を見て、クラピカは驚愕に目を見開いた。 「ヒソ……カ?」 呼びかける声が微かに震える。 大きな眼に硝子玉のような涙が盛り上がり、陶磁の頬を伝いシーツに落ちた。 クラピカはうつむき、一言 「私を騙していたのだな」 そう呟き、あとはもう声も上げずに、ただ静かに肩を震わせ、泣いていた。 騙すつもりはなかったなどと言うつもりはなかった。騙していたことは事実だし、騙し てまでも一緒にいたい、そう切に願っていたのも真実だから。今でも、その思いは変わら ない。 だが、もうその思いが成就することがないだろうことは、ヒソカ自身がよく分かってい た。 ヒソカは立ち尽くしていた。静かに、身動きひとつせず。ただ、細い肩と、眩いほどの 金糸がひたすら震えているのを、じっと見つめるばかりだ。 その細い肩を抱き寄せ、その金糸を指に絡ませ、彼女を慰めてやることもできたかもし れない。 けれど、彼女はそんなことを望んではいないだろう。 ヒソカは後ろ手に隠し持っていたナイフを、クラピカの視界にはいるよう、ベッドの脇 にそっと置いた。ずっと俯いていた顔が、驚いた様に上がる。 「イイよ。ボクを殺しても」 「……!」 「君に殺されるのなら、死んでもいい」 どこか口説き文句にも似た言葉。けれどこれは多分真実。真実なんて信じているわけで もないのに、そんなことを思う自分はどこか可笑しかったが、こんな自体でも、自分を睨 み付けてくる緋を美しいと思ってしまうのはもっと可笑しかった。 それも、また真実なのだろうけれど……。 クラピカは長い睫毛を伏せると、意を決したようにベッドから立ち上がった。シーツが 滑り落ち、白い素肌が露わになる。彼女は一歩一歩ヒソカに近づき、あと一歩のところで 立ち止まり、ナイフを床に放った。 乾いた音が部屋に響く。 「殺せるわけ、ないだろう……」 クラピカは濡れた緋い瞳でヒソカを見上げると、半ば八つ当たり気味に叫んだ。 「私が、お前を殺せるわけないだろう!!」 何に怒りを感じているのだろうか? 自分を騙していた彼にか? 彼を愛していた己の心にか? ――おそらく両方なのだろう。 いや、そうなのか? ワカラナイ。 「私を、殺してくれ……」 お前に殺されるのなら、本望だ。 ヒソカは予め予想をしていたのだろう、かぶりを振ってクラピカの頭を撫でた。 「なぜだい?」 「私は……」 私は……。 「お前を愛してしまったから」 「……」 ヒソカは黙って頷くと、先程クラピカが棄てたナイフを手に取った。 「最後に……」 「……?」 「キス、してもいいかい?」 もし許されるのなら、今までキミを愛していたことが真実であるというせめてもの証に。 クラピカは穏やかに微笑むと、静かに目を閉じた。 まるでスローモーションがかかったように、ゆっくりと口唇が重なる。 舌が口唇を撫で、口腔内を蹂躙する。 決して、キミを忘れてしまわないように。 朱が、憎らしいほど鮮やかに視界を染めている。 「どうして?」 どうして、お前は私を殺さなかった? どうして、お前は私を置いていく? クラピカは、幸せそうに眠る奇術師の頬をそっと撫でた。 「……馬鹿者」 置き去りにされることが、どんなに辛いかお前は分かっているのか? クラピカは、奇術師の体についた朱を綺麗に舐めとってやると、今はもう、そしてこれ からもずっと、永遠に動くことのない体をそっとベッドに横たえた。口元の血を手の甲で 拭い、手早く衣服を着込む。 「待っていてくれ」 クラピカは誰にともなくそう呟くと、部屋を出た。 鍵の閉まる音だけが、時間の止まった奇術師の部屋に響いていた。 奇術師に真実は必要ない。まやかしだけの世界で、そんなものは邪魔になるだけだ。 復讐者に真実は必要ない。怒りと憎しみのみを糧に生きるものにはそんなものは無用だ。 真実など、要らない――。 ―the end― 何ともいえない話になってしまいましたι後味悪すぎ! ヒソクラ好きなのになぁ〜……。 |