人が他の生き物と最も違う点は、言葉である。
互いの意志を伝え合う為に、人は言葉を使う。
口舌を以て話すこと、そして筆記を以て読み書きすること。この両者を用いて、人は言葉を使う。
韓非には、その片方しか許されていなかった。
吃音症。いわゆる吃りである。
普通に話すだけでも音を重ねてしまったり、言い出せなかったりするのだ。
幼い頃から、韓非は吃りだった。
彼の父、桓恵王は自分の子供、公子達を分け隔てなく育てようとしたつもりらしい。正妻から生まれた太子の〔安〕をはじめ、諸公子の非に至るまでが、同じ宮に住み、寝食を供にすることになっていた。
(儂の国は弱い。せめて、この子供たちが仲良くやってくれたなら、あるいは……)
桓恵王なりに、よくよく考えてのことだった。
異腹の兄弟達が一緒に暮らすという不思議な空間の中で、韓非は常に苛められた。
「おい、吃非」
これが彼の呼び名になった。言うまでもなく、「吃りの非」という意味である。
もちろん、非は怒った。
しかし、うまく言い返せない。怒鳴ろうとすれば、それだけ言葉が吃ってしまう。ますます笑い物になってしまうのが関の山だった。
悔しかった。
身分卑しい母から生まれたこと、そして吃りであること。その二つの取るに足らない傷をつついて、公子達は非の心を傷つけては遊んでいた。
(母が卑しいなどあるものか! 同じ父に愛されたのに。そうだ、同じ父を持つのに、なぜ僕だけがこんな想いをしなければならないんだ。言葉さえ、言葉さえうまく喋れたら……)
次第に、非は口数が少なくなった。
無理もない。話す事が即ち嘲りを受けることになるのだから、話したくなる訳がない。
次第に、公子達の前ではまったく喋れなくなった。
非は兄弟達に、〔話すこと〕を奪われた。
そして非は、兄弟達との同居生活を離れて、もう一つの言葉、書くことに執着した。
一日中、筆を離すことなく手習いをし続けた。字を覚えるために、何度も何度も書を読んだ。
当時の書物は、木簡あるいは竹簡と言う。木や竹の札を紐で繋いだ巻物状の本である。欠点としてはかさばること、何度も開閉していると紐が擦り切れてしまうこと、などがある。
あるとき、非が読んでいた竹簡の紐が擦り切れた。
ばらばらと床に落ちた竹の札を、非は暫くぼうっと眺めていた。
ややあって、笑った。
(かつて孔子は、書を読んでその紐が擦り切れる程であった、と聞いたことがある。そうか……)
孔子。儒学の祖にして、中国思想家の始とも言われる。孔子もまた若い頃、竹簡の紐が擦り切れるまで本を読んだという言い伝えがあった。
非は、名高い孔子と比肩したような愉悦を覚えた。
著述が残されるような大先生と並んでいる。
今まで馬鹿にされ続けてきた自分が、なんだか偉くなったような気がして、嬉しかった。
それから非は、孔子の記述『論語』を読み漁った。
正確には孔子の著ではなく、弟子達が孔子の死後に書き残したものである。
ほぼ一年を掛けて、読み終えた。
「納得がいかない」
これが非の感想であった。
『論語』の中に語られているものは、尊い理想である。しかも、遠く〔周〕王朝が立った頃の古い時代である。
その理想は素晴らしい。しかし、それだけだった。
孔子の子弟達についても、読める限りの書を読んだ。それでも非は、納得できなかった。
「天に二日無く、地に二王無し」と、孔子は言う。
では非の生きているこの時代はどうだろう?
燕、趙、魏、斉、韓、楚、秦。
七雄と呼ばれる大国だけで、七人もの王がいる。もはや、周王の地位は欠片ほども無い。
(古のものが今に当てはまる訳ではない。古は必ずしも正しく尊いものではないではないか)
非は、孔子とその子弟、儒者達に興味を失った。
だから、〔荀卿〕の噂を聞いたときも、別段どうとも思わなかった。